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私はエイドリアン・ルルー。
近々エイドリアン・アーブンになる予定だ。
その為に9歳から自分なりに努力をしてきた。
無事に学園を卒業し、翌日ローレンス様と一緒に王宮に行くことになった。
学園に入る前も努力を続けてきたし、学園在学中の3年間も努力をした。
話が合う相手が見つからず、親しい友人はできなかったが、入学してから卒業までの3年間、私に好意を向けてきたナターシャ・シャーン伯爵令嬢とは交流があった。
入学時にナターシャ嬢が落としたハンカチを拾った事が最初の出会いだ。彼女は中肉中背で淡い金髪に薄い水色の瞳。特別容姿が良いわけではないが、3年間も一途に想われていれば、こちらも情がわく。こちらから話しかけることはほとんどなかったが、彼女は私を見つけると、いつも目をキラキラさせ、笑顔で近寄ってきた。その日の授業の話やら、学食の話、週明けにはその週末にどう過ごしたかなどを楽しそうに話す。
シャーン伯爵家からルルー子爵家に釣書が送られ、必要事項を記入した書類を父が公爵家に持ってきた。
一応見合いということで、ナターシャ嬢がお父上と伴に公爵家にやって来た。私の父とローレンス様も茶の席に同席して、彼女やお父上と色々話をしていた。
ローレンス様に
「一人娘だからシャーン伯爵家に婿入りが前提だが、悪い話ではないと思うぞ。一代限りの公爵にそこまで執着することはないだろ?なかなか見所のあるご令嬢じゃないか」
そう言われたが、納得できなかった。公爵を継いだ私にナターシャ嬢が嫁入りすることが、私にとって最高のシナリオだ。
王族の血が流れているのに、王宮で暮らすことができないのなら、次の地位はローレンス様の養子になって、アーブンを名乗り、公爵になることだろう。その為に努力をしてきたし、これ以上妥協するのはムリだ。
父が残念な顔をしてこちらを見ているが、父が領地もない子爵位で納得したのが、そもそもの間違いなのだ。私が子爵位を継いで、私がトップだとしても、ほぼ平民だらけの商会で働くなんてごめんだ。
「シャーン家は長くはムリだが、少しは待ってくれる。良い話なんだ。地位に拘らず、ちゃんと考えてくれ」
父は真剣な顔をしてそう言って帰った。
ローレンス様からは、
「ナターシャ嬢とちゃんと話せ」と言われた。
結局、私の方から彼女と未来について話す事はできなかった。公爵家を継ぐ私と、伯爵家を継ぐ彼女。それぞれを背負っていながら、結婚することはムリだとわかる。でも彼女の事を、私も少なからず想っている。なかなか考えがまとまらず、うやむやにしたまま時が過ぎてしまった。
王宮に着き、謁見の間で早々に、国王陛下から不合格を言い渡された時は、カッとなり立ち上がって抗議をしようとしたが、衛兵がすぐ武器を構え私を囲んだ。
陛下は
「まず、その態度がダメだな。高貴な者がとる態度ではない。それに人の話を聞く耳を持たぬ事もダメだ。私の父や弟達、私の息子、他国の王子もお前に助言したはずだ」
努力しろってだろ?
何度も言われ続けたし、努力しまくったさ。
「その努力では足りなかったということだ」
はあ?
「我が国を除き、何カ国語を操れる?」
「2カ国語です」
「剣術はどこまで習得している?」
「私は守られる身なので必要ないと判断しました」
「学園でも親しい友人も作れなかったと聞いている」
「勉強に集中していました」
「はぁ。全てに堂々と答えるが、全てが落第点だな」
なんだと?
「隠しているつもりだろうが、はあ?だの、なんだと?と私に向かって言ってきてる事もバレバレなお前に、公爵位という莫大な権利を与える事はできん」
・・・。
「妹のエーメリーについては知っているか?」
「・・・いえ」
「全員が不合格と判断して、今は伯爵家の第2夫人だ。たった一人の妹なのに無関心すぎだ。後で経緯をちゃんと聞け」
向こうだって1つも連絡してこなかった。
「そういう所もダメだ。お前は兄なんだぞ?」
兄になりたかった訳じゃない。
「はぁ。とにかくお前には適性がない。これ以上、努力すると言う言葉ももういらん。元から期限は卒業までで、それは覆らん。荷物をまとめてローレンスの屋敷から出ろ」
はぁ?追い出すのか?
「お前は居候だ。用済みなんだから出ていくのが普通であろう?」
これからどうすればいいんだ・・・。
「9歳からもうすぐ18歳になるのか? こんなに長い間、私の父や弟はお前をどうにか導こうとしたが、残念な結果になったな。 ちゃんと世話になった者達に感謝を伝えろよ?」
・・・。
「また不貞腐れるか・・・。私なら学園卒業までなんてとてもじゃないが待ってやれんかったな。父も弟もたいしたもんだ、尊敬するよ。ちなみに9歳までお前の弟や妹だった2人は、お前のような高い志がないのに、5カ国語は操り、剣術、体術も習得済み。お前やエーメリーが散財した金を返済するために翻訳の仕事をやりながら、傾いていた父親の商会も立て直した。お前達の尻拭いをしながら、自分自身を高め続けてきた。ここまでしたなら、私の心も揺さぶられたかもしれないな」
はぁ? 嘘だろう?5カ国語?体術?散財した金?あれは公爵になるための必要経費だ。
「・・・もうよい、下がれ。ローレンス、別室を使ってよいから現実をわからせろ」
「ああ、分かった。行くぞ、エイドリアン」
陛下に追い出すようにシッシッと手をふられ、部屋を移動して話を聞いたが、頭が整理できない。
今週末までに公爵家から出てくれと言われ、まだ仕事があるローレンス様と別れ、1人で馬車に向かう途中、幼い頃弟と妹だった奴らが、我が国の王女と、名前は忘れたが多分カーブンの王女?と思われる人物と茶会をしていた。
あれはカーブン語か? 私は習得していないから聞き取れないが、とても楽しそうな雰囲気は伝わってきた。
なんで私は誘われないのに、あいつらは呼ばれているんだ?そう思うとイライラしてくるが、何とか我慢して、その場を離れた。
本当にローレンス様の屋敷を追い出され、子爵邸にも帰りたくなくて、ナターシャ嬢に連絡してみたら、伯爵邸に招かれた。公爵になる事ができなかったので、こちらに婿入りできると話をしたら、伯爵は難しい顔をしていたが、ナターシャ嬢は歓迎してくれたので、そこで婚約を交わした。
公爵になるために努力をしてきたのだから、伯爵の仕事は簡単だろうと思っていたが、初めての領地経営はなかなかに難しい。とにかく領民が文句ばかりを言ってきて、少しも私の言うことを聞かないのだ。平民のくせに少々頭が高いのではないか?平民なんだから平伏せよ。
それもこれも父が領地を持つことを断るから、私が恥をかくことになるのだ。
ナターシャ嬢が徐々に慣れていきましょうと言ってくれたので甘えることにする。
それよりも来月、大きな夜会があるから大至急服を仕立てなければならない。




