うさぎさんも一緒
バイトが終わって帰宅した午後十一時四十七分。
冷静にも腕時計を確認したから、たぶん時間は間違いない。
「ただいまー……」
「あら、おかえりなさーい」
アパートの軋んだドアを開けてみれば。
「あら、どうしたのよ。入ってきたら?」
六畳一間のそこに、赤まみれのくまさんと、テラコッタ肌の美人バニーガールが、仲良くポテトチップスを貪っていた。
どういうことなのか。
あたしの脳味噌がこの情報を処理するのに、えらい時間を要したのは、言うまでもない。
早くいらっしゃいよとこともなげに促すバニーガールに釘付けなまま、ようやく動きだした脳味噌とあたし。
仕方なく、スニーカーを脱いで、ペットボトル片手にその団らんに参加することにした。
「あの、くまさん、こちらは……?」
わけがわからないので、取り敢えず間を空けて座って問い掛ける。
相変わらず食べカスだらけ赤まみれのくまさんが、ぱりぽりポテトチップスを貪ったままに応えた。
「仕事仲間だよ」
「仕事……仲間」
「そう、よろしくねえ」
綺麗に笑ったバニーガールのすぐ隣には、やっぱり、赤まみれのチェーンソー。
当たり前のように置かれたそれは、部屋の中で、一際異彩を放っていたけど。
追い出すのが正解かもしれない。
そもそもが、よくよく考えてみればそうに違いない。
だって、くまさんは仕事から帰ればいつだって赤まみれ。
このバニーガールも、チェーンソー持ちだなんておかしい。
おかしいも何もない。
どうやってここまで持ってきたんだ。
黙って思考を巡らせつつもぱりぽりとチップスを貪るしかないあたしの傍らでは。
「お前またやったのか」
「やったって、どっち?」
「どっちもだろ」
……明らかに、うちでするにはおかしな会話が繰り広げられている。
やっぱり、丁重に退室をお願いしたいと思った。
「だってすきなんだもの。仕方ないじゃない、ねえ?」
バニーガールが綺麗に笑って、こともなげに、突然あたしに話題を振った。
ねえ?って言われても。
「何がすきなんですか?」なんて、あまりにこわくて聞けないに決まってる。
「そうなんですか……」
何がそうなんですかなのかさえ、もう、あたしには未知の世界でわからないけど。
曖昧な相槌に、彼女が機嫌を損ねることはなかったらしかった。
ぱりぽりと場違いな音が響く中、さて、と腰をあげたバニーガールがチェーンソーを軽々しく持ち上げる。
隣を掠めた鉄の匂いは、嗅いだことのある、不愉快なものだった。
「じゃあ、そろそろおいとましようかしら」
「仕事か?」
「うーん……趣味かな?」
趣味って何ですか。
やっぱりそうは聞けなくて、寧ろ聞きたくなくて、聞こえない振りでチップスを頬張った。
華麗なステップで闊歩するガーター付きのおみ足を眺めながら、このバニーガールが“趣味”だと宣ったこれからを想像する。
……こわい。
やったって言ってた。
やったって。
どっちもって言ってた。
どっちもって、どういうことだ。
かつ、とハイヒールを履いた彼女が、一度だけ、あたしに振り向いて言った。
「あ、裏路地は入らないようにね」
ばたん、と閉められたドアを見送って。
「……くまさん」
「あ?」
「……もう、仕事仲間は勘弁してくれないかな」
ぬいぐるみじゃない生身の人間だと、妙にリアルに想像をしてしまうから。
そこまでは言えずに、ただ、裏路地には入らないようにしようと、チップスを飲み込んで、妙な気持ちになったあたしだった。
バニーガールの元ネタは自サイト短編『テラコッタバニーガール』。
こちらに掲載するには少しばかりアダルティだったので置いてません。
気になってくださった方は、自サイト『楽観的木曜日の女』のShortTEXTカテゴリよりどうぞ^^