少年ウサギ・そのに
世の中は常に騒がしい。
いつも通りアイロン掛けしたハンカチを胸ポケットにしまって、一歩うちを出た途端、そんなことを思った。
「お前の美形面に腹が立つんじゃ!」
「立つんじゃ!って言われても…って、イタッ。」
斜め向かいの玄関先で、ニコチン中毒女…基い、ヒナコさんが、既に何人かさえわかりかねる美形、ルビーさんを足蹴にしていた。
「イタッとか可愛い子ぶってんな!男の癖に!男で美形で外人さんか!?え、このやろ!」
「痛いよヒナコさん…男で美形で外人って俺の所為じゃないし…。」
最もな台詞を吐いたルビーさんに、心中密かに頷いて同情した。
けれど、"渡辺ヒナコ"は大和民族まるわかりな名前だとしても"車谷ルビー"ではそう言われても仕方ない気がしなくもない。
そう言う僕も"田中ウサギ"だからか、ヒナコさんには目を付けられている。
至極、迷惑極まりない話だ。
「…早々に立ち去ろう。」
小さく呟いて、しかし、学校へ行くためには通らざるを得ないそこを足早に見てみぬ振りでやり過ごそうとした。
が。
「天誅、ハンカチ少年!」
あられもない台詞と共に、ドロップキックが跳んできた。
ひらりと躱し、颯爽とハンカチを取り出す。
「ヒナコさんも懲りないですね。」
「何をう!?やるか、ハンカチ!」
「望むところです。」
「え、ヒナコさん、俺は?」
「黙っとけ美形!」
「いつも思うけど…ヒナコさんのそれ、誉めてるの?」
がつっと小気味よい音がして、ヒナコさんの踵落としがルビーさんに綺麗に決まった。
「いざ、尋常に勝負!」
地を蹴るヒナコさん。
揺らめくは、くわえ煙草の煙とハンカチ。
そんな僕の、いつもの朝。