表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第2章]拓磨
15/64

(1)-2

「気分はどうだ?」

「……崖から落ちたはずなのに、何故ここに? ここはどこ?」

 拓磨は、まず持って一番疑問に思っていることを口にする。

「……相変わらず、人の話を聞かない奴だな」

「え?」

「いや、……何でもない」

 エリスは小さくため息をつき、思い直したように拓磨を見た。

「ここは衛生科のテントだ。お前は逃亡を図って、崖から飛び降りた。私があと少し遅かったら、多分、助からなかったであろうな」

「助けてくれたの? 何で?」

 拓磨の問いに、エリスは無表情に答える。

「当たり前だ。運ぶべき荷物が壊れました、では、任務失敗と同義だからな」

「荷物……かぁ」

 拓磨は、自分の定義がその程度であることを知り、少なからずショックを受ける。

 いや、何を期待していたと言うわけでもないのだが。

「べ、別に、物扱いしているわけではない! お前は人間なのだからな。ただ、我々の任務に置いて、お前は、王国に運ばれるべき対象という意味でしかない」

 エリスは、慌てて付け加える。

「そういうもなのか」

 もう少し言いようがあるだろうに。

 確かに事実なのだろうが、何事もストレートに表現するエリスに、拓磨は、げんなりする。


「それで、入隊の件だが……」

 エリスは、布団にかけている手に僅かに力を込めた。

「心配しなくても、もう逃げないよ。無理だからね。この山は周りが全て切り立った崖で、ここから自力で下りることは不可能。下りるためには、エリス達に下ろしてもらわなくてはいけない。でも、そんなことを無条件でしてくれるわけ無いから、僕も何らかの条件を呑まなくてはいけないと言うことだね」

 目で笑う拓磨に、エリスは視線を落とし、布団越しに拓磨を押さえている自分の手を見つめる。

 その様子をしばらく見ていた拓磨は、ある決意をする。

「一緒に行った場合、僕の……身の安全は保証されるの?」

 拓磨の言葉に、エリスは拓磨を見た。

 その表情からは、ほっとしたような心情が読み取れた。

 直後、エリスは表情を改める。

「お前の身の安全は、私が保証する。作戦行動中の、いかなる危険からも、お前を守ることを約束する」

 ――普通、立場逆だよな

 拓磨は可笑しくなる。

 だが、自分の心情にある変化が起こっていることに、拓磨は気づいていた。

 先ほどのエリスの姿を見たからであろうか。

 少なくとも、目の前の少女をこれ以上追いつめてはいけない。

 そう思った。

 自分の状況をもっと心配しなくてはいけないのだろうが、最近色々ありすぎて、拓磨の思考は少しおかしくなっていたのかもしれない。

 しかし、どうせ元の生活と言っても、じいちゃんも居ない、千紗も居ない中で、何か楽しいことがあるとも思えない。

 それなら、目の前の少女に少しついて行ってみようか、と思う。

 ――千紗が聞いたら激怒するだろうな

 千紗の顔を思い浮かべた瞬間、その千紗が何かを拓磨に指摘する。

 拓磨は、大事な事を思い出した。

「いや、やっぱり駄目だ」

 突然大きな声を出した拓磨に、エリスは僅かにビクッとなる。

「な、何だ?」

「ごめん、実は、2週間後に期末テストがあるんだ。これを受けないと、本当に大変なことになる」

「きまつてすと、とは何だ?」

 オウム返しに問うエリス。

 拓磨は、エリスの顔をまじまじと見た。

 その質問に、やはり、エリスがこの世界の人間でないことを悟る。

「えっと、1つの学期で学習したことをチェックされる行事で、それを受けないと、学校生活を継続できなくなるものなんだ」

 テストなんてどうやって説明すれば良いんだよ、拓磨は思いながら、適当に説明する。

「それは、お前にとって困ることなのか?」

「すごく困る」

 エリスの問いに、即答する拓磨。

「それは、明日から、2週間学校に行けば解決することなのか?」

「するね」

 エリスは、腕を組んで少し考え込む。

「……1、2週間程度なら、何とか調整可能だ。それに、こちらでやらなくてはならないこともあり、その作戦行動次第で、最悪延期もあり得る」

 エリスは顔を上げた。

「だから、……大丈夫だ」

「そう。よかった」

 拓磨は布団をどけ、起きあがろうとした。

 途端、腰のあたりに激痛が走る。

「くっ!」

 拓磨はそのまま仰向けに倒れた。

「どうした?」

 エリスが、拓磨の顔を訝しげに見る。

「腰が……、やっぱり……落ちたときにどこか……打ったのかな」

 拓磨が息を止めて、痛みをこらえる。

「それは変だ。地面に激突する直前に、私が引き上げた」

 エリスは拓磨の腰のあたりに視線を移す。

「ちょっと、じっとしてろ」

 エリスは、拓磨の腰の両脇に両手を当てる。

「ちょっ、エリス?」

 いきなり触られる感触に、拓磨は心臓が高鳴る。

 しかし、エリスは構わず、口の中で何事かを呟く。

 拓磨は、エリスの手が当たっている部分が、熱くなるのを感じていた。

 程なくして、痛みが無くなっていることに気づく。

「もう大丈夫だろう?」

 エリスがこちらを見た。

 拓磨は首を縦に振り、再び起きあがる。

 今度は何ともない。

 突然、エリスが、ずいと顔を近づけた。

「!」

 再び焦る拓磨。

 まるで、造形物のように整いすぎた顔。

 ふわっと香る香りは、千紗のものとも女の子から想像するものとは異なり、何ていうか森林浴をしているような香り。

 その口が小さく動く。

「今のは秘密だ。誰にも言わないでほしい」

 エリスは、拓磨の目を見ながら小声で囁く。

 意味もなく、何度も頷く拓磨。

 どの部分が『秘密』なのだろう。

 拓磨は考えるが、とりあえず全てを胸の内にしまうことにした。

 よけいな思考を振り払うように、拓磨はエリスに手を差し出す。

「何だ?」

 エリスが拓磨の手を見下ろした。

「入隊申請書。サインが必要なんだろ?」

 拓磨の言葉に、エリスはしばし唖然とした顔をしていたが、少し微笑んだのを見逃さなかった。

「……ちょっと待っていろ」

 エリスは軽い足取りで、テントの外に出て行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ