(2)命令
ざわざわとした、朝の喧噪。いつも通りの教室の風景だ。
いつもと違うところと言えば、朝の喧噪の中に、仏頂面の拓磨が佇んでいるところか。
「拓磨、やれば出来るじゃないか。2日目だな」
晋が拓磨の肩を叩く。
「ああ」
しかし、拓磨は曖昧に頷くだけで、再び視線を戻す。
隣では、千紗が前の席のさくらと話をしている。
正直、昨日の今日である。頭の中は、第十三科学系戦術師団のことでいっぱいである。
本日も、学校が終わったら、また、あの場所に行かなくてはならない。
――もし、トン面したらどうなるのかな
拓磨は考え、すぐに結論に至る
――少なくとも、エリスからは逃げられないだろうな
あれだけ用意周到な作戦を練られるのだ、自信がなければ、拓磨を一時的にとはいえ、解放するわけがない。
拓磨が逃げ出すために『テストがあるからどうしても学校に行かなければならない』と、嘘をついているのかもしれないのだ。
自分が逆の立場なら、まずそれを疑う。
絶対に策を講じているはずなのだ。
拓磨は、エリスの無表情な顔を思い出し、苦笑する。
ガラガラ
扉が開いた。
朝の情報交換に勤しんでいた生徒達が、入ってくる教師を見るなり徐々に口を閉じる。
教室の中に静寂が訪れた。
教師は、いつものごとく出席を取り、やはり拓磨の番になって少し驚きの表情を見せ、何事もなかったかのように次の生徒の名前を呼んだ。
そして、全員を見渡すと、一呼吸の後、
「では、今から席替えを行う」
厳かに告げた。
生徒達は驚かない。
そもそも、鞄の中の物を机に入れている生徒は1人もいない。
これは、春日高校の伝統的なシステムであり、テスト2週間前に席替えがあるのだ。
目的は、カンニング防止である。
年々巧妙になるカンニングに対し、学校側が打った対策である。
ただし、これでも十分とは言えず、カンニングが発覚し単位を落とす者は絶えない。
学校側としては、カンニングを『摘発する』ことが目的ではなく、不幸にも発覚し、単位を落とす生徒の発生を『防止する』ことが目的であるので、様々な対策を講じるが、懲りない生徒とのイタチごっこである。
せめて、心理的にカンニングが困難であるような環境にすべく、気心が知れた周りの生徒の席の関係をバラバラにするのだ。
「じゃあ、名前を呼ばれた順に、左前の席から順番に着席するように」
生徒達が、がたがたと音をさせ、一旦教室の後ろに移動する。
「遠藤」
「はい」
女子生徒が鞄をもち、一学期中近くの席だったクラスメイトに軽く手を振り、窓際の席に向かう。
「山口」
「はい」
特派委員の山口である。
「おっ、今度から席で実況中継が出来るな。……とは言っても、タクマバーミンガムは引退しちゃったけどな」
山口の周りで笑いが起こる。
次々に生徒が呼ばれていく。
拓磨も呼ばれ、窓際の一番後ろの席に着く。
教師が、ちらりと拓磨を見、
「後ろの席だからって寝るんじゃないぞ?」
ぼそりと呟いた。
再び教室が笑い声に包まれる。
徐々に席が埋まるに連れ、教室内に喧噪が戻りつつあったが、拓磨の隣の席になって、再び教室が静まりかえった。
「桜庭」
返事をする者はいない。
「桜庭かなみ~」
後ろで立っている生徒達が顔を見合わせる。
少しの後、教師は『あっ』と小さく声を上げ、咳払いをした。
「あー、転校生だ。今、職員室で手続きをしているから、もうすぐ教頭先生が連れてくる」
「転校生?」
「テスト2週間前にか?」
「隣が櫻井で大丈夫か?」
ひそひそ声が聞こえる。
確かに変である。
普通の転校生は、学期の始めから編入するだろう。
その方がお互いにとって都合が良いからだ。
まあ、よほど緊急の転勤だったのかもしれない。
社会人にとって、時に家庭の問題より、会社の都合の方が優先されることはあるのだろう。
もしかしたら、不安でいっぱいの転校生と良い関係になり、新しい春がやってくるかもしれない。
――『かなみ』ちゃんか……
拓磨は、隣に来る予定の生徒に、根拠のない期待を膨らませていた。




