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アパートでぐだぐだしていれば、呼び鈴さえ鳴らさずに深雪が入ってきた。
「ただいまでーす」
「何あんた、ここに住んでんの」
「そんなもんですね」
手にはしっかりと合鍵が握られていた。
いつ作ったんだとか、もう面倒でどうでもいい。
「さ、芋育てますよ先輩」
「芋?」
「家庭菜園キット買ってきたんです」
よいしょっとあたしの目の前にそれを置いて、やる気満々に腕まくりをした深雪を見上げた。
芋だろうがトマトだろうがどっちだっていいけども。
「うちで育てんの?」
「他にどこで育てんですか?」
「あんたんちでやれば」
「うち引き払ってだいぶ経ちますよ」
「あ、そうなの」
ずいぶんとうちに居座るなと思ってたけど、何だ、もう住み込んでたのか。
「て、おかしくね?」
「まあまあ」
「もしかして体狙い?」
「先輩がDカップだったらそうかもしれませんけどね」
失礼な。
「Aだって需要あるよ」
「あるんですか」
「ないこたあないって程度?」
「聞かないでくださいよ」
あたしにもわからん、と言ったなら、人間体じゃないです顔ですと、実も蓋もない答えが返ってきた。
どっちもどっちなあたしは、じゃあ、何で勝負に出たらいいんだろうか。
「だから家庭菜園ですよ」
そうなのか。
「ベランダ遊ばせてるのはもったいないですよ」
「で、芋?」
「秋ですから」
「メロンがいい」
「それ夏ですから」
そうは言うけども。
「今から育てんだよね?」
「はい」
何か?みたいに首を傾げた深雪は、どうやらおつむが足りないと見た。
「今から育てたって今秋中には食えないじゃん」
「あ、」
『いーしやーきいもっ、焼き芋ー』
沈黙の中、お馴染みのメロディがアパート下を通った。
「……買いに行きません?」
「屁こかないでよ」
「先輩こそ」
家庭菜園キットは、間違いなくお蔵入りだと思った。