◆3-1 素っ頓狂な娘、六不思議の謎を追う
冬が深くなり、山道が完全に埋まる前に、シャラトの学院は冬休暇に入る。貴族子息達は、家の迎えの馬車に乗って――用意できない者は辻馬車で――、次々と山道をえっちらおっちら降りていった。
ラヴィリエを含む不勉強な者達や、家庭の事情で帰れない者達もいるが、やはり学院内は閑散とするし、人の出入りが少なくなった建物は冷える。普段よりも静かな建物が、昼間から止まぬ雪に囲まれて静寂を保つ間は、誰も出歩かず暖炉の前に集まるのは町の家も、男子寮も女子寮も変わらない。
「成し遂げたわ……! 私は私を褒めちぎるために、ドリスが贈ってくれたとっておきのジャムを開けるのよ!」
「仰せの通りに」
「本当の本当に、紙一重の成績でしたわね。先生方のお目こぼしも無かったとは言わせませんわよ」
「まぁやり遂げたのに違いは無いよナ、アタシらにもジャムおくれヨ」
小さい両の拳を握って暖炉前の絨毯にぺたりと倒れ伏すラヴィリエに、ヤズローは是を返し学友達は彼女達なりに労ってくれる。グラナートの指導、紫花の応援、ヤズローの補助をもってラヴィリエの努力は昇華された。つまり、追試五種を全てぎりぎりの可で通ることが出来た。
かなり綱渡りではあったが、課された試験を潜り抜けたのは間違いないので、ヤズローも命令に逆らわず、彼女の実家から送られてきた師匠のとっておき――この辺りでは貴重な柑橘ジャムの瓶を開け、中身を三人娘の茶にたっぷりと落としてやった。独特の苦みと甘酸っぱさがベリー系のジャムとは違う風味となり、三人三様に味わいを楽しんでいる。
「ン、旨いネこレ。ただ甘いだけじゃないのが良イ」
「苦みのあるジャムは初めて頂きましたわ。口当たりも爽やかで、悪くないですわね」
「ドリスは春の魔女だから、植物を育てるのも得意なのよ! 実りを豊かにするのなら秋の魔女なのだろうけれど」
姦しく喋りつつ、暖炉の前に固まりながら三人が嗜み始めたのは、オクトコルムナと呼ばれるボードゲームだ。八種類の駒を使って遊ぶ陣取り合戦で、世界各地で遊ばれている。基本は二人で打つものだが、ネージでは三人打ち・四人打ちのルールがあり、貴族の嗜みの一つでもあった。
「――さぁ、ラヴィリエの王女と紫花の王子はわたくしの物になりましたわ。ここからどうなさるおつもり?」
「ンー、詰みかナ。戦車だけ貰っとくヨ」
「あらまあ、じゃあ私の勝ちね。グラニィ、貴女の王様はいただいていくわ!」
「なんですって!? いつの間に……!」
駒をそれぞれのお国言葉で呼びつつ、盤の半分以上を手に入れたグラナートの領地に潜ませたラヴィリエの『暗殺者』の駒が、見事彼女の『王』を屠ってのけた。これでグラナートの取った領地は無効となる為、残り二人で領地が広いラヴィリエの方が勝ちとなる。
「逆転じゃないカ。上手いネ、ラビー」
「うふふふふ、子供の頃からお父様に鍛えられたもの、任せておいて!」
「くっ……もう一席ですわ! お相手なさい!」
「エー、もうやだヨ。北方の打ち方ややっこしいんだもノ」
駒の種類も違えば、三人打ちも南方国には無かったらしく、手探りでやっていた紫花が先に両手を上げて降参を示す。ラヴィリエも自分の薄い腹を撫でて笑った。
「少し休憩しましょう? お腹が減ってしまったわ」
「逃げるおつもり!? すぐに昼餐を用意させますわ!」
「ガニーっテ、本当負けず嫌いだよナ」
「それでいてちゃんと私のお腹具合を案じてくれる、優しさもあるのが素敵よ?」
「お黙りなさいな……!」
ぎりぎりと歯を食い縛っているのに、きちんと扇子を広げて口元を見せずに堪えている、淑女らしさを忘れないグラナートをからかいつつ労っていると、盆を携えたヤズローが炊事場から出てきた。上に乗っているのはグラナートの従者が作った、挽肉とチーズを包んで焼いた麺麭だ。ビェールイでは軽食として良く食べられているもので、主の声に答えて、ちゃんと三人分準備をしたらしい。
「あらまあ、流石グラニィね! 今日のお昼も美味しそうだわ!」
「貰えるもんは有難く貰っとくヨ。昼飯代が浮くしネ」
「ええ、ええ、わたくしも頭を少々冷やしますわ。それに今日は、ウィルトン先生からお願いされた日ではありませんの」
自分の心遣いをきっちり受け取られて留飲を下げたグラナートは少し落ち着いたらしく、今日の用事を思い出したようだ。休暇前から頼まれていた、学院内の結界点検と調査を本日行うのだ。ウィルトン本人が明日まで町の神殿に泊まり込む予定なので、金陽が沈む前に終わらせた方が良い。夜の闇は魔が騒ぐ時間なのだ。
「あらいけない、食べたら出かける準備をしましょう」
「うエー、外寒そうだナ。絶対中も寒いよナァ」
遠慮なくぱくりと麺麭にかぶりつきながら言うラヴィリエに、紫花は心底嫌そうに窓の外を眺めている。朝から降り続く雪は着々と降り積もっており、学院へ向かう道も埋まっているだろう。
「だらしないこと。この前、あまりにも嘆くものだから、わたくしが着古しとブーツを譲って差し上げたでしょう」
「アレは本当温いから感謝してるサ。借りにすんのは嫌だかラ、火の竹簡沢山作ってガニーの従者達に渡したけド」
「何ですって? わたくしは報告を受けておりませんわよ! 横着をしましたわね貴方達!」
グラナートは実家から充分すぎる冬の備えを仕送りされている為、使いきれないものを他二人に譲ることも少なくない。冬が本格的に深くなり、紫花が夜でも暖炉から離れようとせず、灰に潜り込まんばかりの様に業を煮やしたのもあるだろうが。対する紫花も例え相手が貴族子女といえど貰うばかりでは据わりが悪いので、着火に便利な竹簡を従者の幽霊達に横流ししたようだ。グラナートの叱責に恐縮したように侍女達は体を薄れさせているが、そこまで自己意識を保てる霊を維持できているだけ、彼女の死霊術師としての腕前が高い顕れでもある。
そうしているうちにラヴィリエはぺろりと麺麭を平らげ、いつの間にか外套を携えているヤズローに両手を伸ばしながら立ち上がった。
「ありがとう、ヤズロー。さぁ身支度したらまずは座学棟へ向かいましょう! 普段は入れない場所に入れるのも楽しみだわ!」
「お嬢様、お遊びではございませんよ」
「ええ勿論、しっかりとお仕事を果たさなければね、シアン・ドゥ・シャッスの名のもとに!」
芝居がかった仕草でくるりと回って見せる主の娘に、ヤズローは無言で外套を着せた。
・オクトコルムナ北方版
駒の数が全部で32駒あり、二人打ちの場合は一人16駒を使う。三人打ちおよび四人打ちの場合は通常版と同じ8駒を使う。
駒の数が多い為、盤面も他の国で行われているものの二倍近くあるデザインが多い。
・オクトコルムナ南方版
駒の数は通常版と変わらないが、駒の頭が平らなデザインになっており、陣取りを成功させた駒をひっくり返して強い駒にするという「成り上がり」や「出世」と呼ばれる特殊ルールがある。
オクトコルムナ北方版の腕前↓
ラヴィリエ>>グラナート>紫花>>>ヤズロー
ラヴィリエ:父の打ち方が「事前に策を決めてそれを相手に嵌める」なので、「相手の罠にかかった上でそこを掻い潜るように動く」癖がついた。真っ当な打ち方の相手に対して勝率が良い。純然たる経験量により三人娘の中では一番強い。
グラナート:貴族子女として嗜み程度には収めている。良くも悪くも真っ向勝負な気質なので、王道・定石の戦い方を好む為裏読みに弱い。ただし物凄く負けず嫌いなので自分が勝つまでやろうとする。
紫花:教えてくれた祖父が亡くなって以降は殆ど打っていなかったが、南方ルールならそこそこ強い。盤読みよりも人読みが得意なので、対戦相手を言葉で惑わして自分の打ち手を進めるし、場合によってはイカサマもする。
ヤズロー:元来頭を使うのがそれほど得意ではない。盤面が煮詰まらないと全部の駒を追えず、策を弄することも出来ないので戦績は悪い。当時七歳のラヴィリエに忖度無しで負けて以降、自分からは挑まないし誘われても負け越しを続けている。




