そんな執事、そんな主人
プロローグ
10年前、ある学園で1つの事件が起きた。複数の生徒が、行方をくらました・・・・跡形も残さず。ただ、学園側はそれを明るみにださず、ただただ、生徒の間で噂されてゆくだけだった。
鏡の前には立つな・・・と。
* * *
心地のいい教室のざわめきに身を任せ、日乃 玲は窓越しに外を見た。
聖アイルシ学園高等部の校舎には11月の風が吹く。1学年の教室のある3階の窓から見る景色は、ほぼ開けたおもしろみのないグラウンドだった。
「ふー・・・」
自分にしか分からないくらいの小さなため息。時計は午後3時30分をしめしていた。 生徒達は今日1日の不平不満をここぞとばかりに話す。または、足早にそそくさと家へ帰る。
完全下校を迎えた学園、日乃 玲は何をするわけでもなくただすわっていた。外はオレンジ色に染まりつつある。クラスメイトも玲を気にするわけでもなく、きょうしつを出ていく。玲も気にするそぶりを見せない。
そもそも、人は嫌いだ。自分を守るためならなんでもする。嘘だってなんだって、お互いだましあい、簡単に裏切る。傷つけあい、落ち込んで、また同じ事を繰り返す。ばかだ。そんなこと・・・落ち込むくらいなら、関わらなきゃいい。そもそも、いい人間関係をこの学園で築き上げても、3年間のはかないもの。
「・・・くだらない」
ぼそりとつぶやく。変に教室のなかに響いた。顔上げ周りを見渡すと誰もいない教室がオレンジ色にそまっていた。
椅子から立ち上がり、机の上の鞄を肩にかける。教室を出ると人気のない廊下が続いていた。階段へ続くろうかを歩いていく。
ちょうど廊下の終わりにある鏡の前へさしかかった。
締め切ったはずの窓、ふんわりと暖かい風が玲の長い黒髪をゆらした。あるはずのない、赤いバラの花弁が舞う。まるでそれに合わせて、うたうような、心地の良い声響いた。
「やっと、見つけた」
玲は、反射的にかがみとほうをみた。
「・・・っあなた」
ふんわりとした髪、整いすぎた顔。一言で例えるなら王子様。
「吉良 しぐれ」
知ってる・・・彼を。同じ学年の・・・吉良 しぐれ。学園の有名人だ。なにをやってもできる。整いすぎる顔、まるで異次元の住人のような・・・。
「っな!?」
彼の横にあるはずの鏡には、あるはずのないきれいな花畑が広がっていた。その周りに森が密集している。そして、青い空が広がっていた。
吉良 しぐれは、口元をゆるめた。
「なんで・・・鏡に・・・、これ、、なんなの」
「カルメシアへの入り口、・・・分かりやすく言うと異次元への入り口」
「・・・は?」
「この鏡は鏡でもあり、扉でもある。扉は、人を選び選ばれた者の前だけで開く。」
「なにを・・・」
「信じられないかもしれないけど、鏡は君の前で扉を開いた。事実、君はナリルの庭が見えてる。」
意味ありげにかれは、また笑った。
「なにを・・・いいたいの」
じっと、かれをみそせた。吉良は嘘を言っているようにはみえない。それに、彼の言ってることは事実だ。
「君が、見ているものはカルメシア・・・という国。またの名を 光を司る者 そして、もう一つ ズライト 陰を司る者・・・。そしてここ、ワールド 水を司る者。3つの国は共存してきた。・・・といっても、ここは、割と独立した国。昔は、ここはカルメシアとズライトを知って生きていた。次第に時の流れの速いこの世界の人間は忘れていき、完全に消えた。光と陰も、まぁ、共存はしていたものの・・・、陰はズライトは、2つの国 ワールドとカルメシアを支配することを決めた・・。」
寂しそうにまゆをよせた吉良。
「それで・・・?」
「カルメシアには昔から言い伝えがある・・・”国の危機あるしは、人の子あり。人の子ありしは、執事あり”」
ピタリと時がとまった。
「契約をしよう」
「契約・・・、私が」
「そぅ、救うために」
「救う・・・いいわ。やりましょう。契約を・・・」
「・・・案外、さらっとしてるね」
「ここへいても、つまらない。それに私が断れば、あなたはこまってしまうでしょ?・・・じらしたりするのは、嫌いなの」
「なら、契約成立。・・・今日からあなたへ一生遣いましょう。日乃 玲様・・、我が主、我が名はライル・E・メルター」
吉良はひざまずき、玲の手の甲へキスした。吉良が口づけした箇所にはバラのような紋章が現れた。
「これは・・・?」
「証だ・・・」
そういって、吉良・・・ライルは笑った。・・・綺麗だ。
「分かったわ、き・・・ライル」
暖かい風が吹き、2人は踏み出した。
* * *
「ライル、どこいくの!」
「ナイラ城。選ばれた子がいる」
「選ばれた・・・私のような人間がいるの?」
「あぁ、ワールド以外の住人は魔法が使える。ただ、選ばれた・・・玲のような人間はこの世界を見る事ができる、つまりそれだけの魔力がある。だからその魔力を訓練するため・・・にナイラでは人間とその執事が訓練をする。」
「へー・・・なるほどね」
「・・・ホント、あっさりしてるよね」
木々のこもれびが玲達をてらす。
「まぁね、訓練してどうなるの?」
「選ばれた者は、戦いに向かう。一種、ナイラは訓練所であり拠点でもある」
「そう。ところで、向こうでの私たちのあつかいはどうなるの?」
「ときが、止まってる。」
「そう・・・なの」
ふいに、ライルはこちらをみた。
「気になる?」
「そうね・・・たぶん。わからない」
「人とか、関わるの嫌いでしょ?」
すこし、目をそらす。
「そうね、嫌い。・・・はかなすぎて、嫌い。簡単に裏切り合う癖に仲良くして、くだらない・・・。」
「へー、なるほどね」
ハハっとライルは笑った。
「少し、分かるかも」
「でも、あなたは有名人じゃない。私でさえ知ってる。」
ライルは再び困ったように笑った。
「まぁね、周りには人がいた。でも、結局それは俺自身じゃなく俺っていう関わりがほしかったからに過ぎない。だから、楽しい とはいえなかったかも」
「そう、大変ね。でも、ライルも案外あっさりしてる」
「かもね」
他愛もない会話を繰り広げていく。人と関わるのは久しぶりだ。人は嫌いだ。でも素直にこの時間が永遠と続居てほしいと、心からそう思えた。
「まだ・・・つかないの?」
「たぶん・・、そういえば、玲はアイルシ学園の生徒が失踪するって言う話しってる?」
「・・・確か、10年前の3年生が・・・」
「そう、それ」
かろおじてある薄らとした記憶を呼び覚ましていった。確か、跡形もなく生徒が消えていく話だ。
「まさか・・・あれって」
「ここも、ズライトも関係してるみたいだ。でも、詳しくは俺も知らない。」
ライルの横顔を見る。やっぱり、綺麗だ。
「ライルは何の魔法がつかえるの?」
何気ない質問をぶつけてみた。彼はハッとしたように顔をあげる。
「火・・・を操る。魔法にもいろいろあって、たぶん向こうで教えてくれると思う。 なかでも、レア・・・滅多にいないのは”大地”の魔法が操れる者。」
「”大地”?」
「うん、大地。大地がなくちゃ、水や火、空気に風・・・、それらすべては、存在しなかった。”大地”の魔法っていうのは・・・すべての魔法がつかえる。」
「じゃぁ、無敵ってこと?」
「かな・・・。でも、”大地”の魔法は極めればだれでもなれる。”大地”の魔法がすごいのは、”竜の力”を持つ者がいるってところ」
「”竜の力”・・・?」
「誰でもなれるものではない。100年に1度だけ、現れるんだ・・・力を持つ者が」
「それを・・・持つとどうなるの?」
「無敵・・・だね。すべての魔法を操れる上、竜の力も持つ。竜の力には莫大な攻撃力の他に、癒しの力がある。相手はもちろん、自分にも」
ライルは、淡々と語った。再び暖かい風が吹く。ちょうど、森が開け広場のように広がった。
玲は目を見張る。ベルサイユを思い起こさせる宮殿。そして、綺麗に手入れされた庭。立派な門の近くには複数の女の子が今か今かとライルを見ていた。
「・・・1度、死んでほしい」
「・・・は?」
「なんでもないわ」
声にでてしまったらしい。玲はライルがしゃべり出すのを待った。
「ここがナイラ城。・・・っていっても、高校なんだけどね。」
ライルは建物の半分から右をてで示した。
「ここからここは・・・、普通の生徒達が授業や訓練をしている」
そして、今度は、真ん中から左を手で示した。
「残りが・・・、選ばれた人間とその執事が訓練している。そして・・・。」
奥の方に見える、立派な離れを指さした。
「あそこが、生活するところ」
「え・・・えぇ」
あまりのスケールに息をのむ。
「じゃあ、行きましょう」
されるがままに玲の手は、ライルのてのなかにおさめられていた。
* * *
ただただ、広い廊下を歩く。仲までもが、ベルサイユを思わせた。足を進めるとしだいに、声が聞こえてきた。足を進めれば進めるほど、その声も近くなる。笑い声や話し声が入り乱れていた。その声のする扉で、ライルは立ち止まった。チラリとこちらを見てほほえむ。
「ようこそ、カルメシアへ」
開かれた扉。静まった、部屋の中。サラリと玲の髪がゆれる。
部屋の中には、同じ年ほどの男の子と女の子がいた。一歩、足を踏み入れる。全員のめも、同時に動いた。
「俺の主人です。」
背後から、ライルが言う。
「主人・・・?」
黒髪の左右の目が緑と黄色に分かれている男の子が、首をかしげた。
「超美人じゃん・・・」
「バカじゃねぇーの」
茶髪のチャラけた男の子に、目つきの悪いブラウンの髪の男の子が鼻で笑う。
「新しい・・・お友達」
「・・・みたいだね、玲奈、お砂糖入れすぎ」
ぼーっと玲を見つめるツインテールの少女に、ミルキー色のほんわりとした髪の和服の男の子が彼女の握るスプーンを戻そうとする。
「名は何という!!・・・ライル殿にそんなに近づくな!!」
「落ち着いてよ、アノン・・・。ライルの主人なんだから近づくでしょ、普通」
鍵に手をかける、黒髪の少女を 小柄な男の子が止めに入る。
「起きてよ~! 秋ぃぃいい!!」
「・・・」
イヤホンを首にかけた男の子がうつぶせになった男の子を揺さぶる。
「カワイイ子だね~」
「・・・そ、そうね」
猫耳のパーカーを来た女の子が眼帯をつけた女の子に笑いかける。
すべてが、現実だ。玲はただ、みつめていた。部屋にはソファーがあり、机があり、もう一つ扉がある。窓から差し込む光は心地よい。突然もう一つの扉が開いた。
「あれ・・・おかえり、ライくん」
眼鏡をかけた、20代前半の男が面食らったように玲をみつめる。
「日乃 玲・・・です」
はじめての玲の言葉にライル以外は驚いた顔をした。
「・・・荒木 いろは だよ!いろはでいいよ! よろしく、玲ちゃん!私の・・・執事の野のみ 香代ちゃん。」
猫耳の女の子、いろはは、にこりと笑った。
「野のみ 香代だ。カエラでいい」
眼帯の少女は小さく頭を下げた。
「実樹 玲奈。玲奈でもいい。玲奈は、新しいお友達できてうれしい。・・・から、この紅茶あげる」
ツインテールの女の子がさっきの、ティーカップを渡そうとしてくる。
「それ、さっきお砂糖入れすぎたヤツだよ。・・・湊川 遙。ハルヒでいいよ。 玲奈は僕の主人。・・・よろしく」
和服の男の子はふんわりとほほえんだ。
「よろしくおねがいしますぅう!?」
頭を下げようとすると、それは、阻止されチャラけた男の子に両手を握られていた。
「俺、沖 ひらり!ひらりで全然OK!! 玲ちゃんっていうの?アド?いや・・・ラインおしえ「うっせー、ばか。・・・悪いな。このばかの執事をやらされてる、奈伊里 京間だ。ナギでいい」
「あ!!いまやらされてるってい「うぜー」・・・」
目つきの悪い男の子・・・ナギはめんどくさそうに舌打ちした。
「どけ!!ざこども!!・・・日乃 玲といったか!!私のライル殿に近づくな!!」
黒髪の女の子は、玲のことを睨み付ける。
「だから、アノン。ライルの主人なんだから近づいていいの!・・・だいたい”私のライル殿”って、公開告白か何か?・・・僕は、海藤 真生。でこっちのが僕の執事の来栖 アノン。アノンでいいよ。僕も 真生でいい」
アノンと呼ばれた少女はライルをみて顔を赤くして固まっている。
「あっ!あっ!あっ!僕!僕! 金城 瑠衣!」
黒髪の左右の目の色がちがう男の子が手を挙げる。隣にいた同じ目をした男性が、なだめる。
「瑠衣様、落ち着いてください。・・・紅茶が!?・・・危ないですよ。・・・・・・・・・・・危ないと、申しています。」
男性は、ニコリとほほえんだ。空気がはりつめる。男性は、そのまま玲を見た。
「瑠衣様の執事の周 浩、と申します。アレンで結構です。どうぞ、お見知りおきを。」
「・・・は、はい」
曖昧に、頭を下げる玲。ライルが執事出よかったと、心から思えた。
「そろそろ、俺たちもいいかな?秋、起きなくて・・・、」
金髪に、ヘッドホンをしている男の子がこまったようにいう。その隣にはうつぶせのまま眠っている、黒髪の男の子がいた。
「俺は、太田 比良。で、おれの主人の田中 秋。 おれのことは カレト でいいよ」
ニコリとほほえんだカレトの髪をかぜが通り抜けていった。いつの間にいどうしたのかもう一つのドアから出てきた男性が大きな窓の前に立っていた。
「ようこそ! カルメシアへ! 日乃 玲さん。こいつらの親 兼 官庁・・・そうだね、いわば生徒指導、センセイのような者だ! ニノさん でオッケー!ちなみに俺の執事は 合氣 清明 という。今、出かけてるけど・・・。とりあえず、ようこそ!」
「・・・どうも、」
今日は何度お辞儀をしただろう・・・。そんなことを考えながらまた頭を下げた。
「早速なんだけど・・・たたかってもらうよ?」
頭を上げ、脳天気に笑うニノさんを見る。
「戦う・・・?」
「あれ?・・・ライ君まだ言ってなかったの!?」
今度は、にのさんがライルを見た。ライルは、コテンっと首をかしげる。
「ま・・・まぁ、ともかく」
ニノさんは調子を戻すと、こう告げた。
「君の、魔法の属性を調べる。魔力というのは、ある時、ある極限状態の時、最大の力を発揮する。それはどんなベテランも素人も同じだ。君は、すでにこの世界を鏡越しで見た。それが、すでに魔力なんだ。その魔力は何に、炊けているのかをみたい。君の最大の力で・・・」
ニノさんは柔らかく・・・それでも強く、ほほえんだ。
* * *
城の裏手には、丸い広場がある。玲は今、そこでたたずんでいた。息が上がって喉が締め付けられる。足はもう、立っているだけでもやっとだ。ニノさんは、なぜ彼女を私の相手にしたのだろう?そんなことを考えていると彼女は鍵に手をかけた。
「戦う相手だけど・・・アノンで」
そう告げた、数分前のニノさんをふみつぶしたくなる。彼女・・・アノンがこの申し出を断るわけがないんだ。思ったとうり、喜んで引き受けていた。
玲の足の周りの土にはいくつもの焦げ目がある。アノンは再び攻撃を仕掛けてきた。
「ライト・キー・ガン!!」
アノンがそう叫ぶと玲に向かって光の玉が勢いよく放たれた。玲は、必死にそれを避ける。体育の授業に出てて良かったと、密かに思った。
「ライル殿の恨みここではらさせてもらう!! アインド・シェルト!!!」
「私、ライルに何もしてない! あなたの個人的な恨みじゃないの!?」
反射的に、声が出てしまった。動きが鈍る。慌てるも、すでに遅し。
「玲!!」
ライルの声が響く。しかし、玲の視界は光であふれていた。
「おきて・・・・起きて」
遠のいていく意識の中、声が聞こえた気がした。このまま目を閉じていたい思いと反比例し目を覚ます。周りは光があふれている、それでもまぶしいとは思えなかった。
「・・・誰?」
ぼそっとつぶやくと、目の前だふわふわと浮く、真っ白い髪の少女がいた。
「私の力を貴方に託す。・・・だから、この世界を、救って・・。」
「は?」
少女の言葉に、首をかしげた。
「私の、竜の力を貴方に託す。・・・すべては、貴方の中に」
少女は再度そう告げると、玲の額にてをおいた。それは青白く光り、次第に大きくなっていく。
玲のうっすらとした意識ははっきりしていく。右手を払いのけると、光は無惨にもとびっちた。目を見開き、立ちすくんだアノンと目が合う。周りを見渡すと誰もが声を出そうとせず、ただ、玲を見つめていた。
「あ・・・ありえない」
アノンが後ずさる。
「なに・・・が?」
そう聞き返すと、彼女は鍵に手をかけた。玲の質問に答えようとはせず鍵を一本とる。玲も身構えた。
「アインド・・・」「アノン!やめろ!!」
真生の叫び声が響く。それには、玲に対する恐怖も混ざっていた。アノンは聞こえないかのようにつずけた。
「アインド・シェルト!!!」
大きな光が、玲に降り注ぐ。・・・ちがう。玲はふとそう思った。さっき受けたのはもっと大きくて、はやくて・・・。右手を振り下ろすと、再び光りは飛び散る。
「なにこれ・・・。」
玲は、ぼそりとつぶやくと、右手をみつめた。ただ、無気力に手を振るだかなのに、壮大な力が生まれた。
「や・・・・やめぇぇぇ!!」
ニノさんが玲とアノンの間に割ってはいった。ニコリとほほえんだニノさんは玲のほうをみる。
「説明してもらおうか。なぜ、さっきまであった傷が消えたのか。」
彼の言葉にハッとなって玲は自分の体を見た。さっきまであった傷は綺麗に消えている。
「なんなのこれ・・・?」
玲は助けを求めるようにライルを見つめる。・・・そして、意識が途切れた。
”私は教室にいた。懐かしい教室に・・・。ぴかぴかと光るランドセルが私には、醜くく思えた。教室に一人たたずむ。クラスメイトはあることないことを囁きあい、私のことを笑った。
「あの子にお母さんは、居ない」のだと・・。
優しかったお母さん。ケーキを作ってくれたり、遊んでくれたり。・・・でももう居ない。醜い男と帰ってこない。その日お父さんは初めて泣いて、私を強く抱きしめた。
「あの人のことは忘れなさい。お前には、父さんだけだ。」
その日から、私は決めた。母さんは居ないのだと・・・。
私が中学生になったとき、突然あの人は現れた。 やり直したい と・・・。自分で壊したくせに。優しい父はそれを受け入れてしまった。1年立つと、あの人は男と一緒に出て行った。お金をすべて持ったまま。その日父さんは初めて怒った。そして、私を抱きしめた。
「人はなんて儚いのだろう。玲は父さんを捨てないでくれ」
その日から、私は決めた。関わりとはただ、つらいだけなのだと・・・。”
ふとめが覚めた。玲はベッドに横になっていた。綺麗で落ち着いた部屋には誰もいない。ただ、ベッドの近く
の窓からは木漏れ日が差し、レースがそれを遊んでいた。
「何を・・・変なことを思い出してたんだろう」
声に出して言ってみると、無性に寂しくなる。下唇を噛む。
「何を・・・思い出してたのですか?」
大きなドアの方から、突然聞き慣れない声がして驚いて振り向く。ドア越しに、男性が立っていた。薄い茶色の髪を後ろで結び、綺麗な前髪越しに、青っぽい瞳が見える。服は明治を思わせる。綺麗な男性だった。腰には剣がしまってあり片手には警察がかぶるような形の帽子が抱えられていた。
「あぁ・・・・昔のことを」
「そうですか。・・・申し遅れましたが、官庁の執事の合氣 清明です。清明で結構。・・・玲は竜の力を持つとか」
「・・・竜?」
”竜の力”・・・ライルが話していたあの力。
「・・・100年に一度の無敵の力」
「そう・・・。ライルもそれは話していたか」
「それが・・・なにか?」
「それが・・・君だ」
清明は、鋭い視線をぶつけた。
「どうして、君がそれを持つのか。教えていただきたい」
「そんなの・・・知りません。ただ・・・アノンの魔力を受けたとき、真っ白い少女が現れて、”この力を託す”って・・・それで」
「いい加減なことを言わないでくれ、私は真剣に聞いて居るんだ」
清明の鋭い目がそれを増す。
「なら、私も真剣に言っています」
「なんでしょう?」
「・・・仮に私がその魔法を隠していたのなら、なぜ自分の体力の限界まで逃げマまどっていたのでしょう?・・・確かにニノさんは、”魔力は、ある時、ある極限状態の時、最大の力を発揮する。それはどんなベテランも素人も同じだ。”と、言っていました。と同時に・・・私はライルから”すべての魔法を操れる上、竜の力も持つ。竜の力には莫大な攻撃力の他に、癒しの力がある”と聞きました。あの時私は、アノンの力に対して極限状態でした。・・・が魔力に目覚めたとき・・・莫大な攻撃力ではなく・・・身を守っていました。もし、魔法を隠していたのなら、そんな器用なことができたでしょうか?」
まっすぐと、清明の目を見つめる。茶色にも黒にも見えない瞳がこちらを見つめた。
「確かに・・・あなたは嘘を言っていない。その目はそう言う目だ。疑ってすまなかった。」
そう彼はつげ、ふわりと笑った。
「では・・・」
そう告げると、足早に出て行った。
* * *
時を少しさかのぼり、玲がまだ目覚める少し前の談話室。執事達とその主人達が集まっていた。
「どうするつもりなんだ?」
ナギはライルをまっすぐと見つめる。
ライルはそれを見つめ返した。
「ライル・・・アノンが悪かった。初心者に向けてあの攻撃は・・・」
真生はライルの目の前で頭を下げる。
「別に、お前が指示したわけじゃない。誤る必要もないと思う」
そう言いつつも、ライルの険しい表情は消えなかった。
「ほら、アノンも!!」
「なぜだ!!私は・・・「アノン!」」
怯えきったアノンを真生は睨んだ。
ライルはアノンの方を見る。助けを求めるようにアノンも見つめ返した。
「別に、俺にはあやまんなくていい。・・・ただ、あのまま玲にけがをさせたのなら、黙っては居ないよ」
アノンは傷ついたようにうつむいた。
「・・・話してくる。本当のこと」
「そうか・・・」
ナギは納得したようにつぶやいた。
* * *
清明が出て行った後、入れ違いにライルが入ってきた。
「あ・・・」
何を言おうか言えない口元に、漏れた言葉。
「話さなくちゃいけないことがある。」
ライルは、そばにあった椅子に座った。
「俺は、玲と同じ竜の力の持ち主だ。」
ライルの言葉に息をのんだ。清明がなぜあんなに焦っていたのかが、はっきりした。
「本来、竜の力の持ち主は100年に一度、1人だけ、現れる。それがいままでの俺だった。ただいまは違う。その俺が持った主人にも竜の力があった。そのことで状況が変わってきた。俺は火の魔法に長けている。けど、玲は分からない。だから・・・。」
ライルの話を静かに遮った。
「私、さっきね、昔の夢を見ていたの。私には父がいて母がいた。でも、ある日母は私と父を捨ててででいった。他の男と一緒に。・・・」
その時、父さんは言った。
お父さんは初めて泣いて、私を強く抱きしめた。
「あの人のことは忘れなさい。お前には、父さんだけだ。」
その日から、私は決めた。母さんは居ないのだと・・・。
私が中学生になったとき、突然あの人は現れた。 やり直したい と・・・。自分で壊したくせに。優しい父はそれを受け入れてしまった。1年立つと、あの人は男と一緒に出て行った。お金をすべて持ったまま。その日父さんは初めて怒った。そして、私を抱きしめた。
「人はなんて儚いのだろう。玲は父さんを捨てないでくれ」
その日から、私には父さんだけになった。父さんがすべてだった。父さん以外を信頼できなくなった。
ある日父さんは病気で倒れ、大丈夫だ といいつずけながらなくなった。葬式にもあの人はやってこなかった。
「・・・ただね?私の知らない女の人が来て父さんの遺産を持って行った。あの人の遺書にもそう書いてあった。私はあの人に尽くしていたのに、あの人はわたしを邪魔者のように扱っていたのかな?・・・人の関係なんて家族でも儚く崩れていく者なの。・・・そうおもってた。アノンと戦ったとき、倒れた私の名前を呼んだ、ライルの声が聞こえたの・・・、その時すごく安心した。ライルの言うことなら信頼しようと思った。私はまだ、この力について貴方ほどは知らない。だから、たぶん当分使わないと思う。それでも、状況は変わらない?」
「あぁ・・・」
安心したように・・・いや安心させるようにライルは微笑んだ。
「アノン・・・さんにも悪いことをしたわね」
「あれは・・・・アノンも反省してるからきにしなくていい」
「もう・・・だめだね」
私が呟くと、ライルは首をかしげる。
ライルには、彼のことを受け止めてくれる人がたくさんいる。アノンだってナギだって。
それが、羨ましくて・・・そして、寂しかった。
「最低でしょ? 初対面であなたたちの仲間を傷つけた」
アノンの魔法を裂いたときの真生達の恐怖の視線を思い出す。
「それなら、アノンは俺の仲間に手を出した。アノンが使っていたのは光の魔法。玲に使っていたのは・・・、かなり強い物だ。初心者に使う物じゃない。」
私が、逃げまどっていたとき、観覧席の方からアノンを止めようとしている声が聞こえていた。
「それに・・・、玲がつらいのなら、全部俺が受け止める。一人にしない」
そう言ったライルの顔はいつになく柔らかくて、そして綺麗だった。
玲のほほを流れ落ちる涙。理由は分からない。いや、一つだけ分かる感情がある。
ひとりが寂しい感情ともう一人じゃない暖かい感情・・・。
ライルは玲のほほに落ちた涙を優しくてでぬぐった。・・・その彼の顔に玲の胸は高鳴った。