序ー2
「第3、4小隊はシールドを展開! 急げ」
身長は180センチぐらいであろうか、大柄な男が叫ぶ。
精悍な顔立ち、頬にある二つのキズが、堅気の人間でないことを示している。
服と言うには簡素な物を身に纏い、腰には何やら長い棒のような物を下げている。
その男に駆け寄る小柄な兵士。黒っぽい服を纏っており、腰に短剣を携えている。
「タケト少将! 第7部隊と連絡が取れません!」
「くっ、テイル、情報科とは連絡まだか!」
報告に顔をしかめると、タケトは右前方を向く。
テイルと呼ばれた者が、男の方を振り返る。白で統一された服、頭はフードで隠れているが、その顔つきから女性であることが見て取れる。
「だめだわ。定時連絡を最後に応答がないの。もう、やられているかも」
テイルは首を傾げた。
「タケト。囲まれているぞ」
長身で銀髪の男性が、タケトに囁く。
こういう時でなければ、この男がかなりの美形であることがわかるであろう。
「まずいな」
「どうする? 落ち合うはずであった神官は現れず、何故か我々の監視を回くぐって現れた敵。どう考えても罠だ、これ以上ここに留まるのは危険だぞ」
見た目から容易に想像がつくような、的確な意見にタケトは考える。
見た目、とは、周りの状況であり、木々に囲まれた空間の向こうでは、明らかに人ならざる物の気配がひしめき合っている。爆音も聞こえるし、風に乗って何かが燃える臭いも漂ってくる。
既に、半数近くの部隊とは連絡が取れていない。
「エリス中将は、……第十三科学系戦術師団はまだか?」
「相手方が通信封鎖をしているから、状況は判らないわ」
「あ、今は飯時か。……ついてないなぁ」
テイルの言葉に、タケトは大きくため息をついた。
ついで、厳しい顔で手元のパネルを睨み付ける。
厚さ一ミリ程度の半透明のパネルには、細かい文字が並び、見て判るとおり、青いマークを取り囲むように赤いマークがその幅を縮めている。
「こいつ、使い方よく解らないんだよなぁ」
タケトは、たどたどしくパネル上に指を走らせる。
「何をする気だ」
「何って、決まってるだろう。総員退却命令」
タケトが「よしっ」とつぶやくと同時に、周りで無数の聞きなれない音が木霊する。
「なあ、カイ」
腰から抜いた剣を、手持ち無沙汰にぶらぶらさせ、地面を突きながらタケト。
「なんだ」
長身の男が、タケトのそばに行く。
「あの中将に伝えておいてくれ。『今日は腹ぺこだったのか?』って」
「自分で伝えろ!そういうことはな」
カイがそっぽを向く。
その先で、兵士が次々に地上に描かれた円形の模様の中に集結している。
「うーん、ま、しかし……」
と言いかけ、タケトは宙を見つめる。
カイもタケトの視線を追う。
おおよそ、現在の混乱に似つかわしくない赤色の物体――紙飛行機――が空を舞っている。
タケトの口端が上がった。
〈紙飛行機〉は近づくにつれ徐々に大きくなり、それが、かなりの大きさであることがわかる。
〈紙飛行機〉は、タケトと残り数メートルと言うところで、一瞬光り、消えた。
「遅いじゃないですか。エリス中将殿。まあ~お食事中にお呼び立てしたのは、私の落ち度でしたなぁ」
タケトが笑みを浮かべながら言う。
「これでも最速だ。第一、私は、パンに手をつけたところで食事を中断し、駆けつけたのだがな。タケト少将……その軽口は軍法会議ものだぞ」
タケトの胸ぐらいの身長、金色に光る長い髪、草色の衣装は肩から膝上まで一つの布で出来ていることがわかる。外見は少女のようにも見えるが、かなり落ち着いて見える。同じくあどけなさを伺わせる顔は、整っている。
そのエリスと呼ばれた女性が、巨漢の男を半眼で睨み付けている。
「いや、失礼」
タケトは、表情を改めた。
「分かればよい」
エリスは、無表情で言う。
しかし、地面を見た瞬間に、表情を動かした。
「だが、少将をそこまで追いつめたのは、私の不徳の致すところだ。謝る」
エリスはうつむき、ぼそぼそと言った。
「あ? ああ、まあ、これは……なんだ」
エリスの視線の先、タケトの足下に描かれている幾何学模様を足で消しながら、タケトはばつが悪そうに笑った。
「……万が一の保険だ」
「『破壊陣』……。この時代にそんな物を使う愚か者がいるとは思わなかったぞ。どうせ、 疲弊した身体だ。その身と引き替えにしても、たいしたエネルギーは望めない」
「どうせ愚か者だよ。俺は」
その言葉に、エリスは口の端を上げた。