第三週の2
杉田は図書館の入口に立ち尽くし、中に入ってこようとはしなかった。
「杉田……」
俺に気がついた杉田はおもむろに走りだした。
「逃げた!?」
くそっ 後を追って俺も走りだす。
中庭を抜け、グランドに出る。幸か不幸か今日は練習をしている部活もなく、杉田はグランドの真ん中を走り抜けていく。そのまま、校門から出て行ってしまった。
校門まで追いかけたが、カバンを置いてきた事を思い出して立ち止まる。
「しかし、杉田の奴、こんなに足が早かったとは……」
まあ、感心している場合でもないか。まさか話をする前に逃げられるとは思わなかったな。
・・・
図書館に戻ると西村が待っていた。
「お前か、帰ったんじゃないのか?」
「さっき言わなかったけ? 事の顛末を確認しにきたって」
「覗きか? 趣味が悪いぞ」
西村がカバンを差し出す。
「はい、これ、早苗ちゃんのカバン。渡しておいて」
「わかった……」
自分のカバンと杉田のカバンを持って図書館を後にする。さて、杉田はどこに行ったのやら……
考えてみたが見当もつかない。考えても無駄か……
携帯電話を取り出して杉田の携帯に電話をする。出てくれるといいのだが……
『RRR・・・ RRR・・・ RRR・・・ 』
10コールが過ぎても留守録になる気配は無かった。20コール目だったろうか…… やっと電話にでる声が聞こえた……
「誰?……」
「俺だよ」
「ごめん……」
「なんで謝るんだよ」
「だって……」
「いいから、話を聞かせろ。今どこにいる?」
「隣の公園……」
・・・
うちの高校の隣には大きな公園があった。中央エリアには噴水があり、夏の間は小さい子どもたちの水あそび場になっていた。その中央エリアの端には大きた樫の木があり、その根本のベンチに杉田は座っていた。
「となり、座るぞ」
「うん……」
木陰とは言え、夏の正午、照りつけつ太陽の日差しが眩しかった。
杉田はしたを向いたままだった。日差しが強すぎてうつむく杉田の顔は深い影になり、表情をを読み取ることはできなかった。
「東京の大自然……」
「え?……」
「教えてやる約束だったな」
「うん……」
「東京にだって2,000m級の山があるんだぜ。自然もいっぱいある」
「うん……」
「今度、一緒に行こう」
「え?」
顔を上げた杉田は驚いた表情だった。
「二人で出かけようって言ってるんだ。イヤか?」
「イヤじゃない。一緒に行きたい」
「じゃあ、決まりだな」
「ありがとう……」
「いいよ。頑張ったご褒美だ」
「私……」
「ん?」
杉田は噴水を凝視したまま、何か深刻に考えているようだった。
両手を膝の上で握りしめていた。きつく握りすぎて手から出血でもしてしまうのでは無いかと心配に感じた。
それからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。短いようで、長いようで……
「私……」
杉田は俺の目をしっかりと見つめると、おもむろに言った。
「あなたに伝えないといけない事があるの」