クローバーフォールの街
金色の光が、呼吸するかのようにイーサンの前で脈動した。
空中に半透明のパネルが展開される。
[初期クラスを選択してください]
彼の周囲にホログラムが立ち上がり、それぞれのクラスが太古の精霊のように命を宿す。
ウォリアー
筋骨隆々とした男。背には大剣。山さえも打ち砕けそうな、揺るぎない足取りと姿勢。
ソードマン
双剣がきらめく。地面に触れていないかのような軽やかさで、影が舞う。
タンク
重厚な鎧に包まれた巨躯。盾は聖なる門のように輝いていた。
アサシン
影に覆われた気配。湾曲した刃が、蛇のように現れては消える。
ヒーラー
手のひらから柔らかな光が溢れる。穏やかで、心を落ち着かせるようなオーラ。
サモナー
足元に魔法陣が脈打ち、エーテルの小さな存在たちが身体の周囲を巡っている。
アーチャー
引き締まった体躯。天の木から削り出されたような反り弓を構える、正確無比な姿。
メイジ
最後のホログラムは、不安定なエネルギーに包まれていた。
電光の火花、氷の結晶、風の流れ、小さな炎――複数の元素が周囲に顕現し、選択を待つ可能性そのもののようだった。
イーサンの胸の奥で、何かが動いた。
魔法が、彼を呼んでいる。
深く息を吸う。
「……メイジだ」
ホログラムに触れた瞬間、他のクラスは光の粒子となって霧散した。
新たなパネルが即座に現れる。
[選択されたクラス:メイジ]
[サブクラスを選択してください]
周囲がわずかに暗転する。
イーサンの前に、異なる適性を示すホログラムが並び立った。
クライオマンサー
空気が凍りつき、浮遊する氷晶が生まれる。
ストームコーラー
乾いた音とともに、電光が空間を切り裂く。
ウィンド・アルカニスト
見えない気流が渦を描き、空気そのものを歪める。
アースバインダー
大地から岩片がせり上がり、重く、確かな存在感を放つ。
フレイムズ・アークメイジ
そして、炎。
爆発ではない。
存在だった。
深く、生きている炎が、ゆっくりと立ち昇る。
熱は焼かず、強く、包み込むようで……どこか懐かしい。
イーサンの胸が熱を帯びる。
心臓が強く打った。
これだ。
迷うことなく、炎へと手を伸ばす。
「……お前だ」
触れた瞬間、炎が一気に広がり、灼熱のルーン文字が空中に浮かび上がる。
世界そのものが、その選択に応えたかのようだった。
パネルが確定を告げる。
[選択されたサブクラス:フレイムズ・アークメイジ]
[属性適性を確認:火]
生きた奔流のような熱が、全身を駆け抜ける。
選択は、完了した。
アバター作成
新たな画面が表示される。
だが、そこに映っていたのは、汎用モデルではなかった。
彼自身だった。
少し無造作な黒髪。
生き生きとした茶色の瞳。
はっきりとした眉。
疲れの影のない、意志を宿した表情。
自然に引き締まった体格。
二十代半ばの青年そのものの外見。
自信に満ちた立ち姿。
文字が前方に浮かび上がる。
「エリュシオン・オンラインは、神経スキャンにより、あなたの身体を忠実に再現します」
「没入感を損なわない範囲で、軽微な外見調整が可能です」
イーサンは近づき、投影された自分自身を見つめた。
「……そっくりだ。完璧だな」
何も変更しなかった。
新たなメッセージが現れる。
[名前を入力してください]
一瞬、考える。
顔が同じなら、名前も同じでいい。
ETHAN
[アバター確定。転送を開始します……]
足元から光が溢れ出し、床が液体になったかのように感じられた。
イーサンはエネルギーの渦に包まれる。
青、金、深紅の線が絡み合い、無限のトンネルを形作る。
まるで、ゲームそのものの生きたコードを通過しているかのようだった。
最後の閃光。
世界が、開く。
草の匂いを感じた。
風が頬を打つ。
遠くで、巨大な鳥の鳴き声が響く。
エデンの森が、巨大な生命体のように広がっていた。
建物ほどもある巨木の幹。
太陽光を受けて輝くエメラルドの葉。
光を帯びた川が、長い曲線を描いて流れている。
空には浮遊する山々があり、自然の橋で結ばれていた。
翼を持つ生き物たちが、雲間を横切っていく。
金色の光の束が、木々の梢を貫く。
そして、何よりも――
グローブフォールの街。
地平線の彼方まで続く、巨大な都市だった。
家屋、塔、商店が幾重にも重なり合い、あまりにも現実的な景色を形作っている。
それを見て、「ただのゲームだ」と考えることは不可能だった。
これまでに作られた、どんな仮想現実よりもリアルだった。
「……すごいな。現実離れしてる」
彼の前にパネルが現れる。
[チュートリアル ―― 第一階層へようこそ]
ようこそ、プレイヤー。
あなたは現在、エリュシオン・オンライン第一階層、エデンの森にいます。
セーフゾーン ―― 都市および村落。モンスターは侵入しません。
ワイルドエリア ―― 外縁の森林地帯。敵対的存在による攻撃が発生します。
目標 ―― 成長、生存、エメラルドの守護者を発見せよ。
現在のクラス ―― フレイムズ・アークメイジ。
重要規則:
完全没入を破る行為、NPCに対して「現実世界」や「ゲームである事実」に関する情報を明かす行為は禁止されています。
→ システムが自動検知し、重大な警告を発します。
NPCは不滅オブジェクトとして扱われます。
→ 攻撃行為は無効化されます。
→ 繰り返した場合、警告およびアカウント停止を含む処罰が行われます。
エンティティ識別:
緑アイコン ―― プレイヤー
青アイコン ―― パーティプレイヤー
紫アイコン ―― NPC
パネルは消えた。
柔らかな光がイーサンを包み込み、彼は直接、中央広場へと転送される。
そして、その街――
一瞬、呼吸を忘れた。
商人たちが客を呼び込み、
衛兵たちは開けた中庭で訓練を行い、
焼きたてのパンの香りが、木材と葉の匂いと混ざり合う。
白い石の塔が、太陽の光を反射して輝いていた。
プレイヤーたちは笑い、走り、驚嘆の声を上げる。
NPCたちは左右に行き交い、その動きはあまりにも自然だった。
頭上に浮かぶ小さな紫のアイコンがなければ、見分けはつかなかっただろう。
イーサンは一人の商人に近づいた。
「すみません……インベントリって、どうやって開――」
赤い通知が目の前に表示された。
[無効なインタラクション]
[NPCに外部情報を開示しないでください]
[自動警告 ―― 注意]
イーサンは戸惑い、後ずさる。
「え……?」
そのとき、背後から声がかかった。
「おい、大丈夫か。最初はみんなそうなる」
振り返ると、そこにいたのは軽装の鎧を着た若者だった。
短い緑髪、親しみやすい笑顔。
頭上には、緑のアイコン。
ダレン・ヴェラス。
二人の、最初の出会いだった。
「そいつはNPCだ」
ダレンは自然な仕草で説明する。
「ゲームの操作に関する質問には答えない。没入を壊そうとしてるって判断されると、システムが警告を出すんだ」
イーサンは安堵して笑った。
「ああ……なるほど。俺、完全に初心者でさ」
「だと思ったよ。チュートリアル、ほとんど見てなかっただろ?」
ダレンも笑う。
イーサンは気まずそうに頭をかいた。
「正直、全部スキップした」
「じゃあ、ゴブリンの餌になる前に、いくつか教えてやる」
ダレンは広場を歩きながら、落ち着いた口調で説明していく。
NPCに話しかけずにメニューを開く方法。
プレイヤー、パーティ、NPCのアイコンの違い。
内蔵マップの使い方。
マナの流れでモンスターを感知する感覚。
スタミナの自然回復。
初期クエストの発生条件。
経験豊富なプレイヤーの見分け方。
教え方は丁寧で、誰かに伝えることを心から楽しんでいるようだった。
イーサンは一言も逃さず聞き入る。
「本当に助かった。覚えるのに、相当時間かかっただろ?」
「気にするな」
ダレンは周囲を見渡しながら笑った。
「新人を助けるのが、この世界の面白さなんだ。それがなきゃ、ただの空っぽなゲームになる」
そのとき、広場の一角で三人のプレイヤーが彼を呼んだ。
「仲間が来たみたいだ」
ダレンはイーサンの肩を軽く叩く。
「会えてよかった。マジで。困ったら、また声かけろ」
立ち去る前に、彼は付け加えた。
「また会おうな、イーサン」
手を振り、彼はプレイヤーとNPCの波の中へと消えていった。
イーサンは、その場にしばらく立ち尽くす。
――その短い出会いが、
エリュシオン・オンラインにおける
かけがえのない友情の始まりになることを、
まだ知る由もなく。




