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第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第3章]はじまり
28/64

(2)-3

「どちらにしても、初めまして、……かしら。エリス中将。ここに来たということは、あまり良い話ではなさそうね」

 由衣は、拓磨が玄関から出て行くのを確認すると、エリスの前に座った。

 由衣は、少し複雑な笑みを浮かべる。

 僅かの沈黙の後、エリスは、硬い表情を張り付かせたまま口を開く。

「ここに来たのは他でもない。由衣殿にお伝えすべき事があったのだ」

「父から生前、言付かっているわ。だから、大体のことは理解しているつもりよ」

 由衣が口を開くと、エリスは軽く頷く。

「我々の調査によれば、こちらに来たのは6体。奴らの性質上、お互い独立した生命体のはずであった」

「『あった』?」

 エリスの言葉に、由衣が首を傾げた。

「昨日、学校帰りに、私達を狙うべく、待ち伏せをされていた」

 その言葉に、由衣は僅かに表情を動かす。

「『待ち伏せ』? でも、そこで〈力〉は使っていないのでしょ? 師団の誰も」

「どうやら、私を狙った訳ではなさそうだ。大方、通学路がマークされていたと言うところであろう。なぜなら、奴らは私のことを、その、ち……千紗と言っていたからな」

 何故か『千紗』と言う言葉を出すのに、抵抗がある自分を不思議に思いながらエリス。

「千紗ちゃん?」

 驚きの表情を見せる由衣に、エリスは重々しく頷く。

「予想以上に敵に連携があり、すでに、〈鍵〉の奪取に向け本格的に動き始めていると思われる」

「そうなるわね」

 ここで、エリスは表情を改める。

「ここに来たのは、つまり、由衣殿ご自身の身辺に警戒していただきたいと言うことをお伝えしたかったのだ。ついては、こちらから一個小隊ほど――」

 由衣は、表情を緩ませた。

「わかったわ。でも、小隊は要らないわ、目立つと困るし。私は大丈夫。それよりも、拓磨がエリスちゃんの側にいることで、不安要素がない。そのことだけでも助かっているわ」

「由衣殿、過剰な期待は困る。私は万能ではないのだ。たまたま今までが運が良かっただけだ。勿論、作戦行動中の如何なる危険からも少尉を守ることはお約束する。……だから、結衣殿も約束してほしい。もし結衣殿に危機が迫った時、我々に頼ることを躊躇しないと」

 エリスは真っ直ぐに結衣を見ながら言った。

「わかったわ。でも、拓磨や私の事を気遣ってくれるなんて、嬉しいわ。エリスちゃんは、任務以外の事には無関心な人だって聞いていたから」

「そ、それは……、まあ、任務上必要だからと言う事だ」

 エリスが居心地の悪そうな表情をすると、由衣は口元に手を当て、くすくすと笑った。

「ふふ、そういうことにしておくわ。でも、拓磨って昔から人見知りが激しいから、どうなることかと思っていたけど、今日の拓磨を見て安心したわ」

「そうか」

 エリスは、口の端を上げる。

「ええ、だって、拓磨があんなにいい顔するのは、千紗ちゃんを連れてきたときぐらいだったもの」

 瞬間、エリスの体内を様々な感覚が駆けめぐる。

 言うなれば、不安のような焦りのような……、現時点で、エリスの周りにそう思わせる要素はないはずなのであるが……。

 ――何だというのだ。これが、陽界の毒に当たる、と言う現象なのだろうか

「そ、それから、少尉のことだが……」

 理由は分からないが、これ以上千紗の話を続けたくないという考えから、エリスは慌てて話題を変える。

「少尉? ……ああ、拓磨の事ね」

 その言葉と共に、由衣の表情が硬くなる。

「拓磨のことは……覚悟しているつもりです。これでも、如月家の血を引く者として、必要とあらば責務を全うすべきだと。多分、拓磨も、事情を知ればそう言うわ。……でも、本当は、その日が1日でも遅くなりますように。出来れば拓磨が生きている間は、その日が訪れませんようにって、毎日お祈りしていたけど、神様も案外頼りないわね」

 由衣は、神官の娘らしからぬ発言をする。

「感謝する。そして、すまない。……最大限の手は打っているのだが」

 エリスは目を伏せ、呟く。


 その様子を見ていた由衣は、突然明るい表情をした。

「そうそう! エリスちゃん。せっかくだから言っておくわ。もし、学校でもそう言う言葉を使っているのなら、不自然だから」

 エリスが顔を上げると、由衣は続ける。

「『感謝する』……は硬いわね。それでは、気持ちが伝わらない。そう言う場合は、『ありがとう』って言うの」

「ありがとう?」

 エリスがオウム返しに言うと、由衣は頷く。

「そう。ありがとう。……この国ではね、言葉には魂が宿るって信じられていて、特に、『ありがとう』そして、謝るときの『ごめんなさい』は、特別な波動を持つと言われているわ」

「ごめんなさい……か」

「仮に、どんなに険悪な状態でもね、この2つの言葉を使うと、その場の空間が調和されて、お互いの関係が元に戻るのよ。不思議ね」

「……そう言う物なのか」

 腕を組んで考え込むエリスを由衣は楽しげに見ていたが、ふと呟いた。

「でも、不思議だわ。如月家を含む神官の歴史を確認したけど、少なくとも千年以上昔でも、〈鍵〉が現れた事実はないの。何故、10年前に突然、それも、拓磨に宿ったのか。私も、伝承でしか知らなかったぐらいだったのに」

「……」

 由衣の表情が、少し険しくなる。

「実は、10年前に、拓磨は山で大怪我をして、生命の危機に遭遇していたの。だけど、奇跡的に助かって、……未だに、その謎は解けないわ。一緒にいたはずのお友達も、精神的ダメージを受けていて、言葉が喋れなくなっていたの。しばらくカウンセリングを受けていたから、あの場所で何があったのか、詳しい事情も分からずじまい。お医者様が言うには、『1回は頭蓋骨が陥没した跡がある』って。もしかしたら、そのときのショックで、身を守るために偶然宿ってしまったのかも知れないわね。拓磨は、そのときのことを覚えていないけど」

「!」

 エリスの表情が固まり、何かを言おうと身を乗り出したが、ガラガラという戸の開く音で、そのまま座り直した。

「ただいま~」

 雰囲気に似合わない、拓磨ののんびりした声が、居間に届く。

 由衣の表情が緩み、笑顔を浮かべる。つられて、エリスの表情も緩んだ。

「ね、不思議でしょ? 私が言うのも変だけど、拓磨は、その存在だけで相手を安心させる何かを持っているの。生まれつきだと思うけど、もしかしたら〈鍵〉の力なのかしら」

「鍵ぃ? ちゃんと閉めておいたよ?」

 ビニル袋を下げた拓磨が、声と共に居間に現れた。

「あら、ありがと」

 由衣は拓磨に笑顔を向けた。



「護衛ありがとう。おかげで安心だったよ」

 自転車をこぎながら拓磨。辺りは薄暗く、虫の鳴き声が木霊する。

「ああ、少尉も、かなりコードを覚えたな」

 エリスは微笑んだ。

「なあ、エリス」

 拓磨は頷くと再び口を開いた。

「何だ」

 自転車の荷台で揺られながら、エリスが答える。

「母さんと何を話していたの?」

「軍事機密だ」

「……」


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