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ELYSIUM ONLINE  作者: ZionKousei
15/19

森の守護者 1

森が、

息を潜めているかのようだった。


ダレンとの話し合いと、

焚き火の周囲で交わされた誓いのあと、

各グループは集結し、

エデンの禁域へと続く細い道を進み始めた。


踏み固められた土は湿り、

太い根に覆われ、

巨大な樹冠の向こうへと太陽は沈んでいく。


鳥の声が消えた。

蝉も鳴き止んだ。


まるで――

この先にある“何か”が、

自然そのものを威圧しているかのようだった。


二百人が、同じ方向へ歩いている。

だが、

誰一人として口を開かない。


足音が、異様に大きく響く。

短く浅い呼吸。

汗ばむ手の中で調整される武器。

詠唱しかけては、

指の震えに殺される魔法。


ジェイは最前線を進んでいた。

黄金の盾を構え、

最小の物音にも神経を研ぎ澄ませている。


すぐ後ろにはマーカス。

長剣を肩に預け、

あまりにも固定された視線は、

偶然とは思えなかった。


エレーニャは弓を低く構えながらも、

いつでも放てる姿勢を保ち、

まだ存在しない戦場を、

必死に思い描いている。


シエナは数歩後ろを歩いていた。

自信に満ちた笑みは消えていない。

だが――

今日は誰も挑発しない。


そして、イーサンは――

ここで死ぬという意味を、

考えないようにしていた。


「……聞こえるか?」

ジェイが小声で言う。


「……何が?」

イーサンは、ほとんど声にならない声で返した。


「……何もだ」


ジェイは唾を飲み込んだ。


「それが、一番おかしい」


風さえ、退いたかのようだった。


マーカスは、

近くの木の幹に手を触れた。


その瞬間、

背筋に走る悪寒。


木は――

温かかった。

生きすぎているほどに。


「……近いな」

彼は低く言った。


道は次第に細まり、

捻じれた幹と絡み合う根が、

頭上で壁のように閉じていく。


空気が重くなる。

濃く、

粘つくような感覚。


一息ごとに、

太古のマナの霧を吸い込んでいるようだった。


エレーニャが、最初に立ち止まった。


「……下がって。ゆっくり」

彼女は囁く。

「前方に……

とてつもなく大きいものがいる」


視界が開けた。


空き地だった。


そして――

世界が、揺れた。


爆発はない。

即座の咆哮もない。


あったのは――

動き。


枝が空中で絡み合い、

骨を無理やりはめ込むような軋み音を立てる。


森そのものが、

自らを折り畳み、

引き寄せ、

組み上げていく。


根が引き抜かれ、

形を変え、

絡み合い、

融合し――

あり得ない人型を成した。


それは、地面から現れたのではない。


地面そのものから、

形成された。


ウォーデン。


生きた森が造り出した、

木の巨像。


編み込まれた幹が、

密度の高い筋肉を形作り、

捻じれた枝が、

異様に長い腕となる。


骸骨のような木製の仮面。

そこに灯る、

三つの蒼い眼。


冷たく、

鋭く、

そして――

意識を持っていた。


胸の中央。

剥き出しの心臓のように脈打つ、

蒼い核。


可動する枝の層に守られ、

ゆっくりと配置を変えながら、

呼吸するかのように動いている。


そこから、

エネルギーの波が放たれた。


葉が震え、

陽光が弱まり、

空気が、

無視できないほど重くなる。


――始まった。


第一層の、

最初の試練が。


ジェイは反射的に一歩前へ出た。

盾を構え、ほとんど本能だけで。


「……これはボスじゃない」

彼は低く呟いた。

「生きた……壁だ」


マーカスは剣を地面に突き立てる。


「これが第一層なら……

その先に待ってるものは、

“倒される気”がないな」


シエナは口元を歪めた。

だが、その笑みは初めて挑発ではなかった。

それは――

アドレナリン。


「面白い……」

彼女は呟く。

「こいつ……

馬鹿じゃない」


後方では、ダレンが他のグループリーダーたちと共に、

一言も発さず状況を見つめていた。


イーサンと視線が交差すると、

ダレンはただ片手を上げ、

短く親指を立てた。


言葉はない。

約束もない。


ウォーデンが、頭を傾けた。


人間を――

個ではなく、

“集合体”として観察している。


そして、

語った。


その声は一点から発せられたものではなかった。

森全体に反響し、

圧し折られる幹のように低く、遅く、重い。


「――侵入者」


異様に長い沈黙。


「――森は、

お前たちの肉を拒絶する」


地面が震えた。


次の沈黙は、

一秒も続かなかった。


最初に破ったのは、カエルだった。


「ただの木だろ!」

剣士サブグループのリーダーが叫び、

一歩前へ踏み出す。

「でかく見えるのは、

ビビらせたいだけだ!」


九人の男たちが、

一瞬の躊躇もなく呼応した。


「動く前に燃やせ!」

カエルが銀の剣を掲げて吼える。


十人が、走った。


ウォーデンは動かない。

進みもしない。

退きもしない。


ただ、

右手を上げただけだった。


腕の木材が軋み、ねじれる。

五本の指は閉じなかった。


――爆ぜた。


掌は、

十本の鋭利な根へと分裂し、

生きた投射物のように水平へ射出された。


速すぎた。


カエルは、

叫ぶことすらできなかった。


根は、

十人全員の胸甲を、

同時に貫いた。


ドン。

ドン。

ドン。


乾いた音が、

残酷で、

決定的に繰り返される。


身体は宙に持ち上げられ、

一瞬だけ痙攣し、

壊れた人形のように静止した。


ウォーデンは、

根を一気に引き戻した。


死体が、

歪な塊となって地面に落ちる。


静寂。


一秒。


そして――


「死んだ……!」

誰かが後方で叫んだ。

声が砕けている。

「本当に……死んだ!」


パニックが爆発した。


「嫌だ!」

「死にたくない!」

「出してくれ!」

「逃げろ!」


陣形が崩壊する。


約四十人が、

武器も、

鞄も、

盾も捨て、

闇の森へと駆け戻った。


転び、

ぶつかり、

泣き叫び、

呼んだ名前に、

返事はなかった。


さらに五十人が、

数歩後退し――

止まった。


硬直。


二百人の軍勢は、

一本の矢も放たれる前に、

崩れ始めていた。


ジェイは、

すべてを見ていた。


敗北が、

形を成す瞬間を。


彼は盾を拳で殴りつけた。

金属音が、

戦場の鐘のように響く。


「逃げるな!!

陣形を保て!!」


その咆哮が、

恐怖を切り裂いた。


「全員が協力すれば、

まだ勝機はある!!」


彼は盾を地面に突き立てる。

混沌の中の、

視覚的な錨。


「自分を信じろ!

今日、この階層を突破する!!」


ダレンが前へ出た。

側面を引き受ける。


イーサンはジェイを見て、

強く頷いた。


恐怖が、

集中へと変わる。


「魔法使い!!」

イーサンが叫ぶ。

手はすでに光を帯びている。

「炎属性を持つ者!

お前たちが切り札だ!!」


百十人ほどの魔術師が、

その場に残った。


勇気ではない。


黄金の壁を見上げ――

戦うことを選んだだけだ。


ウォーデンは、

ジェイへと顔を向けた。


怒りではない。


――興味。


あの騒がしい人間だけが、

分析に値する存在であるかのように。


胸の核が、

一度だけ脈打つ。


次の瞬間、

全身の枝が暴力的な音を立てて再配置された。


「行け!!」

ダレンが叫ぶ。

「陣形だ! 今すぐ!!」


混沌が、

必死に従おうとする。


タンクたちが走り、

ジェイの横に不規則な盾の列を形成する。


青銅、鉄、強化木。

震えすぎて、

縁同士がぶつかり合う者もいた。


ヒーラーが後方に集まり、

避けられぬ事態を予測する。

※あとがき※


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

感想や評価をいただけると励みになります。

次回もよろしくお願いします。

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