喜んだんです。
さてさて。
大学はもうすぐ夏期休暇、いわゆる夏休みに入る訳で。
「嬉しい!嬉しい!ちょお嬉しいです事務長!」
「そ、そうかね。」
若干引き気味の事務長相手に、あたしは、ガッツポーズでそう宣っていた。
そうは言っても。
あたし達は二ヶ月近く丸々休みがある訳じゃない。
後期からの講義申請やその他に備えて、それなりに仕事はあったりする。
あ、講堂の掃除の手配しとかなきゃな。
夏期の資格講座のスケジュールも作っておかないと。
ある意味、いろいろなことに追い込み作業はあるものの、それでも緩む口元は隠せなかった。
何故ならば。
「あっかりさーん。」
ばたーんっと事務室のドアを勢いよく開けて乗り込んできた美人が、あたしの元へと、一直線に駆けてくる。
だって、
だって、
夏休みとなれば。
「こいつがいないんですよ、事務長!」
「ああ、そういうこと。」
聞いてもいない事務長に笑顔満面でそう言えば、納得したのか、事務長は苦笑でそう返した。
「何の話?」
「うふふふふ。」
「気持ち悪いよ、あかりさん。」
うっさいわ!
何とでも言うがよろしい!
今日のあたしは挫けない!
強い子元気な真壁あかりですから!
「強い子元気って。」
「モノローグ読まれたって平気だもんね!」
「それ、グリコだよね?」
「ちょっと聞いてんの?」
がっと奴の襟首を掴んでがっくんがっくん揺らしてやる。
教えてやる、教えてやるともこの朗報を!
「もうすぐ!夏休みだから!あんたと!会わんで!済むんだ!ヤッホー!」
「テンション高いねー、あかりさん。」
天高く拳を突き上げたあたしと、揺さ振られながらもにこにこしてるこいつ。
どちらにかは知らないが、微妙に温い視線が、間違いなく注がれていた。
「けどねーあかりさん。」
このときのあたしは。
「盛り上がってるとこ悪いけど、」
まだ、
「…何よ?」
まだ、
「…言いにくいんだがね、真壁くん。」
「…何ですか事務長。」
まだ、知らなかった。
明後日の方向を向いた事務長が、申し訳なさげに告げた真実を。
「実はその…久留米くんのとこのサークルがね、夏休みに旅行に行くんだが…。」
「行けばいいじゃないですか。」
「あかりさんも行くんだよ。」
…はい?
え、何で?
奴の襟首をひっ掴んだまま、ぽかーんと事務長を見詰めること数秒。
「大学の宿舎の食堂係が辞めちゃってね、学長がよろしく頼むってうちに言ってきたんだが…」
つまり。
そうは言われても、事務室職員は皆既婚者で。
スケジュールの都合上、たまたま空いてたあたしに白羽の矢が立っちゃった訳で。
しかも。
そのサークルとやらにこいつがうっかりいたりしちゃった訳で。
「………マジでか。」
「マジだよ。」
「…すまんね。」
明後日を向いたままの事務長のつるっぱげに目を細め、あたしは密かに、涙を飲んだ。
「楽しみだよねー。」
「…そうだね…。」
がくりとうなだれたあたしの横は、対照的にキラキラエフェクトで眩しく。
また、涙が出た。
お母さーん!
あなたの娘は、何だか泥沼ですよー!