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三人娘の冬休み ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の危機一髪~  作者: 飴丸


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◆3-2

 斯くして、三人娘はヤズローを連れ、すっかり火の気も人影も無い校舎へと足を踏み入れた。

 普段生徒達が行き交う玄関は、ひんやりと静まりかえっている。冬用ブーツの踵がかつん、と床石を叩く音が廊下へと響いた。

 紫花は震えながら指先で、温石の入った巾着を弄っている。これも自分で火竜の名を刻んだ特別製だ。

「うウ、寒……! 外と殆ど変わらないじゃないカ……!」

「人がいるだけで温かいものね。常の恩恵は忘れやすいものだわ」

「風が無ければ充分ですわよ。――明かりを」

 グラナートが閉じた扇で空を一撫ですると、ぼうと青白い火の玉が浮かんだ。死者の魂を呼び出したそれは、炎にも関わらず手を翳しても熱くは無い。まだ金陽は陰ってはいないが、明かり取りの窓も冬に備えて鎧戸を閉められているので、中は随分と暗いのだ。

 青白い光で照らされる古びた校舎の不気味さは、並の生徒ならば怯えていただろうが、三人三様で肝の据わった娘達は躊躇いなく足を進めていった。勿論、先行するのはヤズローだ。

「んデ、結界の管理っテ、具体的に何すればいいのサ」

「結界の要には白水晶が使われている筈です。それの失った力を回復させれば良いのですわ」

「安心して、そのための道具もちゃんと先生から預かってきたわ!」

 そう言いながらラヴィリエが掲げるのは、白水晶――神の力の結晶と言われている鉱石で象られた神具だった。細長い八角柱を二股に組み上げて作られた音叉のようなもので、ウィルトンが毎日祭壇に捧げて祈り、浄化の奇跡を湛えている代物だ。

「お嬢様、こちらへ」

 先行していたヤズローが、玄関から繋がる大階段を登ったところで振り向く。手に持った書付には、ウィルトンに結界の要の場所を記して貰っていた。ラヴィリエは跳ねるような足取りで階段を駆け上がり、其処に飾られている初代学長の胸像裏を見る。果たして其処には、秩序神の神紋である三本の線を重ね合わせた、雪の結晶のような白水晶の飾りが埋め込まれていた。

「あらまあ、こんな所にあったのね。毎日通っている場所なのに、気づかなかったわ」

 微笑みながら、ラヴィリエは手に持った水晶の音叉を振り、その神紋に軽く当てる。チィン、と澄んだ音が響いて揺れ、飾られていた白水晶が輝きを増した。

「これだけでいいのかイ? なーんダ、簡単だネ」

「何を言っておりますの、全ての建物に複数、結界の要があるのです。それらを網羅しなければ終わりませんわ」

「ゲ、重労働じゃないカ! 手分けも出来ないのかイ?」

「この音叉も貴重なものだから、一つしかないのよ。大丈夫よ、男子寮と講師寮はウィルトン先生が朝早くに回ってくれたそうだし」

「他にいっぱい建物あるじゃないカ! 流石にあの旧時計塔まで行きたく無いヨ! 雪だシ!」

 身を震わせて必死に訴える紫花に、ヤズローが淡々とした声で返した。

「確認すべき場所はこの座学棟、実技棟、資料棟の三棟です。旧時計塔には封印の結界のみが張られておりますし、女子寮の結界は僭越ながら私が毎日確認しております」

「良い働きね、ヤズロー。誉めてあげるわ! 頑張って回りましょう、紫花、グラニィ。そういえば此処も六不思議の一つではあるわよね? 動く初代学長様の像、だったかしら」

 この学院を設立した初代学長、アンセルム・シャラトと名が刻まれた像をまじまじと見ながら、ラヴィリエが呟く。背を丸めて温石を揉みながら、紫花が首を傾げた。

「何そレ? あんまり他の奴らと話さないかラ、噂とか知らないんだよナ」

「うふふ、任せて。古くからこの学院に伝わる謎の伝説があつまって、六不思議と呼ばれているのよ」

 色々な理由で三人娘は、他多数の男子生徒から遠巻きにされており、積極的に会話をしているのはラヴィリエくらいだ。えへんと薄い胸を張って見せる彼女に、グラナートが呆れたように眉を顰める。

「口さがない噂でしかありませんわ。瘴気が溜まったことによって起こった異変が、面白おかしく取沙汰されているだけでしょう」

「ええ、ウィルトン先生もそう仰っていたわ。だけどお父様が昔、この学院に通っていた頃からあったらしいもの、信憑性は高いわ。お父様もお友達と一緒に、不思議巡りをしたのですって! 当時は五つだったそうだけど」

「ヘェ、面白そうじゃないカ。ラビー、詳しく教えておくれヨ」

「軽薄ですわよ。……ですが、それを調べれば瘴気の湧き易い場所が解るかもしれませんわね」

 ゆっくりと次の結界の要へ足を運びつつ、暇潰しに良さそうだとばかりに紫花が乗ってきた。グラナートも不満げではあるが、有用性を考えて傾聴するつもりらしい。友人達の視線を受けて、ラヴィリエは嬉しそうに朗々と語り始めた。

「そうね、まずは封印された旧時計塔。嘗てあの時計塔で命を落とした生徒がいたから――という話ね。あの事件で見つけた呪具があったし、何か本当に事件があったのかもしれないわ」

 ラヴィリエの軽妙な喋りが、静まり返った廊下に響く。長年沢山の生徒が通る廊下の石畳は綺麗に磨かれており、こつん、こつん、とブーツの音がただ広がっていき、やがて座学棟の隅に辿り着いた。

「次が此処よ! 座学棟の外れにある御不浄に、幽霊が出るという噂があるの。個室の隙間から覗いてくる目が見えたんですって!」

「ただの覗きじゃないのかイ、そレ。女用とは離れてるけど何か嫌だシ、ガニー調べてヨ」

「な、何故わたくしに振るのです!?」

「アンタの従者使えば、簡単に調べられるだロ?」

「そうね、私達が男性用に入るわけにもいかないし」

「この中にも白水晶がございますし、良ければ私が確認いたしますが」

「っいいえ。頼まれたのなら応えましょう。――お行きなさい!」

 自分の優秀な従者の力を示せる良い機会だと思ったのか、ヤズローの進言にかぶりを振り、グラナートは扇子をひらりと翳して、兵士の霊をひとり呼び出した。彼はするりと扉の隙間から中に入っていき――何やら中で揉める気配がして――やがて、何か得体のしれない霊質の塊を引き摺って戻ってきた。

 それは不定形の怪物のようだが随分と気配が薄く、魔と呼ぶにはあまりにも弱々しい。ただ、ぎらぎらと輝く目が靄の中に、ずらりと並んでいた。

「何こレ」

「覗き、の概念というか、それの集合体ということ? そんなに楽しいのかしら、御不浄の個室を覗くの……」

 流石のラヴィリエも少し引いているうち、その塊の目玉が三人娘たちにぎょろりと向かう、よりも先にグラナートが扇を振って兵士にその塊を切らせ、更に半分になったそれをヤズローが掴んで、紫水晶の義眼で睨みつけて雲散霧消させた。

「不届き者には罰を。よくやりましたね、下がりなさい」

「不思議一つ無くしちまったナ」

「結果的に良かったのかしら? ヤズロー、悪いけど結界の浄化だけお願いね」

「畏まりました」

 音叉を託されたヤズローは、中の白水晶を鳴らしてすぐに戻ってきた。不浄と呼ばれるだけあり、瘴気が溜まりやすいが故に結界の要も置いてあるのだ。何事も無かったようにまた歩き始めながら、言葉を交わす。

「今更だけど、ウィルトン先生の結界があるのニ、ガニーの死霊術って使えるんだナ」

 紫花の言は腕前をからかうような口調だったが、流石にあからさまな挑発に乗る気は無いらしく、グラナートはふんと小さく鼻を鳴らしてみせた。

「当然でしょう。秩序神様の結界は阻む壁であり、保護したものを罰するものではありませんわ」

「? どういうこト?」

 神の奇跡についてまだまだ理解が浅い紫花が首を傾げてラヴィリエの方に水を向けると、任せてとばかりにすぐ口を開いた。

「物凄く簡単に言うと、ウィルトン先生が作る結界の奇跡は、『外から来る悪いもの』を弾くものなの。それが瘴気でも、獣でも、魔でもね。だからこそ、結界の中には瘴気が溜まってしまうから、それとは別に浄化の奇跡を備えているのよ」

 階段脇に据えられた白水晶にまた、ちりんと音を立てて音叉を当てながらラヴィリエは微笑む。それと同時にグラナートが呼び出していた火の玉がゆらりと揺らぐが、彼女が細い指先をつと翳すだけで青白い光を取り戻した。

「その浄化から従者を守るのも、死霊術師の手腕にかかっているのです。この程度の浄化ならば、わたくしの術に何ら陰りはございませんわ」

「ア、やっぱり凄く頑張ってんダ、ガニーも」

「訂正なさい、凄く、ではありません。余裕ですわ」

 言葉尻を逃がさず食いついてくるグラナートに紫花がケッケッケと笑って逃げ出し、ラヴィリエも笑いながら後を追う。いまいち緊張感の続かない娘達にヤズローは溜息を噛み殺し、改めて周囲に張った蜘蛛糸で異常が無いことを確認してから、彼女達の後を追った。







ぴちょん。




その後に響いた水音には、誰も気づくものは無く。

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