(4)波動
「じゃあ、この場合は、どうする?」
腹這いになって肩肘をついているエリスが、無表情にカードを差し出す。
カードには、ライオンのような獣の絵が描かれ、その獣の口から炎が出ている。
「ちょっと待って!」
同じく腹這いになり、エリスと向き合っている拓磨が、紺色の手帳サイズの本をぱらぱらとめくる。
拓磨とエリスの横には、最初の頃と比べると半分ぐらいの大きさの、それでも通常の倍以上はある空になった重箱が無造作に置かれている。
「遅い!」
エリスが、ドンと畳を叩いた。
そのまま手を伸ばし、本をめくっている拓磨の腕をつかみ、すっと捻る。
「がっ!」
奇妙な声と共に、拓磨は、エリスが捻った方向に身体ごと転がっていく。
「次のペナルティは、何にするかな」
口の端を上げ、転がっていく拓磨を見ながら、エリス。
3回転ぐらいして止まると、腕を押さえながら、拓磨はよろよろと立ち上がり、エリスの所へと戻ると、元のように腹這いになり、エリスに向かい合う。
「もう少し時間をくれよ」
拓磨の抗議に、エリスは半眼になる。
「上官への口答えは……」
「はいはい、反逆罪……だったね」
「分かったら、次行くぞ。大体、実戦で、敵は待ってくれない。今の少尉のスピードでは、探している間に火だるまになっているぞ」
「わかった」
拓磨は、本に視線を落とした。
その様子を見ていたエリスは、おもむろに拓磨の人差し指を掴む。
「え、エリス?」
狼狽する拓磨に構わず、そのまま拓磨の指を本の中程に突き立て、広げる。
「何だ?」
エリスが、無表情で拓磨の顔を見た。
「い、いや、何でもない」
広げられたページには、左のページの上に『ウォーター』と書かれ、なにやら幾何学的な模様で構成された図形が載っている。
「いいか、今ぐらいのスピードだ。めくって探すんじゃない。場所を身体で覚えるんだ。戦闘時には、他に頭を使うことが山ほどある。攻撃手段は、直接身体で感じ、身体で実行するのだ」
エリスは、拓磨を睨み付ける。
何度も頷く拓磨。
現在、拓磨は、用務員室でエリス中将直々に、科学系戦術手段の手ほどきを受けているのだ。
端から見たら、昼食後に仲の良い男女がじゃれ合っているようにも見えるが、残念ながら、……少なくともエリスは、真剣そのもの、だと思う。
拓磨は、エリスの、同年代の女性とすれば大胆そのものの行為に一喜一憂し、その都度、自分の邪な心に叱咤することを繰り返している。
そう、エリスは、純粋に戦闘に備え、上官の責務として部下を育成しているに過ぎないのだ。
それだけなのだ。
と、自分で説明をいちいちしないと、ついついエリスの外見に惑わされ、変な期待をしてしまう拓磨がいた。
もっとも、先日の件があるので、逆に、そのおかげで平常心を保つことに成功しているのだが。
「今日はここまで。寝る!」
衣擦れの音と共に、拓磨の視界が、エリスの顔から、黒いハイソックスを履いた足に変わる。顔を上げると、エリスが立ち上がり、拓磨を見下していた。
「あ、ああ」
拓磨は気づき、起きあがると、あぐらをかいた。
拓磨の横に腰を下ろし、身を寄せるエリス。
「いいか、今のうちに、今日の分を復習しておけ」
エリスは呟くと、直後、寝息を立てる。
――不足している睡眠を補い、かつ、僕の身の安全を確保、極めて合理的な行動!
拓磨は、何度も自分に言い聞かせていた。
初めて拓磨達の教室に現れた瞬間、少なくとも5人の男子が恋に落ちたと思われる外見を持つエリスが、身を寄せて寝息を立てている横で、『復習』など、冷静に出来るわけなど無い。
拓磨は聖人君主ではなく、いろいろと期待や妄想を膨らませる、悲しい男子高校生の1人なのである。
邪念を振り払うように、拓磨は本を無造作に開く。
『サンダー』と書かれたページが出てきた。
「おしい!」
拓磨は、本を閉じる。
集中し、再び開く。
『ダーク』と書かれたページ。
「くそっ!『フレイム』はどこだ?」
拓磨は仕方なしに、ページをぱらぱらとめくり始めた。




