昔の話、昔の病院
昭和の中頃、子どもの頃の家庭医療、お浣腸の思い出について
「岩崎さん、おはいり下さい」
確か、中学の最後の冬か、高校一年のときかと思います。ちょっと数日、調子が悪く食欲もなく少し熱なども出ていたものですから、母から病院に行って見て貰うように促され、診察券に保健証、それにいくばくかの診察代も渡されました。
「お金を無くしても、保険証は落とすんじゃないのよ」
などとの注意を受けながら、学校に行きました。学校を休むほどでもなかったのです、その日は学校に行ってから、診療所に向かったと思います。
病院に着いて、診察券と保険証を出して待合室で待ちます。今の病院と違っているところが幾つかあります。昔は院内処方とか言って薬局も中にありました。それと、待合室も1つではなく、受付をするところにある待合室の他に診察室一寸手間にある待合室もありました。ここを中待合室とか中待ち室とか言っていましたが、殆どが「室」の体をなしておらず声なども筒抜けで、場合に要っては診察中の患者さんとも目もあったりして、ちょっと気まずかったりしたものでした。
この待合室、どちらもいつも込んでいますので、学校の友達が来はしないかと落ち着かない気持ちにもなったります。それというのも、町に数件しかない病院です。夜中に発熱して朝に行くと、同じように前夜から具合が悪い人で、中には知り合いもいて、治療中の処置や裸を見られて少々バツが悪いというか、恥ずかしい思いも致しました。そんなものですから、込み合っていつも込んでいる記憶しかないのですが、平日の夕方と言う事もあってかその日は思いのほか空いていました。それでも中待ちにも数人、外の待合室にも小学生のお子さんを連れたお母さん等が数組いますのでまだまだの様で。私の診察までまだ時間がかかりそうですし、大した病気でもないのになと思いながら、ここは本などを読みながら待つこととします。
暫く読書に没頭していると、
「岩崎さん!!」
看護婦さんが出てきて、中待ちに入るように促します。気が付いた時にはすでに何回か呼ばれたようで、それでも来ないので、外の待合室を覗くように大きい声で呼ばれてしまいました。ちょっと看護婦さんも目がきっとなって怒っているようです。急いで中待ちに入ります。そこにはお子さん連れのお母さんが2組います。
「今日はどうしました?」
これはお医者様の問診ではありません。中待ちで、看護婦さん聞かれたことです。
「あの、ちょっと体調がすぐれなくて」
と、周りの患者さんの視線も気になり小さな声で答えます。
「どんなふうに?」
看護婦さんはそんなことをお構いなしに、なおも聞いてきます。
「食欲が無くて、ちょっとお熱が」
「お熱?後で測るけど何度位?」
「36度8分位です」
「平熱に比べてちょっと高いわね」
掛かりつけの病院ですので私の平熱くらいは分かっているようです。
「いつぐらいからなの?」
「日曜くらいから」
「あら、4日も?お便は」
ちょっと恥ずかしい事なので私が黙っていると、
「お通じよ、うんこよ」
中待ちに居たみんな聞いていたようでくすっと笑っています。私はと言うと真っ赤になって、首を横に振るのがやっとでした。
「そう、お便出てないのね。もうじき呼ぶから待っていてね」
すると、別の若い看護婦さんが来て、前の親子を呼びました。早速、中で診察が始まったようで、中待ち室にもその様子が聞こえてきます。
「ポンポン見ようね」
「そこに寝てくれる」
とか声が聞こえます。それに応えて、元気よく、
「はーい」
などと、返事が聞こえていたのですが、先生が、
「ズボンと下履き脱がせちゃって、靴下はそのままでいいから」
とか言うに及んで、お返事が聞こえなくなりました。
「これからちょっとだけお薬使うからね。すぐ済むからね」
病院に来て診察台に寝かされて、すぐに済むわけがないのです。
「30でいいから、用意して」
かちゃかちゃ、戸棚を開け閉めして、ガラスやら金属が軽くぶつかる音もします。よもやと思い、閉じ方が甘い仕切カーテンの脇から覗いていると、回診車と呼ばれるワゴンの様な台の上段に膿盆や溶剤の入ったビーカー、ゴムの管を、下段に琺瑯引きの容器を乗せて若い看護婦さんが押して来るのが見えます。
患者である小さな女の子もそれを見ているようです。
「おかぁさん」
その娘が哀訴するような感じで、お母さんに助けを求めます。
「ただの注射よ。ちーちゃんいい子でしょ。我慢してね」
ちーちゃんと呼ばれたその女の子は、分ったというばかりに頷きました。が、ここまで来てただの注射と言うわけにはいきません。看護婦さんがどろっとした透明な溶剤の入ったビーカーに大きめの注射器を入れる所を見た瞬間、これから自分の身に何がされるのか悟ったのか、
「いやー」
という鳴き声がすぐに聞こえてきました。それが合図になったのか、ベテラン看護婦さんの的確な指示がすぐに飛びます。
「お母さんはこちらで私と一緒に足を持ってください。30まで引いて」
と我が子の処刑を手伝わさせ、若い看護婦さんにこれから使う薬剤の量の指示もしています。
「ネラトンの先にも、そう、ワセリンを良く塗って、それが済んだらお尻にも」
もうここまでくれば何をされるか、完全に理解しました。中待ちにはもう一組の親子がいますが、子供は何もなかったように本を読んでしますが、それには全く集中しておらず、耳だけは診察室に向かっているのがよく分かります。
(管にも体にもワセリンを塗られたら、抵抗などできないだろうな)
そんなことを思っていると、鳴き声が一層大きくなりました。肛門に管が入ったようなのでです。
「いやゃーーー」
「すぐ済みますよ。いいわよ、やっちゃって」
その声を待って、診察室も中待ちも次に起こることを想像してしんと静かになります。すぐにかっちッと音が聞こえました。内筒が全て押し込まれ、外筒に当たった音です。中身が全て空になった証拠です。
「はい、済んだわよ。よく我慢して、出そうになったら言うのよ。お便器も用意するから」
暫くすると、中にまだ便意と戦っている幼い子がいるのに、何事もなかったように、
「はい、次の方」
と、別の親子が中に入る様に呼ばれました。案の定、まだ、中に先ほど処置を受けているお子さんとお母さんがいます。でも構わず次の患者さんを診察室に呼び入れます。一組は診察を受けながら排便音を聞き、もう一方は別の患者がいる中で泣きながら排便を済ませたことになります。実に恥ずかしい状況です。そんなことを頭で考えていると、少し時間が経って先の親子が出てきました。赤い吊りスカートにおさげの似合う可愛いお子さんです。でも、目はもう涙が出ないのか、真っ赤になったままです。余程悔しかったのでしょう。私とそのお母さんは目が合いお互いに一礼しましたが、その子は真っ先に外の待合室に行ってしまいました。
またもう少し経つと、2組目の親子も出てきました。お子さんの目には涙こそありませんでしたが、目も合わそうとしないで、すぐに外の部屋に行ってしまいました。
「岩崎さん、どうぞ」
私が最後の患者の様で、後から知り合いが来なかったのが救いでそのことだけにほっとして中に入ります。診察室に入ると強い消毒薬の匂いに混ざって、便臭がするのを見逃しませんでした。
「便秘してるって?」
開口一番に先代の先生の娘でもある女医先生が言います。そんな私はあるものを探して、うわの空です。この匂い元になったものを探しに周囲を目で一瞥すると、ありました。内筒が押し込まれたガラス筒が流し台の膿盆に。しかも2本。それぞれがあの娘たちの体内に薬を流し込むのに使われたに違いありません。
「岩崎さん、先生が聞いているでしょ?答えなさいな」
年配の看護婦さんに怒られてしまいました。
「便秘しているんでしょ?」
もう一度、女医先生が聞いてきます。ははん、先ほどの年配の看護婦さんから伝わっているのですね。だったら、同じこと聞いてこなければいいのに。意地悪された気分になり、だからか私も意地になって、答えます。
「先生、便秘ではなくて、お熱と食欲がないんです」
そう言っても、わかったわかったと言われて、
「お腹みたいから、上着を脱いでそこに横になって」
と言われる始末です。制服の上着を脱いで横になります。ブラウスと肌着も捲られます。
「ちょっと、張っているね」
「えっ」
と思っていると、聴診器を充てながら、左の下腹部を軽く押します。
「ううっ」
「ほら、張ってる。看護婦さん、もう少し見たいからズボンも」
当時は冬になると男女ともにズボンを履いていました。一時廃れいましたが、最近女生徒もスラックスを履くようですが、元々はこの頃は冬になると履いていたのです。但し、今とは少々違っていて、横開けになってファスナーが付いていました。そのファスナーを下ろされて、そのままずるっと下履きが見えるくらいまで脱がされてしまいました。
「そのまま左を下にしてもらえるかな」
私は少し安心したことを覚えています。もしお尻に薬を入れられるとなれば、下半身を裸にされてオムツ替えのようにされるか、四つん這いと相場が決まっていたのです。それなので先ほどの左下腹部をもっと見たいのかと思い、少し安心して言われた通りに左側を下に寝ました。その時、若い看護婦さんが奥から手に何かを持って出てきたのが見えたのです。今思えばもっと用心するべきでした。そんな簡単に終わるはずないのですから。
「いい、じっとしているのよ」
その声を合図に、女医先生に上半身を抑えられて、年配の看護婦さんにスラックスと一緒に下履きを取られて下半身のあの恥部にぬるっとした薬を塗られて、若い看護婦さんが管を押し込みました。もうあっという間です。
「いい、動かないの」
何も抵抗ができないまま、腸に薬が入ってしまいました。そしてあっと言う間に、便意が高まりました。でも、身体の抑えを解いてくれません。15歳と言っても私の体は小さく、女性とは言え大人3人に抑制されてはどうにもなりません。
何分経ったか分かりませんが、とても我慢できないくらいになりました。
「がまんして」
そう言われても、耐えられません。もうダメと本当に思った時、仰向けの丁度おむつを替えられる格好にされて、肛門部に何か筒の様な物を充てられて、
「していいわよ」
そう言われてか分かりませんが、もう自分の意思ではどうにもならず、何か詰まった硬いものが、ばほっと、それこそ大きな音とともに出てきました。それでも便意は収まらず、最初の硬いものが出た後、軟便が止まらないくらい出てきました。
「これだけ出れば、楽になったでしょ?」
まだお腹に渋みもあり、それを肯定するように、ただ頷くだけでした。
「こんなに出して。少し休んでお家に帰りなさいね」
最後は、怖かった看護婦さんにお尻を拭いてもらいます。身が軽くなったせいか、少々ぼーっとしています。
「まだ、寝ていていいわよ」
そう言いながらも、看護婦さんも私の清拭を済ませると、道具の片づけを始めました。まだぼーっとしていましたが、琺瑯製の便壺を取り上げる様子を見て、急に恥ずかしくなり慌てて我に返ります。慌てて下履きにズボンを履いて、身支度を整えて外の待合室に向かいます。会計を終えると、窓口に居た看護婦さんから、
「今度は早めにお越しなさいな」
と言われましたが、
「はい」
と返すのがやっとです。誰にも見られてないか周りを見ながら、急いで家路につきました。そんな昔の病院の昔の話でした。




