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ローレンス伯父様に
「ははっ、稼いだ金は自分の為に使え」
え? あんなに狂ったように頑張ったのに・・・。
学園でぼっちだった私は、休み時間さえも休まず、チクチクとお針子をしてたのに・・・。
それがまさかの1円もエル兄様の為に使われることがないなんて・・・。
たった今、全ての書類に必要事項を記入して、エル兄様はローレンス伯父様の養子になってしまった。これからカーブンに行き、マリアンナ様のご家族にご挨拶をしてから、マリアンナ様と正式に婚約を結ぶ予定で、来年には結婚式を挙げるらしい。私を放置していた1年で外交官としての下地作りも終わり、あとは結婚式の準備に取りかかる。
「俺の息子になったんだ。これからは俺が全部面倒をみるから、エミリアーナはもう金の心配はしなくていいぞ。親になったことがない俺に、親らしい事をさせてくれ」
嬉しそうに話すローレンス伯父様とその横にいるエル兄様の前で、私はあっけにとられたまま、涙がポロりと流れたと思ったら、あっという間に涙腺崩壊。
よそ様の子になってしまったエル兄様。結婚してしまうエル兄様。無我夢中でたんまりと稼いだお金はいらないと言うエル兄様。
ちっくしょう!
こんなお金、もうギャンブルに注ぎ込んでやる!学園も卒業した私は成人した身だ。めくるめく大人の世界で、とびっきりの大冒険をしてやるっ!
そうと決めたら泣いている場合ではない。ハンカチで涙を拭い、澄ました顔をして立ち上がり、もう兄様ではなくなったエル兄様に、
「エルウィン様。早いですが、ご婚約おめでとうございます。公爵家の養子になられたエルウィン様とはこれから会う機会もなくなるでしょう。本当にお世話になりました。エルウィン様と兄妹でいられて私はとても幸せでした。エルウィン様の幸せを心からお祈りしております。用事を思い出しましたので、それでは失礼します」
精一杯のカーテシーをした後、大金が入ったバッグをしっかりと抱えた。私の隣にいたお父様が、「えっ?」と言っていたが、ムシして早歩きで歩き出す。とてもじゃないがお父様をかまう気分ではないし、大人の世界で遊んでやると決めた今、このバッグをやっぱり回収しますなんて言われたら困るのだ。
皆が何かを言ってる声が聞こえたが、それもムシして屋敷を出た。
探されても困るから、我が家の馬車は使わず移動した。鍛えてますから、体力モリモリあります。重いバッグも苦にならない腕力あります。とにかくひたすら街を目指して歩き続けた。
なかなかの距離を歩いたらしく、日が傾き始めそうだ。お腹も空いたし、何か食べようと思いながら歩いていると、タイミングよく今から開店ですよと合図するように、パチッと看板に電気がつき、店員さんがドアにかけられた札をクローズからオープンにめくって中に戻っていった。
よし、ここにしよう。
中は薄暗く、大人な雰囲気漂う作り。カウンターに座るとメニューを出された。
「いらっしゃいませ。失礼ですがご成人されていますか?うちはお酒がメインな店ですので・・・」
「ふふ。つい先日、無事に成人を迎えましたわ。飲みやすいお酒と、お腹にたまるおつまみをお願いしますわ」
「くくっ、かしこまりました。少々お待ちください」
イケオジ店員に笑われてしまったわ。またチョロく見られたのかしら?
お任せしたお酒はとても飲みやすかった。さすがイケオジ。料理はポテトサラダにピザが並び、とても美味しく、空腹だったお腹が満たされる。お酒も進み、3杯目を注文したところで、2人目のお客が来たのだが、その人物はなぜか迷わずに私の隣に座った。
隣人は、イケオジ店員に注文したお酒をひと口飲んでから、
「ふぅー、うまっ。ってちがーう! ・・・コホン、んん、あのお嬢? あなたにこういう店はまだ早すぎるでしょう?」
この気配は知っているが、顔を見るのは初めてだった。
私をチョロそうというなら、この人はチャラそうな感じ。顔は整っていて、銀髪碧瞳で髪はアメンシトリーになっている。黒のスーツを着て、ネクタイを緩めながら、またお酒をくいっと飲む姿はなかなか様になっている。
「成人したし、これからギャンブルに行く予定よ。大人の世界に足を踏み込むの。それにしてもよくここが分かったわね? 影・さ・ん?」
「ぶっほっ。 あ、あれ!? 正体バレてる?」
イケオジ店員がすぐテーブルを拭き、影さんに新しいおしぼりを渡す。
「ふふ。3年弱お世話になった気配だもの。覚えてるわ。いつかお礼を言いたかったの。本当にありがとう。今日は私におごらせてちょうだい」
「え? あ、いや、仕事だったし・・・。おごってもらうわけには・・・。しかもギャンブルなんて行かせたら、俺めっちゃ叱られるぞ・・・。お嬢、お願いだからギャンブルはやめて! ね? ね?」
影さんが両手を合わせお願いしてくる。
「えー。今日って決めたのに!」
「マジで行く気なら、ちゃんと付き添いがいるときにして!」
「影さんがいるじゃない!」
「俺じゃダメ!」
2人でにらみ合いを続けて、負けたのは私。
「ぶふっ。もーう、じゃあ止めるから、今日はとことん話を聞いてちょうだい」
「ははっ、オッケー。マスター、オススメのつまみを3品追加で。俺はこれをおかわりで、お嬢には軽めな酒をよろしく」
「かしこまりました。少々お待ちください」
イケオジ店員は綺麗な礼をして、厨房に向かった。女性にモテそうな容姿だから、もっとお客様が来てもいいと思うのに、今だにお客は私達だけ。
「くくっ。まだ完全に日も落ちてない時間から飲みに来る奴なんていないよ。こういう店は明け方近くまでやってるし、マスターだってこんなに早くから客が来て驚いてるだろうよ。ところで何があった? お嬢はこんな行動をするような子じゃないよな? 今日は久しぶりに兄貴に会う日だったんだろ?」
へぇ、何でも知っているのね。
じゃあ、今日は本当にとことん付き合ってもらいましょ。
こうしてエミリアーナと、エミリアーナが学園在学中についでで見張っていた影の奇妙な飲み会が始まった。




