エデンで迎える最初の生存日
イーロン・マスクの巨大な投影が空から消え去り、
街に乾いた草原へ火が走るような混乱が広がったあとも、
イーサンとエレーニャは、しばらくその場から動けずにいた。
世界が、目の前で壊れてしまったという事実を、
受け入れる時間が必要だった。
だが、デジタルの地平線では、すでに太陽が傾き始めている。
通りではマナランタンが次々と灯り、
NPCたちは屋台を片付け、
プレイヤーたちは建物へと避難していった。
泣く者、叫ぶ者、
そして――ただ地面に崩れ落ちる者。
エレーニャは、深く息を吸った。
「イーサン……今は彷徨っても意味がないわ。
休まないと。冷静に考えるためにも」
彼は頷く。
「そうだな。
夜に外をうろつくのは、余計に危険だ」
二人は、金色のマナ灯に照らされた通りを歩き、
やがて明るい木造の大きな建物の前に立った。
素朴な看板が掲げられている。
《木葉の輝き亭》
中は温かみのある空間だった。
青みがかったマナの暖炉が室内を満たし、
素朴な木のテーブルが並ぶ。
NPCたちは、疲れ切った、
あるいは怯えた表情のプレイヤーたちを迎えていた。
頭上に紫色のアイコンを浮かべた受付係が、
穏やかに微笑む。
「いらっしゃいませ。
個室と相部屋、どちらになさいますか?」
イーサンとエレーニャは視線を交わした。
「相部屋で」
エレーニャが言う。
「無駄遣いする理由はないわ」
「一泊、銀貨十枚です」
受付係は、金色の大きな帳簿を確認する。
イーサンは固まった。
「……お金が、ないんです」
NPCは首を傾げた。
「冒険者の方ですね?」
「技術的には……はい」
エレーニャが答える。
「討伐したモンスターの素材は、
冒険者ギルドが買い取ります」
受付係は説明した。
「ただし、登録が必要です」
「ギルドはどこに?」
イーサンが尋ねる。
「中央の大樹へ続く大通りを進んでください。
銀の紋章が掲げられた建物です」
彼女は帳簿に何かを書き込み、続けた。
「初日の宿泊費は無料です。
この街では、新人冒険者に初期の宿を提供しています」
イーサンは、心底安堵した。
「……ありがとうございます。本当に」
部屋は簡素だった。
二つのベッド、大きな窓、
蝋燭に似た柔らかな光。
「明日からが本番ね」
エレーニャはベッドに倒れ込む。
「明日だな」
イーサンは答えた。
そして、眠りに落ちた。
完璧に再現された朝日が昇る頃、
街はすでに騒然としていた。
イーサンは窓を開ける。
通りでは、プレイヤーたちが口論し、
泣き、
現実を否定する叫びを上げている。
一方でNPCたちは、
何事もなかったかのように日常を続けていた。
エレーニャは髪を整え、弓を背負う。
「行くわよ、イーサン。
泣いても生き残れない。
強くならないと」
彼は頷いた。
「目覚められないなら……
戦うしかない」
街の外では、弱いモンスターのエリアが広がっていた。
半透明のスライムが、
生きたゼリーのようにゆっくり跳ねている。
「……これなら、いける」
イーサンは言った。
そして、実際に倒した。
小さな炎の奔流。
弱いが、正確だった。
次は、野生の鳥。
大型の鶏ほどの大きさで、鋭い嘴を持つ。
エレーニャの指示に導かれ、
イーサンはうまく回避する。
最後に、小型のイノシシの群れ。
心臓は激しく打っていたが――
勝った。
モンスターを倒すたび、
ウィンドウが表示される。
取得:小型マナ核
取得:野鳥の羽
取得:イノシシの肉
取得:ゼラチンの欠片
エレーニャが微笑む。
「全部、売れるわ。
ギルドへ行きましょ」
建物は堂々としていた。
高い窓、壁に飾られた盾。
プレイヤーたちが、ひっきりなしに出入りしている。
巨大な掲示板が目に入った。
冒険者ランク
F → E → D → C → B → A → S → SS
NPCの受付係が二人を迎える。
「グローブフォール冒険者ギルドへようこそ。
登録なさいますか?」
「はい」
イーサンが答える。
「完全に初心者です」
「問題ありません。
手をこちらへ」
二人は、浮遊する水晶に触れた。
緑の光。
登録完了:イーサン ― ランクF
登録完了:エレーニャ ― ランクF
彼女は、銀色のメダリオンを二つ手渡した。
「これが、正式な冒険者の証です」
「……すごい」
エレーニャは呟いた。
「売却する素材はありますか?」
受付係が尋ねる。
二人は、集めた素材を差し出した。
数秒後。
銀貨:34枚
銅貨:4枚
イーサンは笑った。
「……やっと、金だ」
エレーニャは軽く彼を押す。
「これで、
ここで“生きる”準備ができたわね」
そして――
エリュシオンに閉じ込められてから、初めて。
二人は、この世界には危険すぎる感情を覚えた。
――希望。
※あとがき※
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