一度ならず二度までも
【第48回フリーワンライ】
お題:
牛乳はあっためて下さい
間違い
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
「おや、管理人のワッツさん。ちょうどいいところに――なんです、その顔?」
ピーターは朗らかに挨拶しようとして、上げかけた右手を胸の高さで止めた。二十代半ばほどの青年である。
彼が曲がり角でばったり出くわしたワッツ氏は、普段は愛想の良い人柄なのだが、今日はなぜか皺を色濃くした仏頂面で右頬に手を当てていた。
「やあ、ピーター。ちょっと家内とね」
言いながらちらりと右頬を見せてくる。ワッツの片頬は憐れなほど赤く膨らんでいた。
(手酷くやられたように見えるけど……“ちょっと”ね……)
「寝起きにハムと間違えて尻を掴んだらこの有様だ」
ピーターは苦笑いで応じて、上げかけた手で白衣を払った。
「で、どうかしたのかい」
「え、ええ、今し方一段落しましてね。コーヒーでも一緒にどうです?」
「あれの目の届かないところならどこへでも」
「なあ、ピーター。あんたがこのアパートに住むようになってどれくらいなる」
「さて、どれくらいでしたかね。五年ぐらいですか」
「そうさな。じゃあ、ワシがカフェオレを好かんことぐらい知ってるだろう!」
茶色い液体を出されて、ワッツが激高した。腫れた頬と同じぐらい真っ赤になった彼を、まあまあ、となだめる。
カフェオレは陶器のカップではなく、透明なグラスになみなみ注がれていた。
「コーヒーは後でちゃんと出しますよ。
このカフェオレはコーヒーと牛乳を半分ずつで作りました。さて、この混ざり合ったカフェオレの中からコーヒーだけを取り出して冷やして、牛乳を温めることは出来るでしょうか」
ワッツは不愉快げに顔をしかめた。
「何ぃ? 謎かけか? 一度混ぜてしまった物を分離するのは不可能だろう。カフェオレだろうがオレンジジュースのカクテルだろうが同じことだ」
「その通り」
ピーターは答えに満足して頷いた。そして白衣の内ポケットから黒いグローブを取り出して、手にはめた。
「まあ見てて下さいよ」
グラスを手で包み込むようにして持つ。しばらくしてグラスを置くと、中身が上段にコーヒーの層、下段に牛乳の層と、綺麗な白黒のツートンに変化していた。
ピーターはワッツのために空いたコップへ上層のコーヒーだけを移した。
「なんだこりゃ。謎かけじゃなくて手品だったか」
恐る恐るコップを口に含んだワッツは、混じりけのないコーヒーだ、と呟いた。
「こいつが手品のタネです」
と、五指を引き抜いたグローブを示してみせる。
「これをはめて物体に触れると周囲のタキオン粒子に干渉して――まあ平たく言うと、この手に持った物の時間を戻すんですよ」
ワッツはコーヒーを啜りながら興味深げに聞いた。
「そいつは手に持ったものならなんでも戻すんかい」
ピーターが一通りグローブの使い方を説明すると、
「よし坊や。そいつをちょっと貸してくれ。家賃一ヶ月分負けてやる」
と言うが早いか、ワッツはグローブを引っ掴んで飛び出ていった。
十分後、ワッツがかんかんの剣幕で怒鳴り込んできた。
「おい坊主! お前の発明は間違ってるぞ!」
ピーターは、ワッツの頬が両方とも餌を溜め込みすぎたリスのようにパンパンに膨れているのを見て、そっと溜息を吐いた。
『一度ならず二度までも』了
イッツァ・アメリカンジョーク! というテンション。
実は先週行われた前回のワンライのも参加してたんですけどね。あまりにも短かったからツイッターの方で投稿しました。だもんでなろうでは欠けてます。とはいえ、わざわざツイッター発掘してまで見るほどのものでもないんで大丈夫です。