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第一週

「だから、分数はそのまま足したらダメだって」

「え?え?」

「分母をそろえろって」

「えっと……」

「分母と分子に同じ数をかけてだな……」

「え? でも、数字が大きくなっちゃうよ」

「ならないんだよ。比率が同じなら問題ないんだよ!」

「比率?」

「……」

 

 頭痛くなってきた……


「ごめんね、頭わるくて……」

「いや、俺も熱くなりすぎた」


 夏休みが始まってから、俺は毎日、同じクラスの杉田早苗に数学を教えてい。一学期の期末テストで赤点を取った杉田は夏休みに補修授業を受けていた。補修授業の後、復習を兼ねて俺が杉田に数学を教えていた。杉田は午前中に補修に出て、午後は俺が数学を教えていた。

 うちの高校は進学校ということもあり、夏休みも図書館を開放しており自習をすることができた。もっとも夏休みが始まったばかりの為、人影もまばらだった。お陰で俺の怒鳴り声も咎める人はいなかった。

 なぜ、俺が杉田の補習に付き合っているかというと、偶然と言うか、巻き込まれたというか、気の迷いというか。まあ、自業自得ではあるのだが……。安請け合いとはいえ受けてしまったので、途中で投げ出すわけにも行かず、こうして毎日の杉田に数学を教えていた。


「どうしたの?」

「どうもしないよ。もう一回教えるぞ」

「ありがとう……」

 

 杉田は俺の説明を素直に聞いていた。どこまで理解しているかはあやしいが……

 

 ・・・


 夕方、下校を知らせるチャイムが鳴り響く。


「今日はここまでかな」

「うん、ありがとう」

「少しは理解できたか?」

「えへへ」

「明日も午前中は補習か?」

「うん」

「わかった。じゃあ、午後一にまた来るよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 杉田と別れて一人家路につく。夕方といっても、まだ日は高く、気温もいっこうに下がる気配がなかった。

 高校二年の夏休み。大学受験を考えれば夏期講習くらい行った方がいい気もするが、夏休みに入ってからはずっと杉田の勉強に付き合っていた。

 杉田は小柄で明るい娘だった。誰とでも分け隔て無くつき合えて、いつも笑顔を絶やさない。クラスの人気者とまでは行かないが、それなりに男子には人気があった。


 その杉田早苗に数学を教えているのには理由があった。


 あれは期末試験が終わった次の日だった。試験休みに入ってホッとしていた矢先、西村彩乃から呼び出された。

 西村彩乃。頭脳明晰の美少女。黒髪のストレートで、縁のない眼 鏡をかけている。性格は控え目なのだが、容姿と成績のせいで、い つも目立った存在になっている。クラスの中心グループに属している。

 そんな美少女に呼び出されるなんてなんだろうと興味本位で会いにいった。もちろん、下心というか期待というか、告白されたらどうしようなんて、まあ、ありえない想像なんかしたりした。

 そして、待ち合わせ場所に行くと西村と一緒に杉田がいたというわけだった。そして西村は俺に杉田の勉強を見てほしいと頼んできたのである。


「数学、学年3位。温厚な性格で教師受けもいい。ただ、特徴に欠けるわね」

「西村。お前は俺にケンカを売っているのか?」

「早苗ちゃんの勉強に付き合ってくれないかしら?」

「なんで俺がそんなことをしないといけないんだ?」

「早苗ちゃん数学で赤点なの。夏休みの補修後の追試で赤点だと進級が危なくなるのよ」


 この高校は進学校なので、単位に関しては厳しかった。特に3教科はどれを落としても即、留年だった。


「事情は理解したが、だったら西村が教えればいいだろ。学年1位さん」

「だめよ。私、彼氏ができたの。今年の夏は二人で遊ぶの」


 なんて身勝手な……


「杉田……、いい友だち持ったな……」


 杉田は下を向いたまま、泣きそうな顔をしていた。


「最後にもう一つ質問だ」

「どうぞ」

「なんで俺なんだ?他の人間でもいいだろう」

「君なら……」

「俺だったら……」


「頼まれたら、イヤって言えないでしょ」


 喧嘩売ってやがる……


 なんともおちょくられている気分だった。

 

 だが、人に教えるのは復習にもなるし、どうせ予定の無い夏休みだったら、理由はどうであれ女子と一緒にいられるのなら悪く無いかな。など軽く考えていた……



 甘かった……



 正直、杉田早苗は信じられないくらいダメな娘だった。中学レベルどころか、算数のレベルの問題も満足に解くことができない。九九ですら怪しい。

 結局、補修の後に中学レベルの数学を毎日教えるはめになった。


 ・・・


 補習後の勉強に付き合って一週間が過ぎようとしていた。


「だいぶ、理解してきたな」

「ありがとう。へへ、先生がいいからかな」

「お世辞を言っても何も出ないぞ」

「ちぇっ」


 最初はオロオロしていた杉田も勉強に余裕が出てきたのか、軽口を言えるようになっていた。


「でもね、本当にありがとう……。ごめんね、私のために夏休み潰しちゃって……」

「いいよ。どうせ暇だったし……。予定なかったし……」


 事実だった……。なんか凹むな。


「あのさ、遠足で鎌倉行ったの覚えてる?」

「ああ、覚えて……  そっか忘れてた……」

「ひ、ひどい…… たしかに私、方向音痴だし…… ノロマだし……」

「ドジっ娘って奴か。リアルにやられると無性に腹が立つな……」

「うう、反論できない…… でも、あの時さ……」

「さて、無駄話は終わりだ。続きをやるぞ」

「…… うん……」


 ・・・


「今日はここまでかな。じゃあ、一回テストしてみようか」

「はい」

「20分でいいな。はじめて」

「はーい」


 さて、俺は英語の宿題の続きでもするか。

 午後は杉田に付き合っているが、奴が補習を受けている午前中は暇だったので夏休みの宿題をしていた。このペースだと8月に入る前に全部終わりそうだ。

 これも杉田のお陰なのかな。


 ・・・


 杉田に肩をつつかれて我に返る。


「もう終わったか?」


 しまった。俺が英語の宿題に集中してしまった……


「そこ、andでいいんだよ」

「へ、ああ、そうなのか。わからないから飛ばしてた。そういや、杉田って英語の成績だけはいいんだよな」

「だけって、ひどい」

「それはともかテスト見せてみろ」

「ぶー」


 まあ、一週間じゃこんなもんか。


「どう?どう?」

「全部間違ってるよ」

「なんで?教えてもらった通りやったのに」

「教えたまんまじゃんか」

「数字が変わったら、変えて計算しろよ。公式、丸暗記してどうするんだよ」

「ふえ?」


 やっぱり、先は長そうだ……

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