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お嬢はなかなかいける口のようだ。
何杯飲んでも姿勢を崩さず、口調もしっかりとしている。
主が1年もの間、連絡を寄こさなかったのは初めての事らしく、それにめちゃくちゃ文句を言った後、次はお嬢が稼いだ金をいらないと言われた事がショックで、屋敷を出て散財しようとしたらしい。今、足元に適当に置いてあるバッグのことだ。無用心過ぎる。
稼いだ金といえば、確かに授業が終わればちょっとの休み時間でもチクチクと縫いものをしてたな。人気商品で常に在庫不足で入手に時間がかかるため、少しでも早く入手したい者が話しかけたそうにお嬢を見ていたが、お嬢はそれを分かっていながら、あえて顔を上げず、気づかないフリをしていた。
ま、確かに色々と噂をばら撒いていた奴が、なにを今更って感じだし、お嬢に手を出そうとした奴まで話をしたそうにモジモジしてたのは、キモかったし俺でもふざけんなと思った。お嬢に締め上げられ、何かが開花してしまったのだろうか。
そんなお嬢は可愛い顔をして意外に頑固で、ムシと決めたら最後までムシを貫き、まったく相手にせず、すんとした顔をしてたな。
くくっ。今思い出しても、お嬢のあの顔は面白かった。
「ねぇ、聞いてるの?」
「あ、悪い。何だ?」
「もーう。私も影になるって話よ」
「は? アホか。やめとけ」
ブラックな仕事だ。 自ら進んでやる奴は少ないし、なにより過酷だ。
ん?でもお嬢は身体能力が高いから活躍するかも?
いやいや、主の許可がおりないからムリだろう。
「学園も卒業したんだし、次は結婚だろ?」
「・・・相手がいないもん。それにキズモノだし・・・」
「トレバー家のメイナード様と婚約してるじゃん」
「・・・メイは、学園にいた人と仲良くしてた。婚約を解消したいと、私のお父様とメイのお父様のロデリック伯父様には伝えてあるわ」
「はあ?」
嘘だろ? あんなにお嬢が大好きって目をしてたのに?
「3年になってからは、お昼も別々だったよ。1年生で侯爵家のとても美人な方といつも一緒に昼食とるようになってた」
そう言われてみると、メイナード様の姿を見かけなくなったな。アイツ何やってたんだ? 主とアレクシス殿下が卒業して、王女殿下も国に帰ってしまったんだから、自分に目を向けさせる絶好のチャンスだったじゃねーか。
「メイは一人息子で伯爵家の後継ぎ。 うちは長兄が牢屋にいて、姉は嫁ぎ、エル兄様はマリアンナ様と結婚して公爵になる。家を継ぐ人物が私しかいなくなったから、嫁ぐ事はムリになったし、そもそもが仮初めだったからね。長い期間メイを縛りつけちゃったから、申し訳ない気持ちが大きいかな。私が子爵家を継ぐとしても、お父様はまだまだ元気だからその間、影をやってみたいと思って。あ、アンジェ様の所に行くのもありかも。ふふ、お金もたんまりあるしね」
エイドリアンは既に牢から出され、カーブンに連行された。死んだ報告はこちらに届いてないから生きているだろう。きちんと更生されていけば、生き続けられると思う。アーブンに住んでいた時のように甘えられる人間が全くいない地でどこまで踏ん張れるだろうか。
「好きじゃなかったのか?」
「好きは好きだったよ。でも恋愛の好きではなかったかも。2人が一緒にいる姿を見ても、ああそうかって感じだったかな。ふふ、ぶっちゃけるとメイよりも影さんの方が好きだよ」
「ぶっほ」
また吹いちまった。
それにしてもイケメンマスターの仕事が早い。すぐにテーブルを拭き、再度新しいおしぼりを渡される。
「ども」
ニコっと笑い、営業スマイルでマスターから返事をされる。
お嬢も笑いながら、連れがすみませんとマスターに言っているが、お嬢が変な事をぶっちゃけるからこうなったんだぞ?
「ふふ。気配を感じると安心できたんだよね」
「ふーん」
そんなことをいうなら俺だってそうだ。仕事だからじゃなく、本当に目が離せなくなってた。だからお嬢の兄貴に仕えることもすんなりと受け入れられた。
だが、今は酒の席で、お互いがかなりの量を飲んでいる状態だ。からかわれた仕返しにちょっとしたいたずら心もあるが、左隣に座るお嬢の右手の上に俺の手を重ね、真剣な顔をしてお嬢を覗き込んでみる。
「な、何?」
「からかわれてんのか、本気なのか確かめてる」
「・・・っ。びっくりしたわ」
こっちだって驚いたっての。酒ではなく、俺の行動で顔を赤くしたウブなお嬢は可愛いが、
「あー、これは酔った勢いで言っちまった感じだな」
間違いだったってことにした方がお互いの為だ。
「そ、そんなこと・・・ないもん」
ちょっ、まてまて。
顔を赤らめ、目を潤ませての上目遣いはやめてくれ。
ぐっ、マジで勘違いしそうだ。
「あー、あっぶね。本気にするところだった」
これは本心だ。
「・・・本気にしてくれていいのに。でも影さんもエル兄様の所で働くことが決まったばかりだし、ムリだもんね。あーあ、 やっぱりアンジェ様がいるイーブンにでも行こうかな」
「行くな」
わざわざ目が届かない所に行かなくてもいいだろ?
「え・・・」
「アンジェリア王女殿下は今は多忙だろ?あっちのしきたりを覚えたり、歴史や貴族、領地の特産品とかも頭に入れなくちゃならない上に結婚式の準備もあるんだ。遊びにいく感覚で行くなら迷惑なだけだ」
まともな感じで言えただろうか?
「あ・・・うん、そ、そうね。忙しいわよね」
「それからあれだな。婚約を解消するなり、白紙にして、シラフの時にまた口説いてくれ。今日はもう帰ろうな。皆が心配してる」
このままだと俺がお嬢に手を出してしまいそうで心配です。
それにメイナード様の件についてもすぐに調べたい。
「もう?」
「もうじゃないだろ? だいぶ飲んだし、散々愚痴って発散できただろ? マスターお会計で」
「はい。かしこまりました」
お前、手を出すなよ?って顔をしているマスター。
分かってます。雰囲気に流されませんし、今の状態でお嬢に手を出したら俺、絶対に主に殺されますぅ。命大事にしたいですぅ。
会計を済ませ、マスターの鋭い視線を背中に感じながら店を出る。うっ、信用されてないな。
お嬢のバッグを右手に持ち、左手はお嬢の右手をとって歩き出す。 もう辻馬車を拾える時間ではないし、体力があるお嬢なら屋敷まで歩けるだろう。
酔いを冷ますのに外の空気は気持ちいいし、まだ離れたくないと思ってしまう自分がいた。お嬢が変な事を言うから俺も舞い上がっているのかもしれない。
こんな展開になるとは思ってなかったが、今だけは甘い雰囲気でもいいんじゃないかと思えてしまう。
主に問われたら、酔っぱらいがふらふらとどこかに行かないようにするために、手を繋いでいたと答えよう。
どうかお願いだから今日だけは見逃してくれ。




