シエナ ― 混沌の女王
マーカスがパーティに加わってから、二週間が経過していた。
彼らは十分な経験を積み、いまではフロアボスを本格的に探し始めていた。
エデンの夕暮れには、不思議な魅力と苛立ちが同時に存在していた。
魅力的なのは、
空が銅色と紫に染まり、
巨大な樹冠を通して差し込む光が、生きたステンドグラスのように揺らめくからだ。
苛立たしいのは、
暗くなるにつれて、
より多くのモンスターが巣穴から這い出してくるからだった。
イーサン、エレーニャ、ジェイ、マーカスの四人は、
巨大な根が絡み合う細い獣道を進み、
また一日の狩りを終えて戻るところだった。
「このペースでいけば、
明日にはもっとレベルの高いエリアに挑めそうだな」
イーサンはパーティのステータスを頭の中で整理しながら言った。
「またイノシシに顔から突っ込まなければね」
エレーニャが口元だけで笑う。
「学習したよ……」
イーサンはむすっとして答えた。
「今日は一匹も触られてない」
「それは俺が先に殴ってたからだろ」
ジェイが盾を腕でくるりと回す。
マーカスは無言だった。
長剣を肩に乗せ、
常に周囲へ鋭い視線を走らせている。
その時だった。
空気を裂く音。
複数の唸り声。
そして、
重く抑え込まれたようなマナの爆発。
イーサンが足を止める。
「……今の、感じたか?」
エレーニャはすでに弓を構えていた。
「濃縮されたマナ。
誰かが戦ってる」
ジェイは盾を構え直す。
輝く金色の装甲に身を包んだ少女。
それとは対照的に、脚を戦闘用に大胆に露出させた、裂け目の入った黒のドレス。
長く艶やかな黒髪が、
影のように肩へと流れ落ち、
氷のように冷たい蒼い瞳を際立たせていた。
鋭く、計算高く、
そして――
少し苛立たしいほどの自信に満ちている。
口元に浮かぶ歪んだ笑みが、すべてを物語っていた。
彼女は、自分が強いことを知っている。
自分が美しいことも。
そして、
その存在が周囲に与える影響を、正確に理解している。
シエナ。
彼女の周囲では、
光と煙で形作られた三体の霊狼が、
命令に従い、前進と後退を繰り返していた。
現実の狼の群れと対峙しながら。
通常の狼たちは牙を剥き、唸り声を上げる。
霊狼たちは、それに対し、
無駄のない、どこか優雅な一撃で応じていた。
「……なるほど」
イーサンが呟く。
「これは新しいな」
「サモナーね」
エレーニャは矢を放たず、狙いだけを定めながら言った。
「しかも、ただ者じゃない」
ジェイはしばらく観察してから言う。
「一人で、かなりの数を抑えてるな」
マーカスは無言のまま、戦場全体を分析していた。
霊狼たちは完璧な連携で動いていた。
一体が背後を突き、
一体が側面を抑え、
最後の一体が正面の進行を封じる。
シエナの指先が、
見えない糸を操るかのように動く。
「……いずれ疲れる」
マーカスが低く呟いた。
「一体でも突破されたら、直撃だ」
まるで世界がその言葉を聞いたかのように――
次の瞬間、それは起こった。
霊狼の一体が、
連携攻撃を受け、
青い火花となって霧散した。
陣形が、わずかに揺らぐ。
そこを、
一体の本物の狼が突いた。
「――もう十分だ」
マーカスは、すでに動いていた。
一直線に踏み込み、
長剣が無駄のない弧を描く。
「ちょっと! 私に触る気――」
シエナの声が途中で切れる。
遅かった。
マーカスは彼女の横を一歩で通り過ぎ、
剣は狼の脇腹を捉え、
ほぼ真っ二つに断ち切った。
怪物は光の粒子となって消えた。
一瞬の沈黙。
シエナが、目を細める。
「……あんた、
今、私の獲物を横取りしたわね?」
マーカスは剣を回し、刃を払う。
「首を噛みちぎられるのを防いだだけだ」
「自分で防げたわ」
即答だった。
「そうは見えなかった」
「それは、
あんたの見る目がないだけ」
彼女は指を鳴らす。
「戻りなさい」
残った二体の霊狼が後退し、
彼女の前で防御陣形を組む。
イーサンが、少し気まずそうに近づいた。
「音を聞いて……
念のため様子を見に来ただけなんだ」
彼女は素早くパーティを一瞥する。
魔法使い、
弓使い、
タンク、
そして、無表情な兵士。
「なるほど」
シエナは言った。
「私の戦いの真っ最中に来たわけね」
ジェイが両手を上げる。
「よくあることだ。
だいたい、誰かを助けるためにな」
眉が、わずかに上がる。
「私、助けが必要そうに見えた?」
マーカスが、短く答える。
「助けを求めるのが下手そうには見える」
彼女の瞳が、楽しげに光る。
「で、あんたは黙るのが下手そうね」
エレーニャが腕を組む。
「召喚の制御、見事だったわ。
三体同時、交互パターン……
正直、初めて見る」
シエナは肩をすくめる。
「やるなら完璧にやる主義なの。
何時間もビルドを検証して、
観客の前で素人みたいに見せる気はない」
視線が、マーカスに戻る。
「まして、
ヒーロー気取りの兵士に邪魔されるなんてね」
「ヒーローじゃない」
マーカスは言う。
「必要だと思っただけだ」
「危険は見えなかったけど?」
彼女は口角を上げる。
「見えたのは、
出しゃばりな兵士だけ」
「頑固な召喚士だな」
彼女が、短く、だが素直に笑った。
「いいわ、兵士」
「元軍人だ」
「なるほど。
無愛想で筋肉過多な理由が分かった」
空気が張り詰める前に、
イーサンが割って入った。
「……二人とも落ち着いて。
本当に、強かった。
名前を聞いても?」
彼女は一瞬、彼を見つめる。
そして、笑った。
「シエナ」
指先を動かすと、
霊狼たちは訓練された犬のように座る。
「サモナー。
得意分野は、
戦場制御、妨害……
あと、頑固なモンスターと男を辱めること」
マーカスへ、真っ直ぐな視線。
イーサンは、笑いをこらえた。
「イーサン。魔法使い」
「エレーニャ。弓使い」
「ジェイ。タンク」
シエナは、ゆっくりと全員を見渡す。
「……面白い」
イーサンは、率直に切り出した。
「この階層の守護者を倒すために、
パーティを組んでる。
一人じゃ限界がある。
でも、協力すれば、生き残れる」
エレーニャが続ける。
「立ち止まって死ぬつもりはない」
シエナは首を傾けた。
「一人で死ぬのは退屈ね。
それに、
ここに閉じ込められて誰も苛立たせないなんて……最悪」
マーカスを見る。
「毎日、
この頭の固い兵士をからかえるなら、
悪くない暇つぶしだわ」
「もう後悔してる」
彼が呟く。
「そのうち慣れるわ」
彼女は笑った。
イーサンがパネルを開く。
「……どうする?」
招待が表示される。
シエナは、迷わず触れた。
「いいわ。
理由は十分」
【プレイヤー・シエナがパーティに参加しました】
アイコンが並ぶ。
・ETHAN ― 炎の大魔導士
・ELENYA ― アーチャー
・JAY ― タンク
・MARCUS ― ウォリアー
・SIENNA ― サモナー
ジェイが盾を回す。
「よし……
これで本当に、形になってきたな」
シエナは盾を軽く叩く。
「私は派手にやるわ。
あなたは、誰も死なせないで」
そして、マーカスを見る。
「もう私の獲物、横取りしないでね」
「黙れ」
「短気」
夕暮れに照らされた小道を、
五人は並んで歩き出す。
イーサンは、胸の奥に奇妙な感覚を覚えた。
良い感覚。
危険な感覚。
でも――
必要な感覚。
初めてだった。
このパーティが、
完全に揃ったと感じたのは。
混沌としていて、
脆くて、
癖だらけ。
それでも――
確かに、完成していた。
※あとがき※
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