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「しかし……」
星空の下、明かりに照らされている木々に囲まれた作戦室の中で、タケトは笑みを浮かべる。
「中将の『それ』も、すっかり板に付きましたなぁ」
タケトの視線の先では、エリスが相変わらずの仏頂面で、机についていた。
いつもの風景であるが、数日前から、異なることが一点ある。
それは、エリスの服装。
当初の草色の簡素な服装とは異なり、現在は、ぱりっとした白い半袖のカッターシャツに、紺色のスカート、黒のハイソックスという姿だ。
襟の部分には、水色のリボン。
左胸のポケットの上に、植物をかたどった菱形の模様に『高』と書かれた、春日高校の校章がついている。
胸ポケットには、オレンジ色のフェルトの上に、白いアクリルの小さな板が貼り付けられ、『桜庭かなみ』と書かれている名札が、ピンでとめられている。
なかなか、様になっている。
「名前も、我ながら良いセンスだ……」
うんうんと頷き、次に、タケトは拓磨に視線を移す。
同様のカッターシャツに、グレーのスラックス姿である。拓磨の場合、正真正銘春日高校の生徒なのだから、当たり前なのであるが。
「しかし、こうして見てみると、何だか、お似合いのカップルって感じですなぁ」
「なっ! た、タケト、何言い出すんだよっ!」
タケトの突然の言葉に、狼狽する拓磨。
いや、別に狼狽する必要などないのだが、普段膨らませている妄想を見抜かれている気がして、居心地が悪い。
「大佐、外見などどうでも良い。ところで、敵の様子はどうだ。今日の状況を、かいつまんで話せ」
対して、無表情のまま、ため息をつきつつ、タケトに報告を迫るエリス。
「はっ。特に目立った動きは無いようですが、敢えて変化と言えば、本日、4カ所で炎色反応がありました」
タケトが、姿勢を正し、報告する。
『炎色反応』と言う部分で、エリスが僅かに表情を動かす。
「その場所は?」
タケトは、エリスに言われるより一瞬早く、机に、A3の倍ぐらいの紙を広げる。
紙には、明らかに春日市の地図と思われる図形が描かれており、その上に4枚のシールが貼り付けられている。
シールの色は、それぞれ異なるが、拓磨には、それが何を意味するのか分からない。
エリスは、ちらりと地図を見ると、タケトを見上げる。
「一番最後の反応は、どこだ?」
「こちらです」
タケトは、黄色のシールを指さす。
「……ふむ。やはりな。いよいよ始まるぞ」
エリスは、ちらりと拓磨を見ると、頷いた。
「中将の言われたとおりですな。しかし、やはり、媒体が見つけやすいと言うことでしょうか?」
エリスは答えず、1つだけ離れている赤色のシールを指さす。
「ここは? ここには、何があるのだ?」
タケトは、一瞬間をおき、
「中将、ここは、その、α地点です」
小声で説明する。
エリスは、『ああ、そうか』と言う顔をし、
「やはり、一度、直接行かなくてはならないか……」
と小声で言い、それ以降口を閉ざした。
「『炎色反応』って何?」
拓磨は、どちらに聞いたらいいのか分からず、エリスとタケトを交互に見る。
『炎色反応とは……』
エリスとタケトが同時に口を開く。開いた後、タケトはエリスを見、『どうぞ』と言った感じで、目配せをした。
「炎色反応とは……」
エリスは一息つくと、拓磨を見上げた。
「陽界以外の力が使用されたことを示す物だ」
「陽界以外の力?」
新出単語を、そのまま繰り返す拓磨。
「ああ、例えば、少尉がなかなか覚えぬ科学系戦術もそれに当たる」
エリスは口の端を上げ、目を細める。
「……」
痛いところをつかれ、拓磨は顔を引きつらせた。
「……で、どうしてそんなことが分かるの? いわゆる『魔法』とかじゃなく、純粋に科学的な力だよね。それって」
「確かにそうだな、俺も知りたい」
後ろで、タケトが呟く。
その様子を、エリスは少しの間見ていたが、ため息をつき、視線を落とす。
そのまま、なにやら考え込むように、エリスは難しい顔をする。
何事かと、タケトと拓磨が声をかけようとしたとき、エリスは再び顔を上げた。
「ところで、腹が減ったな」
拓磨はカクッと体勢を崩し、タケトは大声を張り上げる。
「中将に食事をお持ちしろ!」
「はっ!」
少し離れたところで、声が上がる。
「大佐と少尉の分も準備させろ。説明がまだ終わっていない」
「あと2人前準備っ!」
再びタケト。
「はっ!」
「エリス、やっぱり、昼の量では足りないんじゃ……」
拓磨の言葉に、エリスは半眼になり、抑揚のない声で呟いた。
「少尉、無駄口は寿命を縮めるぞ」
タケトが後ろで笑いをこらえている。
「大佐、教育が悪いようだ。教育係である大佐も、罪を逃れられぬな」
エリスの言葉に、笑いを収めるタケト。拓磨を小突く。
見上げる拓磨に、タケトは目で訴える。
(腹が減っている中将は、獅子より危険だ! よけいな刺激をするな!)
こくこくと頷く拓磨。
エリスの怖さは、この数日で身にしみている……つもりだ。
だから、エリスの机に、どう考えても10人分はある食事が並べられても、拓磨は何も突っ込まなかった。
それよりも、同じ量が出てきやしないか、そちらの方が心配になっていたが、兵士が、普通の皿にシンプルな料理が並んでいるプレートを持ってきたのを確認すると、拓磨は安堵のため息をついた。
まあ、エリスの『怖さ』を、拓磨は、近々身を持って知ることになるのであるが。




