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第二週

 夏休みに入り二週間が過ぎようとしていた。


「いよいよ明日、追試か」

「うん」

「ここまで頑張ったんだ。しっかりパスしてくれよ」

「はーい、先生がよかったから平気だよ」

「余裕そうだな。頑張れよ。少し早いが、今日は終わりにして明日に備えようか」

「うん」

「帰りどっか寄るか? おごってやるよ」

「え、いいよ悪いよ。私が勉強に付き合ってもらっているのに」

「気にすんな、頑張ったご褒美だ」

「なんか子供扱いしてない?」

「はは、そうかもな」

「ぶー高いものおごってもらう」

「お手柔らかにな」


 ・・・


 結局、駅ビルの中にあるジェラート屋に行った。

 今年の夏は異常に暑い気がした……。夕方と言うにはまだ早い時間かもしれないが、外気温はピークの様で日陰にいないと立っているのも辛いほどの日差しだった。

 ミルク味のジェラートを頬張りながら杉田が呟いた。


「あの日も暑かったね……」

「鎌倉か?」

「うん。梅雨なのに全然雨じゃなくて、すっごい晴れてて」


 見上げた空は憎らしいほど晴れ渡っていた。


「班の奴に置いていかれていじけてたな」

「しょうがないじゃない」


 恥じているのか怒っているのかわかりづらい顔で杉田が抗議の声を上げる。


 俺は杉田のことを知っていた。試験休みに入る前から……


 もっとも、遠足の日、鎌倉で俺は初めて杉田と話をした。

 それまでは同じクラスでも会話をしたことがなかった。


「でも、おかげで携帯を買ってもらえた」

「そうだな、杉田はGPS つけっぱなしにしたほうがいいぞ。そうしないとどこに行ったか分からなくなるからな」

「ひどい、あの日が特別だって」

「そうなのか? 電話もかけられなかったじゃないか」

「ぶー」



 ・・・・・



 ゴールデンウェークが終わり。梅雨に入るくらいの頃にうちの高校は鎌倉への遠足を行う。修学旅行の予行練習のような位置づけで班行動の練習という位置づけらしい。しか、高校生になって鎌倉に遠足と言われても、正直面倒なだけである。結局、まじめに取り組む奴はおらずグダグダ班行動になっていた。


 でもって、俺は鎌倉の駅で一人になっていた。理由は簡単である。班の連中に置いていかれた。買い物しているうちにはぐれ、他の連中はささっと集合先の藤沢の駅に向かってしまったのである。そんな訳で俺は江ノ電の藤沢駅で一人電車が来るのを待っていた。

 そんな時、杉田と出会った。出会ったなんて運命的なものじゃなかった。うちの高校の制服を着た女子が駅でテンパッていた。こいつも班からはぐれたらしいのだが、地図と路線図を見ながら独り言を大きな声で呟いていた。

 さすがにいたたまれなくなって声をかけた。


「お前も班をはぐれたのか?」

「え、えっと。どちら様?」

「同じクラスだけど分からない?」

「ああ、ごめんね」

「まあいいよ。杉田だろ」

「うん、他の連中は?」

「わかんない。いなくなっちゃった」

「そうか。携帯にかけてみたのか?」

「私…… 携帯持ってない……」

「…… そうか……」


 めずらしいな。いまどきの女子高生とは思えないな。


「誰かの携帯番号は聞いていないのか?」

「えっと、彩乃ちゃんの番号なら……」

「なぜかけない?」

「携帯もってないし……」


 公衆電話という発想はないらしい。

 

「ほれ」


 携帯を杉田に放り投げる。


「えっ あぶない」


 本当に危なげに携帯を受け取る。落としたらぶっ飛ばす。


「あの……」

「貸してやるから電話しな」

「いや、その……」

「なんだよ」

「使い方がわかんない」


 マジか?


「番号教えろ。かけてやる」


 偶然とはいえ、あの西村彩乃の携帯番号ゲット!

 まあそれはそれとして。

 西村の番号にかけて、杉田に携帯を渡す。


「ありがとう……」


 杉田は何やら西村と話し込んでいるようだった。

 

「どうだった?」

「もう藤沢むかっちゃたから、藤沢に来てって」

「あっそ」

「どうしよう」

「藤沢に行けばいいのでは?」

「どうすればいいのかな?」

「江ノ電で行けばいいのでは?」

「江ノ電ってどこで乗れるの?」

「ここで乗れるのでは?」

「よかった…… ここで乗れるんだ……」

「本気?」

「何が?」


 まあ、安堵感に包まれた顔を見る限り本気なのだろう。


「お前、方向音痴?」

「し、し、失礼ね。ちょっと電車が苦手なだけで……」

「じゃあ、江ノ電でどこまで行けばいいかわかる?」

「えっと、ごめん。一緒に行っていい?」

「好きにしな。おれもはぐれた口だから」

「なんだ、同類じゃない」

「同類じゃない! 俺は一人で藤沢に行ける」


 ・・・


 江ノ電に乗り込み。二人並んで電車に揺られていた。


「鎌倉なんか中学の時に来ただろうに。なんで今さら迷子になるか?」

「迷子じゃないって、はぐれちゃっただけだよ」

「同じだろ」

「うん……」


 素直になった。


「私、お父さんの仕事の関係で小学生の途中から海外に住んでいたの」

「帰国子女だったのか?」

「うん。結構田舎だったから。高校生になって東京に戻ってきた時、焦った」

「なんで?」

「あまりにも世界が違いすぎて…… みんな携帯電話持ってるし、話す話題もよくわからなくて」

「そうかもな」

「うん。彩乃ちゃんだけは私に優しくしてくれた」

「そうか?お前にみんなに笑顔振りまいているし、友達多いんじゃないのか?」

「友達少ないよ。笑顔なのは田舎にいたせいかな。外国で住んでいたところはみんな友達でみんなニコニコしていたよ」

「いいとこだな」

「うん、いいとこだよ」

「杉田、お前」

「何?」

「無理してないか?」

「えっ?」

「日本にブランクがあるから、みんなに合わせようと無理してないか?」

「そう、かな?」

「さあな?」

「さあって? どうなの?」

「距離感がつかめない奴は多いよ、日本人はね。だから、お前が思っている以上にお前の事を友達と思っている奴は多いと思うぞ」

「……」


 電車は稲村ヶ崎の駅を越え、海岸線へと出た。太陽は傾き赤く染まっていた。もう少ししたら、遠く霞んだ伊豆半島に夕日がかかるだろう。江ノ島は夕日を受けて長い影を作っていた。


「綺麗……」


 眩しいだけだがな。


「東京って自然ってどこか作られた物っぽいよね。ここは本当の自然があるね」

「どこと比べてる?」

「日比谷公園?」

「今度、東京の大自然を教えてやる」


 電車は江ノ島を越え、市街地に入っていく。しばらくすると高架になり、そのままデパートの二階にある駅へと到着した。

 改札には西村とその他数名。多分、杉田と同じ班の奴が待っていた。


「じゃあな」

「ありがとう」

「なにもしてないよ」



 ・・・・・



「私、無理してみんなに合わせていたみたい」


 ジェラートを口にしながら杉田が呟いた。


「あの後、力を抜いてみた。そしたら、みんなと仲良くなれた気がした」


 気のせいだ。いや、錯覚かな? それとも勘違い?

 現実は何も変わっていない。つまり、最初から仲が良かったということ。杉田が気にし過ぎていただけ。

 俺はそれを気づかせてやっただけ。


「追試パスしてくれよ」

「うん。頑張る」

「それでも俺の役割の終了っと」

「えっ そっか……」

「どうした?」

「ううん。なんでもない」


 気がついていないのか。気がついてないフリなのか。それとも……


「勉強、付き合ってくれてありがとう」

「まだ終わっていないぞ。そのセリフは明日までとっておけ」

「うん」


 駅前で杉田と別れて一人家路につく。


 明日で終わりにしたくないな……

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