忙しいんです。
大学事務ってのはまあ、意外や意外、忙しいものでして。
休講のお知らせを出してみたり、警告書を発行してみたり、経理のお手伝いしてみたり、ときにはお茶出ししてみたり。
「あかりさーん。」
ああ、忙しい忙しい。
「ねえ、あかりさんってば。」
忙しい忙しい、忙しいったらない。
「あかりさーんってーばー、もう。」
「忙しいっつってんじゃ!クソガキが!」
にっこにっこと笑顔を浮かべ、ついでにキラキラエフェクトで眩しさを撒き散らす男に、罵声を投げつけてやった。
どうだ、参ったかこの野郎!
「忙しいっつってんじゃ!って…今、初めて聞いたけど?」
「モノローグで散々言ったんだよ!」
わかれよ、そのくらい!
わかって、わかってよ、お願いだから!
あたしは今、仕事中なんですよ?
お気楽極楽大学生に構ってやってる暇はないんですよ。
だってあたしは、社会人だから!
「そんな訳で、早く講義に戻りなさい。」
最もらしい理由で、スマートに追い返すあたし。
流石は社会人!
学生さんとは訳が違うってね!
「でも俺、今は空きなんだー。」
何ですと?
「ほら、"倫理学休講"ね?」
携帯を突き出して今日の休講予定をあたしに見せてくるこいつ。
あ、クソ、マジだ。
毎日毎日飽きもせず事務室に通ってくるこの男、顔がよければ頭もいい。
ついでに、体もよければ人当たりもいいっていうね。
久留米航太、二十二歳。
またの名を『イラつくほどの美人』。
…カッコいいとかじゃない、男前とかでもない。
男なのに『美人』なのだ。
神様、不公平じゃあないでしょうかね?
「だからさ、あかりさんもうすぐお昼でしょ?一緒に食べようよ。」
ね?と上目遣いでおねだり攻撃を仕掛けてくる。
ヤメロ!
マジで!
そのエフェクトは外せんのか!
「ああ、いいですよ真壁さん。久留米くんも待ってるみたいですしね。」
ああ事務長(男)!
何、エフェクトと顔にほだされてんですか!
「やったー!ありがとう、事務長さん。」
にっこりと事務長に笑顔を向けた航太を見て、ほう…と感嘆を漏らすその他大勢。
ちょっとちょっと!
あたしはこいつのせいで、仕事が進まないんだってば!
「いえ、遠慮し…あああああ、遠慮するっつってんじゃんかああああ…」
「行こう行こう、あかりさん。」
あたしの言葉は誰に聞き入れられることなく、半ば引き摺られるように、航太によって連れ出された。
この、クソガキャー!
ああ、周りの同僚達の温い視線が痛い…。
「何食べたい?」
「…何でも。」
「じゃあ、俺あかりさんを…」
「却下じゃバカたれが!」
「どうでもいいけど、あかりさんて言葉おかしいときあるよねー。」
…うるさいわ!
真壁あかり、二十六歳。
とある大学事務員です。
何故か毎日『美人』がやってきては、仕事を妨害していきます。
神様、人に二物以上をお与えになるのは、やめた方がいいと思います。