森の守護者 2
魔術師は半円状に散開し、
角度と、
距離と、
時間を必死に確保する。
一つのミスが、
死を意味する。
弓兵は高所へ。
岩、太い根、倒木。
そしてすぐに理解する。
残酷な現実を。
通常の矢は、
ほとんど意味を持たない。
エレーニャも、
その中にいた。
初めて、
ここが“マップ”ではないと理解した。
――深淵だ。
人が多すぎる。
叫びが多すぎる。
そして、
モンスターが……大きすぎる。
彼女は矢を引き、
核を狙う。
だが、
ウォーデンの胸の枝は、
青い心臓の鼓動に合わせて位置を変え続ける。
どうやって……
この混沌の中で当てるの……?
唾を飲み込む。
初めて、
何をすべきかわからなかった。
シエナが動いた。
霊狼を召喚。
一体、二体、三体。
届く前に、
ウォーデンの枝が伸び、
空中で叩き潰した。
煙のように、
召喚は消える。
再び試みる。
また失敗。
その瞬間、
傲慢は――
彼女が認めたくなかった感情へと変わる。
――絶望。
ジェイが気づき、
一歩前へ。
「俺について来い!!」
ウォーデンが応じる。
両腕を頭上で合わせた。
木が融合し、
密度を増し、
膨張する。
腕は、
車ほどの大きさの、
巨大な槌となった。
そして――
振り下ろされた。
ゴォォォォン!!
地面が爆ぜる。
巨大なクレーター。
土と根の破片が雹のように舞う。
人々が吹き飛ばされる。
衝撃は、
一瞬だけ音を奪った。
まるで、
世界が水中に沈んだかのように。
イーサンは前腕で顔を覆い、
心臓が凍りつく。
一瞬、
ジェイが消えたと思った。
だが、
煙の中心で――
黄金の光のドームが、
脈打っていた。
ジェイは膝をついていた。
腿まで地面に沈み込んでいる。
両手で盾を頭上に掲げ、
必死に支えている。
腕は震え、
首の血管が浮き上がる。
歯は噛み締めすぎて、
砕けそうだった。
盾は……
まだ無事だ。
だが、
その裏の人間の身体は、
圧倒的な力で潰され続けていた。
ジェイの胸から、
低い音が漏れる。
叫びではない。
――痛みが、漏れている。
「退くな!!」
血を吐きながら、彼は吼えた。
マーカスは考えなかった。
即座に突撃。
ダレンが剣を突き出す。
「ヒーラー!!
ジェイに集中しろ!!
倒すな!!」
十二本の緑の光が、
同時にタンクの背へと注がれる。
その輝きは、
美しくも、
神聖でもない。
――必死だ。
再生のマナが、
微細な骨折を縫い合わせ、
断裂寸前の腱を支え、
内部崩壊を防ぐ。
ウォーデンが、
押し潰そうとする中で。
マーカスが前へ飛び出す。
「ジェイを固定させるな!!」
側面から伸びた枝槍を斬る。
刃は食い込むが、
木が金属を包み込み、
生きた罠のように絡みつく。
マーカスは力任せに引き抜いた。
「もう一度!
援護しろ!!」
彼はタンクの盾を踏み台にし、
全力で剣を振り下ろす。
深い斬撃。
巨大な槌腕が、
ほぼ断ち切られる。
残った五人の剣士が、
一斉に跳びかかる。
連続する打撃。
木が軋み、
黒ずみ、
樹液が血のように沸き流れる。
ウォーデンは後退し、
損傷部位を再生し始めた。
――その時だった。
身体から枝が外れ、
ねじれ、
地面へ落ちる。
そして――
立ち上がった。
歪んだ小型の存在。
生きた木でできた、
青い眼を持つ怪物。
ミニ・アルボレタ。
跳躍し、
腕、背中、首に取りつき、
害虫のように噛みつく。
「ミニオンを作ってる!」
マーカスが叫ぶ。
「後衛を守れ!!」
悲鳴が重なる。
「無理だ!」
「耐えられない!」
「ここで死ぬ!」
さらに人が、
背を向けた。
イーサンは見た。
そして、
胃から喉へ何かがこみ上げる。
「背を向けるな!!
追われるぞ!!」
全員には、
届かなかった。
逃げた者たちは――
闇の森に飲み込まれた。
エレーニャは震えていた。
矢を引く。
放つ。
跳躍中のミニ・アルボレタ。
青い眼を貫く。
爆散。
一瞬、
希望。
すぐに――
罪悪感。
私は……
虫を殺してるだけ。
核は……
まだ、私たちを笑ってる。
シエナは、
戦場をゆっくりと見渡した。
完全な混沌。
倒れるタンク。
外れる魔法。
重なる悲鳴。
ミニ・アルボレタが、
次々と生まれ、
疲弊したプレイヤーへ群がる。
一瞬――
誰も、
彼女がまだいることに気づいていないようだった。
「私が抑える!」
シエナが叫ぶ。
声は強い。
だが、切迫している。
「詠唱を完成させる時間が必要!!」
ジェイは即座に顔を向けた。
「タンク!!
彼女を守れ!!
今すぐ!!」
三人が駆け寄り、
盾を構え、
即席の壁を作る。
次の瞬間、
ミニ・アルボレタの群れが衝突した。
衝撃。
生木と金属。
盾を掠める枝。
飛び散る破片。
一人が押し戻され、
倒れかける――
だが、
喉を裂く叫びと共に踏みとどまった。
シエナは目を閉じる。
音が消える。
叫びが遠ざかる。
マナが腕を巡るのを感じる。
重く、
熱く、
制御が難しい。
手が震える。
恐怖ではない。
――苛立ちだ。
私の狼は役に立たなかった。
召喚は、
叩き潰されるだけ。
一瞬、
疑念が忍び寄る。
だが、
彼女は深く息を吸った。
そして――
決めた。
炎の魔法陣が、
彼女の前に形成され、
ゆっくりと拡大する。
金色のルーンが赤と逆回転し、
無理やり共存する歯車のようだ。
熱が急激に上昇し、
空気が歪む。
「……本物の熱が好きか」
シエナは呟き、
魔導書を強く掲げる。
「……試してあげる」
魔法陣が、
爆ぜた。
三つの影が、
炎から飛び出す。
燃え盛る翼。
――フェニックス。
生きた火の霊獣。
螺旋を描いて舞い上がり、
焦げ跡を空に刻む。
一瞬、
すべてが止まったかのようだった。
そして――飛び込んだ。
衝撃は、壊滅的だった。
フェニックスたちはミニ・アルボレタの群れへ突っ込み、
激しい爆炎となって炸裂した。
炎は“生きた嵐”のように広がり、木を飲み込み、枝を焼き、
食い尽くされる怪物たちは悲鳴を上げながら燃え落ちていく。
森全体が、橙と黄金と深紅に照らされた。
ミニ・アルボレタは燃え、のたうち――
やがて灰になった。
シエナは目を開く。
その瞳に、炎の反射が踊っていた。
彼女は笑った。
傲慢な笑みではない。
安堵の笑み。
確信の笑み。
「……これで」
ほとんど独り言のように呟く。
「やっと、遊びが始まった」
彼女は息を整え、囁くように命じた。
「踊りなさい、私の鳥たち。
全部、燃やして」
フェニックスたちは戦場上空を旋回し、
動くものすべてへ襲いかかった。
前へ進もうとする存在を、火で否定する。
イーサンは肩越しにそれを見て、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
後衛が火に支配されている。
「その調子だ!」
彼は叫んだ。
「奴らを前に出すな!」
シエナは笑った。
顔には煤。汗が頬を伝う。
「任せて、ボス」
そう言って、彼女はもう一度グリモアを掲げた。
「今、私は本気で戦ってる」
ウォーデンは、
自らのミニ・アルボレタが焼き払われていくのを察知すると、
膨張した。
身体の枝が暴力的な音を立てて再配置され、
融合し、
一本の巨大な鞭へと変わる。
若木の幹ほど太く、
一撃で世界を裂くような質量。
攻撃は――
瞬間だった。
ダレンが計算していた“安全圏”は、
一瞬で消滅した。
※あとがき※
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