グローブフォールの会合
踏み固められた土の道は、まっすぐグローブフォールの中心へと続いていた。
パーティは歩きながら、軽口と小さな言い争いを繰り返していた。
いつも通り、
シエナとマーカスが口論している。
「さっきの狼、私がもうマーキングしてたのに」
シエナが不満げに言う。
「あれはお前に噛みつく寸前だった」
マーカスが即座に返す。
「噛まないわよ、脳筋兵士」
腕を組み、苛立ったようにそっぽを向く。
盾を肩に担いだジェイが笑った。
「二人とも、
ボスに会う前に殺し合いそうだな」
「彼が救世主気取りをやめればね」
シエナが横目でマーカスを見る。
「誰も救ってない」
彼は淡々と答えた。
「ただ、
仲間を死なせないだけだ」
「かわいいじゃない」
からかうように言いながら、
彼の前をすり抜ける。
そんな調子のまま、
道のりは続いた。
やがて、
村を見下ろす丘に差し掛かった瞬間、
イーサンはすぐに異変に気づいた。
グローブフォールが――
いつもと違う。
光が多すぎる。
叫び声が多すぎる。
人の動きが、速すぎる。
高揚と、
恐慌が、
奇妙に混ざり合っていた。
鍛冶屋は休みなく金槌を振るい、
魔術師たちはマナクリスタルを抱えて走り回り、
商人たちは釣り上げた価格を怒鳴っている。
街全体が、
限界まで駆動しているようだった。
「……嫌な空気ね」
エレーニャが低く呟く。
数人のプレイヤーが駆け抜けていく。
「今日だ!」
「見つけたぞ!」
「明日は本部テントが人で埋まる!」
ジェイが眉を上げる。
「……何か大きいことが起きてるな」
イーサンは走ってきた一人の腕を掴んだ。
「何があった?」
息を切らした青年が答える。
「ボスが見つかったんだ。
追跡チームが、
滝のある空き地で居場所を特定した……
でも、最悪だった」
「……どういう意味だ」
マーカスが目を細める。
「根だ」
青年は唾を飲み込む。
「根が、
槍みたいに突き出してくる。
速くて、正確で……
力も、桁違いだ」
「二人が即死した」
シエナが舌打ちする。
「最高ね。
殺人樹木とか、
誰が望んだのよ」
青年は続けた。
「会合は明日だ。
ギルドも、
個人パーティも、
ソロも関係なく集まる。
全体戦略を立てるらしい」
四人は、顔を見合わせた。
「……行こう」
イーサンが言った。
広場は、
街の中心近くにあった。
到着した瞬間、
まるで第一層の全プレイヤーが集まっているかのようだった。
二百人以上。
同時に議論し、
叫び、
地面には簡易地図が描かれ、
マナランタンが緊張した顔を照らしている。
熱を帯びた金属の匂い。
汗の匂い。
怒号。
口論。
意見の衝突。
ジェイが小さく口笛を吹いた。
「……組織化された混沌だな」
そのときだった。
ダレンが、
即席の木箱の上に飛び乗った。
「――静かにしろ!」
「木なら燃えるだろ!」
「魔法使いを大量にぶつければいい!」
「結局は力押しだ!」
マーカスが鼻を鳴らす。
「……馬鹿の集まりだな。
あれを乾いた丸太だとでも思ってるのか?」
剣士が振り返る。
「兵士気取り、
誰も意見は聞いてない」
マーカスが一歩前に出る。
すぐにジェイが肩を掴んだ。
「やめとけ。
みんな、神経が張り詰めてる」
シエナは腕を組み、楽しそうに笑う。
「私は、
マーカスがちょっと殴る案に一票。
問題の半分は解決しそう」
「誰も殴らない」
エレーニャがきっぱりと言った。
イーサンが手を上げる。
「聞いてくれ。
二人が死んだってことは、
相手はただの“木”じゃない。
動き方、攻撃パターンを理解する必要がある」
ダレンが頷く。
「根が槍みたいに襲ってくる。
射程が長く、精度が高い。
後衛を優先して狙う傾向がある」
「つまり」
エレーニャが続ける。
「弓と魔法使いには距離と守りが必要」
「なら前線が抑えて切る」
剣士が食い下がる。
「単純だろ」
ジェイは腕を組んだ。
「……相手が考えるなら、
そう簡単にはさせない」
シエナが眉を上げる。
「それに、
核がどこにあるかも分かってない」
ざわめきが広がる。
「核?」
「あるのか?」
「どこに?」
「あるはずだ」
イーサンが答える。
「この階層の他のモンスターと同じ。
戦ってみないと分からない」
マーカスは地図を見つめる。
「幹は分厚い。
中心部か……
上部の枝に守られている可能性もある」
「ほら」
シエナが茶化す。
「兵士が考えてる」
「黙れ」
「命令してみなさい」
ジェイが深く息を吐いた。
「集中しろ」
ダレンが話を戻す。
「三つの役割が必要だ。
前線にタンクと重装戦士。
魔法使いは、特に火で圧力をかける。
射手は核の捜索と、
負傷者の援護」
多くの者が頷いた。
「全員、
明日の夜明けに集結する」
ダレンは締めくくった。
「この戦いを決めるのは力じゃない。
連携だ」
会合は、
低い声の議論と個別の計画を残して解散した。
広場の人が少なくなった頃、
ダレンがイーサンに近づく。
「いい意見だった。
冷静だな」
「……死にたくないだけだ」
「誰だってそうだ」
ダレンはため息をつく。
「だが、
本気で脱出しようとしている者は、
もう少ない」
パーティは顔を見合わせた。
「多くは諦めた」
ダレンは続ける。
「ここで生きることを選んだんだ」
ジェイは街を見渡す。
笑う鍛冶屋、
商売を続ける商人、
即席の絆を結ぶ人々。
「……本当の死になるなら、
そう考えるのも無理はない」
マーカスが言った。
「親もいる」
ダレンは低く言う。
「家族が外で待ってる人間もな。
臆病じゃない。
ただ、怖いだけだ」
重たい沈黙。
それを破ったのは、エレーニャだった。
「……でも、
誰かが進まなきゃ」
ジェイが頷く。
「道を切り開かなければ、
誰も前に進めない」
シエナは鼻を鳴らしたが、
目は真剣だった。
「私は帰るわ。
ゲームの中で死ぬ気はない」
マーカスが薄く笑う。
「俺もだ。
特に、
お前に毎日絡まれるのは御免だ」
「死んだら花送ってあげる」
彼女は言った。
「……たぶんね」
ジェイが首を振る。
「本当に、
そのうち殺し合うぞ」
「ボスの後だ」
マーカスが答える。
軽口の裏で、
真実ははっきりしていた。
彼らは、
互いを補い合うからこそ、
一つのパーティになった。
「……一緒に出よう」
エレーニャが言う。
「当然だ」
マーカスが応じる。
ジェイは盾を掲げた。
「俺が守る」
イーサンは頷いた。
決断の重さと、
胸の奥に灯る熱を感じながら。
「決まりだ」
「明日――
第一層に挑む」
ダレンは深く息を吸った。
「休め。
明日、
この世界が俺たちを喰らうのか……」
「――それとも、
俺たちが世界を喰らうのか」
五人は視線を交わした。
もう、引き返せない。
ボスは――
彼らを待っていた。
※あとがき※
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