A.1 499-12
オルゼウス歴499年12月、世界は500年に一度の大厄災に見舞われていた。
「迷信だと思っていたのに」
魔法術師エウレカは、そう呟き下唇を噛む。
乾いた唇からは、砂と血の味がした。
彼はまだ若く、魔法術師としても歴史学者としても未熟だった。
故に、古文書に遺された500年に一度の大厄災についても、強者であった時の王オルゼウスが、そうしたためさせたに過ぎないのだと、通説を信じていた。
そうだと信じていたのは彼だけではない。
ほとんどの魔法術師が、歴史学者が、王族貴族が、国民が、この世界の全ての民が、そうだと信じていた。
ただ一人、彼の師匠である魔法術師ザーニィを除いて。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、エウレカ」
ぱんっと砂漠を叩いた彼の魔法錫の下に、一瞬にして魔法陣が広がる。
──もう幾つ、こんなものを描いただろう。
もう幾つ、これが破られただろう──。
エウレカは地道な作業を続ける自らの師匠に複雑な視線を向けた。
それに気づいたザーニィは、ただ、肩を竦めるのみだ。
「出来ることを最大限にするのみだよ。我々には、彼女のような力はないのだからね」
「彼女……ですか」
エウレカは遥か先、しかし、すでに迫り来る大厄災に立ち向かわんとする一人の少女の後ろ姿を目に焼き付ける。
傍らには、常に寄り添っていた黒く気高き獣の代わりに、漆黒の髪に褐色の肌をした青年がいる。
少女は何を思っているだろうか、青年は何を思っているだろうか。
彼女が力を尽くさなければ、この世界は滅びるしかないと言う。
たった一人の命が、世界を救うのだと。
彼女の力は確かに桁違いだった。
押し寄せる大厄災を片っ端から斬って捨てる。
小さな体に似合わぬ長剣と、一丁の長銃を駆使して、砂漠を駆け抜ける。
その傍らでは褐色の青年が、漏れ出た厄災を魔法術と二刀流の剣で仕留めていた。
彼女は確かに桁違いだった。
だが、それでも人間であり、体力も力も無尽蔵ではない。
「──!!!!!」
青年が呼んだのは彼女の名前だったのだろうが、遠くて聞こえなかった。
しかし、この目が捉えた光景は、片腕を食い千切られた少女の姿。
「!?」
知らず息を呑んだのは、それだけが原因ではなく──
「……500年前、真の世界の救世主は、オルゼウスではなかった」
ザーニィの静かな声が、エウレカの耳に響く。
「救世主とは贄──オルゼウスとは、贄の使い方に気づいた者の名だよ」
少女の腕を食い千切った厄災に、他の厄災が群がっていく。
それらはまるで魅入られたかのように厄災同士で共食いをし、そして、一気に崩れ落ちたかと思うと浄化され消えた。
その浄化にまた付近の厄災が巻き込まれ浄化される。
「彼女は──贄……生贄……?」
エウレカの声は震えていた。
データの中から発掘したもの。
仮タイトルです。