表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第2章]拓磨
17/64

(2)-2

挿絵(By みてみん)


 そんな期待をする前に、もっと考えるべきことがあったということを拓磨が悟ったのは、あらかた生徒が新しい席に着席した頃、教室の扉が開き、教頭が1人の小柄な女子生徒を連れて、教室に入ってきた時であった。


 金色の長い髪の毛。

 整いすぎている無表情の顔。

 高校生にしては、低すぎる背。


 春日高校の夏服を着ている事を除けば、拓磨はこの世で1人だけ、知り合いに心当たりがあった。

「エリス?」

 思わず立ち上がる拓磨。

 数人の生徒が、何事かとこちらを向く。

 しかし、エリスはこちらを一瞥しただけで、無表情で正面を向いた。

「エリスって何だ?」

「また、櫻井ワールドか?」

 ひそひそ声が聞こえる。

「櫻井、どうした? 座らないか」

 教師の声に我に返り、拓磨は再び腰を下ろす。

 当たり前だ。

 こんな時期に転校生など、どう考えても不自然すぎたのだ。

 そして、昨日の今日だ。

 拓磨を解放しつつ、もっとも確実に逃がさない方法。

 まさにこういう場合での定石中の定石。

 気づいて然るべきだったのに。


 拓磨が悶々としている中、黒板に『桜庭かなみ』と書かれ、教師が判で押したような紹介をしていた。

 両親が急な仕事の都合で、海外赴任となり、親戚の家に住むことになった等、漫画にありがちな、造られた『桜庭かなみ』の経歴を。

 教師の紹介が終わり、エリスが促されるままに拓磨の方に近づいてくる。

 ……と言っても、隣の席に向かっているだけだが。

 途中、数人の男子がエリスにアピールするが、冷たい目で一瞥され、ばつの悪そうな顔をして下を向く。

 エリスは何事もなかったかのように、拓磨の隣に着席し、黒板の方を見た。



 拓磨の隣の席で、エリスが前を向いている。

 その様子を横目で見ながら、拓磨は思考を巡らせる。

 ――作戦とやらはどうなっているんだろう

 ――まさか、タケトもどこかのクラスに入ってるんじゃないだろうな

 何故か、エリスの机は拓磨の机とくっついている。

 教科書を持っていないエリスは、『櫻井に見せてもらうように』と教師に言われたためである。

 拓磨は教科書を机と机の間に置き、エリスに見えるように広げている。

 しかし、エリスは教科書を見ることなく、教室内を興味深げに観察している。

 特に暴れるわけでもなく、極めて物静かに教室にとけ込んでいる。

 賭けても良いが、授業内容はさっぱりのはずだ。

 拓磨が考えていると、トンと軽い衝撃があり、我に返る。

 感覚のあった方を見ると、エリスが肘で拓磨を小突いていた。

 何事かとエリスの方を見ようとしたが、すぐに教科書に走り書きされている文字を発見する。

『今日の、天気は快晴か?』

 ――?

 拓磨は首を傾げる。

 念のために外を見るが、あいにくの曇り空だ。もしかしたら、雨が降るかもしれない。

『いいや、曇りだ』

 拓磨がペンを走らせると、エリスは少し息を呑み、再び教科書に書き込む。

『じゃあ、歌はまだ続くのか?』

 ――??

 意味不明である。

 拓磨はエリスの顔を見て、再びペンを握る。

『今は数学なんだけど、歌は関係あるの?』

「お前! まさかっ!」

 突然エリスが、がたがたと音をさせながら立ち上がり、拓磨を睨む。

 次にエリスが口を開こうとした瞬間、

「桜庭~、何か質問か?」

 教師の声に、はっと我に返り、黒板の方に視線を移す。

 気づけば、黒板に円を描きかけの状態で、チョークを持つ手を止めている数学教師が、こちらを見ている。

 当然のごとく、教室の全員が、何事かとエリスを注目している。

「すみません、何でもありません」

 エリスは、少し高い声でそう言うと、腰を下ろした。

 数人が興味深げにエリスを見ていたが、教師が再び喋り出すと、前に視線を戻す。


 (何故、コードを覚えていない?)

 エリスが、小声で拓磨に聞く。

 (コード?)

 拓磨は首を傾げた。

 (タケト大佐から聞いているはずだ)

 ここで、拓磨はああと思い出す。

 昨日、あの後、エリスの指示を受け、タケトが紺色のファイルを持って訪れた。

『通常通信手段』

『科学系戦術手段』

 と書かれており、タケトは『拓磨の国の言葉に翻訳してある』と説明した。

 その本を読んで覚えるように言われていたのだ。

 (いや、とても覚えきれるものじゃなくって……)

 拓磨の言い訳に取り合わず、エリスは冷たい声で囁いた。

 (少尉、言い訳は良い。命令だ、今日中に全て覚えろ。さもないと処分する)

 (……)

 (聞こえているのか? 少尉、命令復唱)

 (あ、ああ、……今日中にコードを覚えます)

 拓磨は、曖昧に呟く。

 エリスは拓磨を一瞬ちらりと見たが、再び前を向いたまま、以後口を開かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ