(3)任務
四限の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
教室内に喧噪が戻り、それぞれが休み時間の準備を始める。
購買部へと駆け出す者。
ロッカーへ行く者。
所属している部活の部室へと急ぐ者。
それぞれの生徒が慌ただしく動いている中、拓磨とエリスは静かに腰を下ろしていた。
拓磨は本日弁当が無く、内心は一刻も早く購買部へ駆けつけたいのであるが、この『危ない存在』を置いて、席を立つことがはばかられているのだ。
「エリス、昼ご飯の時間なんだけど、どうするの?」
拓磨の問いに、エリスは、ゆっくりと拓磨の方を見た。
「無論、食べるが?」
なにやら嫌な予感を感じつつ、拓磨はエリスの顔を見る。
「……弁当、持ってきているの?」
「いや、もうすぐ届く頃だがな」
予感的中!
「ま、まさか、部隊が持ってくるんじゃないよね?」
拓磨の質問に、エリスは小さくため息をついた。
「少尉は、どうやら私のことを誤解しているようだな」
そんなやりとりをしている2人に、晋が近づいてくる。
拓磨は、今この状態で晋を参加させたら非常に困ったことになる、と内心焦っていた。
突然、教室のスピーカーから流れていた昼の音楽が途切れ、
『連絡します。1年10組、桜庭かなみさん、親御さんから届け物です。保安室まで来てください』
ソプラノボイスの女性の声が用件を告げると、中断されていた音楽が再開する。
がたがたとエリスが立ち上がった。
教室の外に向かいかけたエリスが、はっと気づき、くるりと振り向くと、拓磨の方に戻ってくる。
「?」
見上げる拓磨にエリスは、ちらりと晋を見、拓磨に視線を戻すと、小首を傾げ、
「あの、保安室ってどこかな?」
と、明るい声で拓磨に聞いた。
「ああ、そうか、じゃあ、一緒に行こう」
拓磨は立ち上がり、晋に『ちょっと行ってくる』と軽くアイコンタクトをした後、エリスを促した。
○
「なあ、エリス」
廊下を足早に歩きながら、拓磨はエリスをちらりと見る。
「何だ」
前を向いたまま、エリス。
「一応さ、……なんて言うか、ここは学校だから、変な行動はしない方が良いよ」
エリスが立ち止まる。
「今までの行動で、不都合があるのであれば、指摘してくれ。改善する」
拓磨が振り向くと、怒っているわけでも呆れているわけでもなく、純粋に質問しているという表情で、エリスが拓磨を見ていた。
「……いや、今までは全く問題ないんだけど」
「では、問題なかろう」
エリスは、歩き出す。
「うん、確かにそうなんだけど」
拓磨は軽く右手を挙げ、エリスを促すと廊下を右に曲がる。
エリスは少しの間黙っていたが、軽く息を吐き、拓磨をちらりと見る。
「少尉が……心配している事は、解っているつもりだ。私は、昨晩、この国の学生の行動について学んでおいた。だから、……大抵のことには対応できているはずだ」
ここで、拓磨はいきなり立ち止まり、振り返った。
エリスが、どんと拓磨にぶつかる。
「あ、ごめん。……もしかして、エリスはあれから、学校のことを勉強してたの?」
「そうだ。今学習している内容も、一通りは理解できているぞ? だから、もし、教師に当てられたとしても、問題ない」
エリスが促すので、拓磨は再び保安室に向かう。
「すごいね」
感心する拓磨に、エリスは目を伏せた。
「任務だからな」
抑揚のない声を聞きながら、拓磨は考える。
『何故コードを覚えていない?』エリスは言った。
拓磨は、そんなもの一晩で覚えられる訳がないと、端から覚えようとはしなかった。
しかし、エリスはそう考えなかった。
任務を遂行するために、拓磨を自宅まで送り届けてから、学生生活について、この学校について、頭にたたき込んでいたのだ。
少なくとも、夜中の1時は過ぎていたはずだ。
いったいどれだけのボリュームがあるのか分からない。
初めて来た国の学生の生活など、どのぐらいまで勉強したら身に付くのだろうか。
しかし、拓磨が見る限り、変な話ではあるが、エリスの『桜庭かなみ』としての振る舞いは、完璧だった。
何故、そこまでするのだろうか。
僅かなミスも作戦全体を揺るがしかねない、と言うことだろうか。
それが、軍隊での作戦行動をしている、それを統率している長たる者の自覚なのだろうか。
拓磨が顔を上げると、『保安室』と書かれた木のプレートが見えてきた。




