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姉の件についても話しておきたい。
元国王陛下のお祖父様から、学園入学前に不合格を言い渡され、お祖父様の屋敷から出されることになった姉は、まずローレンス伯父様の所へ向かったが、相手にされなかった。
次に姉が向かった場所は、なんと王宮。
門番に止められ、中に入ることすらできなかった。それでもなかなか諦めず、長い間キャンキャン喚き散らしたらしく、姉の愚行はかなりの人に広まった。
騒ぎを耳にしたアレクシス王太子殿下が、姉のところへ向かうと、姉は態度を豹変させ、悲劇のヒロインのように目に涙を浮かべ、ヒーローがピンチに救出にきたのだと勘違いし、アレクシス王太子殿下の胸にぶりっ子走りで飛び込もうとした。
まぁそんな行動は許されるはずもなく、簡単に護衛に阻止された。そしてまた元の状態に戻り、キャンキャン声で喚き続けたらしい。
姉は王族に対しての不敬罪で貴族牢に入れられ、そこでも牢番に対して、自分も王族なのに扱いがヒドい、入れるなら貴族牢ではなく王族牢にしろ、頭が高い平伏せと、聞かされたこちらが恥ずかしくなる態度を続けていた。王族牢なんて聞いたことがない。
王妃様が1度面会に行き、話をしたが、
「あれはもうどうにもならないわ」と呆れたらしい。
修道院に送るのは簡単だが、王族扱いを望む姉が、変わらず人を見下し続ける態度をとることは明らかで、分かっていて送りこむのは修道院が可哀相だと判断した。
ならば、姉の人となりを嘘偽りなく公表して、それでも嫁ぎに来ていいぞと言ってくれる貴族を募集した。もし誰からも手が上がらなかったら、次は他国の貴族、更に次はこの国の商家や平民に募り、それでもダメなら常に人手不足の鉱山に送って働いてもらうことになった。
その結果、自国の伯爵家から声がかかり、姉の嫁ぎ先が決まった。姉は「絶対に伯爵家以上の家に嫁ぐわ」と宣言していたので、願いは叶った。お見事、おめでとう。
結婚式までは実家でおとなしく暮らすようにとのことで、お父様が項垂れながら姉を迎えに行った。
屋敷に帰ってきてからの姉は、部屋に籠もり、おとなしくしていたが、しばらくしてから屋敷の中や庭をうろつき始めた。すれ違う使用人を怒鳴りつけ、ムリな指示を出したり、執事を捕まえ、はちゃめちゃな要望をしたりしていたが、誰も姉の言葉を聞き入れない。
エル兄様と私が帰ってきてからの屋敷は、教育が行き届いていて、とても居心地がいい。
イライラしているであろう姉の顔を見たくないので、私は姉を避け、顔を合わせることがないように行動していたが、タイミングが悪くばったりと出くわしてしまった。
「ふん、なにその服。みすぼらしいわね」
あなたが散財して作った借金の返済の為に、質素倹約な生活でしたからね。
「あんたのせいで私の人生がめちゃくちゃよ! あんたなんか生まれてこなければ良かったのに!」
それは私のせいではない。お父様がお母様にムリをさせたからだ。私だってお母様が亡くなってしまうと分かっていたなら、お母様のお腹から出なかった。それはそれでお母様に負担だろうけど、お父様がまた次の子をつくるのを阻止するためにも、絶対にお母様のお腹の中にこもっていたに違いない。
「あっ!そうよ、あんたがジジイに嫁ぎなさい!名案ね」
王命扱いにした婚姻なのだから、私が交代できるはずがない。
「同じ伯爵家ならメイナードの方がマシだし。うん、私って天才だわ」
名案でもないし、天才でもない。
メイはギズモノの私と大人の事情で婚約をさせられた。いつかは解消される婚約なのに、街に出かけて買い物をしたり、遊びにきてお茶をしたり、稽古を共にして汗を流してくれたりと、とても仲良くしてくれる。そんな優しいメイをマシと言われ、腹がたった。
「メイは私の婚約者です。譲りません」
言ってから、なんだか私がメイのことを好きみたいな言葉が出たなと思って、自分でも笑えた。
「はあ?何その顔?何ニヤついてんの?しかも口答えするなんて、生意気ね!」
飛びかかってきた姉をいなそうとしたところで、エル兄様が私達の間に入った。
「部屋から出るなと言われていたはずだが?」
「っ、何よ!自分の家だもの。閉じ込める方がおかしいわ!あんたも生意気ね!」
エル兄様相手に、怯まず突っ込んでいくなんて・・・。
本当におバカね。
「ぎゃっ!!」
簡単にエル兄様にいなされ、奇声を上げてすっころぶ姉。
そこにメイが顔を出した。
「大きな声に音が聞こえたけど大丈夫?」
メイを見た姉はまた態度を変え、胸の前で手を組み、目をうるうるさせ、首をこてんと傾けてから
「このバカ者達が意地悪するの。 助けて、私の旦那様」
はあ?旦那様?メイは私の婚約者だって言ったよね?
「僕が愛してるのはエミリアーナだけです」
そう言ったメイに、後ろから抱きしめられた。
え? 愛してる? は?
あっ! ははーん演技ね? 私も合わせるわ! 任せて!
私を抱きしめてるメイの腕に自分の手を重ね、
「私もメイを愛してるわ」
うっとりした顔でメイを見上げ、メイの演技に合わせる。
「ぐっ・・」
メイから変な声が出たわ。
なんて思っていると、今度は姉が「きーっ」とか、「んがっ」とか奇妙な声を出しながら、床に大の字になって手足をバタバタさせ、喚きはじめた。
「あんたなんか誘拐されたキズモノだし、そもそも人殺しが幸せになれるわけないし、なってはいけないわ! メイナードは私と結婚した方が幸せになるからしょうがなく言ってあげたのに!もうっ!どいつもこいつもバカばっかり! ばーか、ばーか、バーカっ!!」
幼子よりもヒドいありさまに3人で絶句していたら、いつの間にか元国王のお祖父様が登場していた。何も言わず、心底呆れた顔をして、床でバタバタしている姉を冷めた目で見下ろしている。
「・・・っ!!」
冷めた視線に気がついた姉は動きを止め、体を起こしたが床に座ったまま、お祖父様を見上げ、ガタガタと震えはじめた。
え、お祖父様、魔法でも使った?っていうくらいに怯える姉。
「部屋に戻れ」
それだけ言ってお祖父様は姉に背を向け歩いて行った。
「っ、は、は、はいぃぃ・・・」
執事が姉を立たせ、背中を押す。乱れたドレスに乱れた髪の状態の姉は1度こちらを振り返り、キッと睨みつけてから部屋に戻って行った。
はぁ。これで静かになるかしら。それにしてもお祖父様の無言の圧が凄かったわ。
私もお祖父様みたいに威厳?威嚇?風格?貫禄?的なものを身につけたいと思った。だって相手にするのが本当にめんどくさいから。
「いつまでくっついている。離れろ」
エル兄様にべりっとされ、メイと離れた。
そういえばずっと抱きしめられていたんだった。なんだかとても恥ずかしくなって、きっと赤くなってるであろう顔も2人に見られたくなくて、私も部屋に逃げた。
途中、メイの小さな笑い声が聞こえたので振り返り、誰のせいよ!という気持ちを込め、ひと睨みしてから部屋に戻った。
数日後、静かに過ごしていた姉は別れの挨拶もなく、伯爵家の第2夫人として嫁いで行った。




