(2)由依
「なあ、エリスって、科学系戦術を使って戦っているんだろ?」
拓磨は弁当をつつきながら、エリスをちらりと見る。
用務員室で弁当を食べる、拓磨とエリス。既に、日課になりつつある。
「ああ、そうだが」
当初と比べると、だいぶ量が減った弁当を口に運びながら、エリス。
拓磨は箸を止め、エリスの手元を見る。
「もし、使う暇が無く、敵が襲いかかってきたら、どうするんだ?」
「?」
言っている意味が分からない様子で、エリスは拓磨の顔を見た。
「いや、つまり、敵が突然エリスに掴みかかってきたらさ、その、……エリスは、見た目はすごく華奢だし、大変だろうなって。前みたいに離れている敵ばかりじゃないと思うんだ」
拓磨は菜っ葉をつつきながら、説明する。
エリスは、しばし拓磨の顔を見ていたが、
「試してみるか?」
そう言い、再び弁当を口に運び出す。
「試すって?」
拓磨は、オウム返しに聞いた。
「いいから、まずは、弁当を片づけろ。その後だ」
エリスの言葉に、拓磨は頷き、残りの米を口に流し込んだ。
既に食べ終わり、拓磨を見ていたエリスは、重箱を横に置くように促し、立ち上がる。
「じゃあ、何が良い? 格闘か?」
肩を回しながら、エリス。
格闘ってことは、取っ組み合いか?
エリスと?
拓磨は変な想像をし、赤面する。
「い、いや、格闘は、ちょっと。……そうだ、腕相撲はどうだ?」
拓磨の言葉に、エリスは口の端を上げる。
「腕相撲は、私の得意分野だ」
拓磨は意味を深く取らず、頷いた。
「よし、じゃあ、腕相撲で」
エリスも頷き、拓磨とエリスは腹這いになる。
肘を畳につけ手を握った状態で、エリスは、相変わらずの無表情で拓磨の顔を見た。
「少尉、手加減しなくて良いか?」
「て、手加減?」
拓磨は何を言い出すのかと、エリスを見返す。
「全力で良いよ」
「本当だな?」
「ああ」
「本当に、……良いのだな?」
妙にしつこく念を押すエリスに、まあ、これが、エリスの完璧主義の一端だろう、ぐらいに拓磨は考え、
「ばっちり、フルパワーで、問題なし!」
息を吸い込むと、腕に集中する。
はっきり言って、小柄なエリスの手は、ほとんど拓磨の手に隠れ、指先しか見えない。
――かといって、もし、エリスの腕が折れたら、ただじゃすまないだろうな
などと考えつつ、
「よし、じゃあ、始め!」
拓磨は合図をする。
「!?」
拓磨は、何が起こったのかを理解するのに、時間を要した。
力を入れたか入れないかぐらいまで意識があり、次の瞬間、目から火が出た。
視界を取り戻すと、世界が反転しており、確かに、拓磨の手は、エリスの手の下で、畳にめり込んでいた。
めり込んでいるのである。
しかも、
――世界が反転?
ここまで来て、拓磨は、エリスに腕もろとも身体をひっくり返されたことに気づく。顔もまた畳にめり込まされていた。
「大丈夫か? 少尉?」
横向きに映っているエリスが、拓磨を見下ろしている。
拓磨は、エリスに引っ張り上げられるようにして、起きあがった。
「いや、今のは……」
「だから言ったであろ?」
拓磨はガンガンする頭を軽く振り、再びエリスを見る。
「いや、ちょっと油断していた。もう1回いいか?」
その言葉に、エリスは半眼になる。
「ほう、……今のを見ても、まだ私に勝てるつもりでいるのか?」
「とっ、とにかく、もう一度!」
拓磨とエリスは、再び向かい合い手を握る。拓磨は腕に力を込め、エリスの腕を倒すことだけに集中する。
「少尉、手加げ……」
「いいからっ!」
拓磨はエリスの言葉を遮る。
エリスはため息をついた。
「始めっ!」
拓磨は叫ぶと同時に、渾身の力を腕に込めた。
そして、再び『大丈夫か?』と見下ろすエリスに、曖昧な笑みを浮かべる羽目になる。
「なるほど、見かけに騙されちゃいけない、じいちゃんが言っていた通りだ」
口の端を上げていたエリスは、直後、表情を改めた。
「私は、少尉の身の安全を保証する約束をした。我々は、出来もしないことを決して約束したりはしない。科学系であれ、通常であれ、いかなる危機からも、少尉を守る。これは、私の責務だ」
そう言い、拓磨を引っ張り起こす。
「ああ、どうやら、そうらしいな」
拓磨は曖昧に頷いた。
精神的にも、肉体的にも、そして、特殊攻撃も、全て完璧。
この、鉄壁の少女に、いったい、拓磨は何をしてやれるのだろうか?
いや、エリスは、少なくとも、そんなことは望んでいないだろうな。
ただ、任務を遂行するために必要、……それだけなのだな。
少年の心を傷つけられ、落ち込む拓磨を見ていたエリスは、慌てて付け加える。
「も、もちろん、少尉は、この学校に関し、私に至らないことがあれば、教えてほしい。……戦闘は私の専門分野だ。少尉が私に勝てないからと言って、何の問題もない」
「……」
――フォローになっていないんだけど
エリスなりに気遣っているつもりなのだろうが、言葉の一つ一つが事務的で、いまいち心に響かない。
「き、今日の学校帰り、忘れるでないぞ。良いな?」
気まずい空気に耐えられなくなったのか、エリスはそれだけ言うと、拓磨の返事を待たず、立ち上がった。
「どこ行くの?」
「!」
歩き出すエリスを見上げる拓磨に、エリスは振り向いたが、言葉が見つからず、口をつぐむ。
呼び止めた拓磨も、次にかける言葉が無く、2人はしばし互いに見つめ合ったまま、硬直していた。
「あのさ、今日も、寝た方が良いんじゃない? まだ、時間あるし」
沈黙を破ったのは、拓磨。
「いや、やはり、任務中に寝るのは……」
エリスは、視線を落とし、畳を見つめる。
「どうせ、昨日も寝てないんだろ」
「それは、そうだが。……って、少尉が知るはずない。誘導尋問か?」
はっと顔を上げるエリスに、拓磨は笑みを浮かべる。
「『まあ、そんなことは良いか、確かに、睡眠は必要だ』だろ?」
「……そうだな」
エリスは軽く頷き、拓磨の横に腰を下ろした。




