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空想遊戯見聞録

till......

作者: 三枝 四葉

……


その曲は、何処かで聞いた事がある。

凄く心地の良い、その水面に指で触れると、静かに溶け込んで行く様な。

静かに溶け込んだその先には、幻想的な遺跡が建って見える。


僕は未だその音に酔いしれながら眠っていた……。

音の海の深く、深く、――更に深い底へ。






※ ※ ※






「また練習サボってる……」


癒月は、呆れた顔して立っていた。

その先には男の子――雪が、愛用している藍色の枕に頭を乗せ、寝転んでいた。


……凄く気持ち良さそうだ。


「全く……」


癒月は――飛躍した。


「わっ!?」


雪は腹に、癒月の渾身の蹴りを入れられ、転がり撃沈……。

合掌。


「つつ……っ。何をするんだ……っ。折角、良い眠りに就いていたのに……っ!」

「どうせ女の子にイチャイチャされる夢でも見てたんでしょ」

「違う」


雪は直ぐに否定。


「フン。……折角の長いお昼休みなんだから、部活の練習をサボらないでよ」

「昼休みは休む為にあるものだよ。ずっと練習なんてしてられない」


雪はそう言いながら、離れた場所へ飛んだ枕を取りに行く。

そして、屋上の出口へと向かった。


「ちょ……、ちょっとっ! 待ちなさい!」


注意する癒月に構わず、雪は彼女と屋上から離れて行った。




此処は○×高校。部活動に力を入れている学校だ。吹奏楽部は特に。

雪は先程まで、折角の昼休みを満喫しようと、学校の屋上で昼寝していたのだった……。


「……あの曲、また見る夢で聴けたら良いな」


彼はそうポツリと呟き、次の寝床を探しに、廊下を彷徨い歩いた。






※ ※ ※






放課後の音楽室。

女子が大半で埋まっている、吹奏楽部の部員達が使用中。

彼女達は其々、手持ちの楽器を演奏して練習していた。


「じゃあ、皆ー! 最後に通しで弾いたら、全員での練習を締め括るよー!」


癒月の声に、はーいと応じる部員達。


「今日も彼は、練習サボって帰っちゃったね……」

「仕方ないですよ。きっと彼は自分の世界にしか興味無くて、私達の事なんて眼中に無いんですよ」


彼とは、雪の事。


「でも、雪君も、吹奏楽部の大事な部員よ。次の大会では、彼の力は必要だわ……」

「彼は……何の楽器を弾く方でしたっけ?」


首を傾げる部員の一人。それに癒月は肩を落とす。


「……ぴ、ピアノだよ。同じ仲間でしょ? 知らないの?」

「彼……、一度も部活に出ているところ見た事ありませんし、楽器弾いているところすら見た事ないです……」

「ほんとは女の子目当てで入部したんじゃないのかなぁ」


更にまた肩を落とす癒月。


「……さ、通し、始めるよ」


呆れて、彼についての話は口にしなかった。






※ ※ ※






夕暮れの色に染まる教室。

其処には彼が居た。


「んー……、……今日も真っ直ぐ家に帰ろうかな」


雪は腕を伸ばし、身体を解していた。

やはり部活は参加しないのか。……自由だな。


彼は通学用の鞄を片手に、教室を出ようとする。

すると一人の教師が彼に近付いて来た。


「おや、今日も部活動に参加しないのか?」

「……僕の求めているモノが其処には無いからです」


そう言い、教師の横を通り過ぎる。


「探しモノは、そう簡単に見つからないさ。いっぱい練習する事で何か見えてくるかもしれないよ?」

「……じゃあ、僕は、僕一人だけでいっぱい練習して、見つけます」


一度は止めた歩を再び進めようとする雪。その姿に肩を竦める教師。


「お前がそれで後悔しないのなら、先生は止めたりはしない。それなら、吹奏楽部を辞めるか?」


また歩を止め、その言葉に振り返り。


「……辞めるも何も、退部届、一度出してた筈なんですけどね」

「そうなのか……」

「何故、先生の手元に届かなかったのでしょうか?」


教師は顎に人差し指を当てて考え、そして笑顔を作り。


「……お前をよく知っていて、辞めて欲しくないと思ってる人が居るんじゃないか?」

「……また新たに書いて出して置きます。紙、頂いても良いですか?」

「あぁ……、構わない。じゃあ、職員室までお出で」


はい、と雪は答え、教師の後に付いて行き、職員室へ向かう。






※ ※ ※






再び、音楽室。

吹奏楽部の部員達は通しの練習を終え、癒月は……


「あれ? 癒月さん、何処へ行くの?」

「ゴメン、ちょっと楠原先生に話さないといけない事を思い出したから、職員室に行って来るね!」


そう言い残し、癒月一人、音楽室を離れて行った。




階段を降り、少し長い廊下を渡り……、また階段を降りる。

そして、また長い廊下に出て、少し奥を目指せば、右隣に職員室がある。


癒月は引き戸を開く。


「失礼します……」


教師は癒月に気づき、顔を向ける。


「おや、吹奏楽部部長の癒月さんだね。どうしたのかな?」


職員室は今、振り向いた教師と、その直ぐ横に立つ学生の二人だけしか居ない様だ。


「あ」


その声が出たのは二人同時だった。

教師の横に居たのは、雪だった。


「部活に参加せずに、此処で何をしてるの! 丁度良いわ。今からでも遅くないから、練習に付き合……」


癒月の目に、雪の左手にあった退部届の紙が入る。


「ちょ……、ちょっと待って! あんた、何で勝手に部活辞めようとしてるの……!」

「……良いでしょ、別に」

「良くない!」


癒月は、雪のカッターシャツの襟首を掴んだ。


「お、落ち着いて癒月さん……!」


慌てて仲介に入る教師。

それでも癒月は、雪のカッターシャツの襟首を掴んでいる。

しかし、雪はそれに動じる事は無かった。


癒月は顔を上げ、涙目で吠えた。


「わたしは……! あんたのピアノを皆に知って欲しいから、部活に残って欲しいの! あんたが中々部活に来てくれないし、ピアノも弾かないから……! ……皆にバカにされて悔しくないの!?」


雪は少し驚いた顔をしている。

そして、申し訳なさそうな顔をして。


「……それは悪かったね。……でも、僕の探しモノが見つからないのなら、部に居座る理由も無い。それに……、……其々の楽器の統率が乱れたところで、それは曲として成立するのかい?」


雪の言葉に黙り込み、彼のカッターシャツの襟首を放す癒月。


「……僕のピアノを褒めてくれてる事には、礼を言うよ。……ありがとう」


雪は笑顔でそう言い残し、職員室から去って行った。


「……キザ男。……何で笑うんだよ」


職員室に残されたのは、熱が冷めるのに時間が掛かりそうな癒月。




「……あ、あの、……癒月さん?」


……と、癒月の横で呆然としている教師。


「え……? あ……お、お騒がせしてすみませんでしたっ!」


癒月は必死に頭を下げた。






※ ※ ※






「……ただいま」


誰も返事しない玄関。

雪は一人暮らし。


「……」


静かに、居間の奥の部屋――自分の部屋へ踏み込む。

外装が木製の、電子オルガンがある。


「……今日も弾いてみよっか」


雪はオルガンに触れる。

ペダルを踏み、一つのキーを鳴らす。






ド。






「……っ」


次の瞬間、オルガンから放たれる音が、色の無かった部屋を次々と彩って行く……。




全てのモノに色が付いた時には、音はオルガンの元へ帰るかの様に、静かに消えて行った。


「……今日は快調だね。……じゃあ、あの曲に挑戦してみよう」


静かに息を吸って、オルガンのキーもその様に鳴らす。




静かに入ったその音は、水面にそっと指で触れ、其処から少しずつ拡がりを見せて行く。

そして、また次の拡がりを見せると、音は流れる様に、また流れる様に進んで行く。




しかし、出口が見え、広大な海に出たところで、音は途絶えてしまった……。


「……これも“違うね”。何が足りないんだろう?」


彼の弾きたかった曲とは違っていた様だ。




藍色のベッドへ寝転ぶ。

昼休みに使っていた藍色の枕を抱いて、共に。ゴロゴロと。転がり続ける。

そして、頭を壁に軽くぶつける。


「……未だ練習が足りないのかな?」


目を閉じた。

瞼の裏には、フラッシュバックする、今日の学校での出来事が映った。


「……癒月には、悪い事しちゃったね。……でも、探しているモノは、きっと其処では見つからない」


枕をギュッと強く抱いて、眠りに落ちる。






※ ※ ※






「……どうしたら、考え直してくれるかなぁ」


癒月も雪に同じく。

白と黒の市松模様のベッドの上で、黒い枕を抱いて、ごろ寝していた。

ゴロゴロ、ゴロゴロ。


すると、オルガンの音が、癒月の家へ流れて来た。


(……今日も弾いてるんだ)


癒月の家は、雪の近所にある様だ。

雪のオルガンの音に耳を澄ませながら、また寝転ぶ。


「雪君の探しモノ……、何だろう……?」


そう考えながら、彼女も眠りに落ちる……。






遥か、遠い記憶を辿る。


幼い頃、先生に聴かされた曲があった。

雪も一緒に聴いていた。

そして、音楽を始める切っ掛けになった曲。


その曲は。




鏡の様な水面に手を触れると。


静かに引き込まれて。


その向こうでは、不思議な世界が拡がっている様な。




「……良い曲だろう? 癒月ちゃんも、雪君も、これで音楽を好きになって欲しいな」


ニコリと、幼い二人に笑い掛ける先生。

そこで夢が途絶え――






「……あ!」


何かを思い出したかの様にベッドから飛び上がり、CDで敷き詰められた、茶色の棚を手探る。

その中から、1つのCDケースを取り出す。


「……」


CDケースからCDを取り出し、薄緑色の、少し大きいCDラジカセへ投入。

ステレオから線を伸ばしたイヤホンを耳に引っ掛け、ステレオの電源を入れる。


「……!」




ステレオの曲を聴き終えた次には、棚の反対側にある押入れから手探り。

奥にあった箱から飛び出していた“それ”を掴んだ。


「……よし。凄く久し振りに弾くけど……、頑張ってみよっ……!」






※ ※ ※






次の日の、放課後の教室。


雪は、窓の向こうをふと眺める。

夕暮れの匂いは未だ感じさせない、水色の空が広がっていた。


ボー……としつつ、鞄に教科書を幾つか積め始めた。


「……今日も真っ直ぐ帰ろうかな」

「雪君っ!」


教室の引き戸の向こうから、癒月が飛び出して来た。


「ん……、何? ……部活への再入部は未だ――」

「取敢えず、行くよっ!」


雪の言葉を遮った癒月。


「え……、えぇっ!?」


雪は、癒月に腕を掴まれ、何処かへ引っ張られるのだった……。






※ ※ ※






「……此処、音楽室……? どうしたの? 突然、此処に連れて……」

「良いからっ! 今からBGM流すよ!」

「BGM?」


首を傾げる雪にお構いなく、癒月は黒いステレオ機器へ近付く。

ステレオの電源を入れ、鞄から、一つのCDケースを取り出す。

更に、ケースからCDを取り出し、直ぐにステレオへ投入。


そして、再生モードのスイッチを入れると、曲が流れ始めた。


「これは……」


ステレオからは、不思議な歪みを感じさせる音が流れている。


「雪君、ピアノ弾いてね。わたし、……アコギ弾くから」

「え?」


癒月の言葉に驚く雪。


「雪君の探しモノ、多分、見つかる筈だから!」

「……分かった!」


言われるがままに、雪はピアノのキーを鳴らし始めた。




凄く心地の良い、その水面に指で触れると、静かに溶け込んで行く様な。

静かに溶け込んだその先には……






「……!」


雪は気が付くと、彼の目先には、幻想的な遺跡が建っていた。




周りに目を向ける。

ある方向では、遺跡の一角と見られる浮島が。

又、ある方向では、水色が地平線の彼方まで、果てしなく続いていた。


「此処は……」


「こっちだよ」


雪の立っている浮島の遺跡の入り口には、手を振っている癒月が立っていた。

癒月は雪に笑顔を向けて。


「雪君の方が詳しいよね? 案内して貰えたら嬉しいな」

「……良いよ。確り付いて来てね」


癒月に笑顔を返して、先導して歩く雪。

其れに付いて行く癒月。


二人は遺跡の奥を目指して歩き続けた……。






※ ※ ※






二人は気が付くと、見覚えのある場所に戻っていた。


夕暮れの色に染まった音楽室だ。


癒月はアコギから、曲の最後の音を鳴らした。

その姿を見て雪も、アコギの音に合わせて、ピアノから最後の音を鳴らす。


「……」


長い沈黙。

二人は、曲の余韻に浸っていた。


「……フッ、ハハハッ!」


雪が突然吹き出し、盛大に笑い始める。

癒月は吃驚している。


雪は笑いを堪えて、ゆっくりと口を開いた。


「……ゴメン。いや、まさか……、また見れるとも思わなかった」

「……雪君の探しモノで合ってたんだね。……良かったね。見つかって」


癒月は雪に笑顔を向ける。


「……あぁ、ありがとう」


雪も癒月に笑顔を向ける。


「……探しモノは見つかっても、吹奏楽部には……戻らない?」

「……こうして誰かが居ないと、一人だけでは、曲は完成しない事が分かった。だから、誰かと一緒に弾く時間を作ろうと思うよ」


癒月は雪の言葉に驚き、そして、笑顔を輝かせる。


「じゃあ……!」

「その代わり……」


首を傾げる癒月。

雪はクスリと笑い、答える。


「また一緒に、この曲を弾く事を約束してくれるなら、ね」


癒月は、これ以上に無い笑顔を浮かべて――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラクターの会話が高校生らしく、生き生きしていると思いました。描写が丁寧で繊細だと思います。 [一言] これからも頑張ってください。
2017/07/27 11:33 退会済み
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