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馬車が屋敷に着くと、エル兄様が出迎えてくれた。
「ありがと」
エル兄様の手を取り、馬車から降りる。
「大丈夫だったか?」
「ふふ。なんとか淑女の顔は保ってきたわ。お兄様が早く婚約者を公表すれば、お茶会なんて面倒な誘いはなかったのに・・・」
「・・・婚約はしてないし、するつもりもない」
「でも大人達は色々動いてるでしょ?」
「・・・。」
ふふ、機嫌が悪くなってしまったかしら?
でもエル兄様の情報が欲しい令嬢達と格闘してきたんだもの。これくらい許してほしいわ。
私は15歳になり学園に入学した。
子爵邸に帰ってきてからは、商会の手伝いをして、お父様がまともに働いているところをちゃんと見てきたし、時には尊敬したし、格好良く見えたりもした。
でもお母様を知る人が私を見ると、お母様を思い出すらしく、同業者やお客様にお母様の話をされると、お父様は途端にしょぼくれて使いものにならなくなる。しょぼくれてるだけでは借金返済はできないから、お父様の背中をばしこーんと叩いて活を入れた時も多々あった。今では仕事をしている時の方が、なんでも言いあえる関係。屋敷でのお父様は、いまだにモジモジする時があって、少し気持ち悪いと思う時がある。
商会での品揃えに不満を言って、ぷりぷりしたアリア叔母様に布の買い付けに行くわよ!と国外に連れて行かれ、そこで服や小物だけではなく、食べ物や言葉の流行りをリサーチしたのはとても楽しかった。
ロデリック伯父様とは体術、剣術の訓練を続け、今度誘拐されそうになっても、相手が5人くらいならどうにかできそうな気がする。男性の急所を確実に狙う訓練をした。とにかく躊躇わないことが1番。1人の急所を確実に狙った後は、残りの人たちの腰がひけてることも確認済み。訓練で何人か可哀相な目にあわせてしまったのは申し訳ないと思っている。あの時は寸止めできずにごめんなさい。人が珍妙な声をあげ、泡をふいて倒れたところを初めて見て驚いたけど、それからは慌てた伯父様が私の訓練相手に急所をガードする道具を装備させるようになった。
強そうな相手とまともにやり合うより、一撃でダウンさせられるのは効率がいい。
ローレンス伯父様とは様々な国に行った。どこの国に行っても相変わらず、その国の言葉しか使わない伯父様だった。分からない時、困った時に、ニヤっと嬉しそうにする伯父様にたまにイラッとした。各国共通で、母方のお祖父様の作品についてよく質問された。
もらった鍵を使い、お祖父様の作品をみた。ミステリー作品も面白かったが、それよりも感動したのは、お祖父様の描く絵。どれも素晴らしかった。大きな画用紙に、お父様とお母様の結婚式の様子が描かれた絵をみた時は、涙が止まらなかった。その時が、私とお母様の初めての対面だった。心から幸せそうな笑顔で、今にも話しかけてくれそうな躍動感、リアルさだった。細密な観察力、自分の目を通した世界を描くお祖父様の技術力に脱帽した。
私に鍵を渡した後のお祖父様は、歌の評価が悪く、お父様のようにしょぼくれていた。でもあの絵をみてしまったら、どうしてもお祖父様と話がしたくなり、ロデリック伯父様に頼んで場を設けてもらった。最初こそお互いぎこちなかったが、絵をみた時の感動を伝えると、とても喜んでくれて、話も盛り上がった。
それからのお祖父様は、歌を捨て、肖像画専門で絵を描きはじめた。嘘偽りなく、お祖父様の目で見たそのままを描くので、たまに本人に批判されることもあるらしい。
身内には、肖像画で名声を得る事よりも、歌を諦めさせた事を大絶賛された。
そんなお祖父様の孫で、王弟ローレンス伯父様の姪である私はただの子爵令嬢にもかかわらず、高貴な方々との縁に恵まれた。
イーブンの第2王子殿下からは、なぜか定期的にお呼びがかかり王宮に行くことがある。
各国の外交官のご子息達との手紙のやりとりは、初めて訪れた時から今もずっと続いている。
私と同い年のカーブンの第3王女殿下には、カーブンを訪れる度、お茶に誘ってもらい、仲良くしてもらっている。
なんと、このマリアンナ様がエル兄様にぞっこんなのだ。
エル兄様も子爵邸に帰ってきてからは、私以上にお父様を手伝い、勉強もしっかりとこなしながら、ローレンス伯父様に同行してあちこちに行き、ロデリック伯父様との訓練も続け、日々努力を続けたエル兄様はとんでもなく有能な人になった。しかも私を可愛がる事も忘れない。学園に入学してからの成績も常に上位で、我が国の王太子殿下アレクシス様とも仲が良く、学園では行動を共にしている事が多いので、子爵家子息ながらご令嬢達からの人気は高い。
身分違いを理由に、マリアンナ様からのアプローチをかわすエル兄様に、お前がイーブンの第2王子殿下に求婚されたら俺と同じように断ると思うと言われた時は、その通りだと納得したが、私が見る限りエル兄様もまんざらではない気がするのだ。それでもどんな理由をつけて留学する権利をもぎ取ってきたか分からないマリアンナ様の想いの方がだいぶ大きいけどね。
ま、そこら辺はローレンス伯父様や元国王のお祖父様が上手くやってくれると思う。
あ、ちなみに私は10歳の時にロデリック伯父様の長男メイナードと婚約している。これも大人達のご都合であるが、そんな事は関係なくメイとは仲良くしている。
そんなエル兄様の情報がどこで漏れてしまったのか、人気のあるエル兄様の最新情報が欲しいご令嬢達の呼び出しをうけ、先ほどまでお茶会に挑んできたのだった。
私が知らされていない事を、知っているような雰囲気をだして、ご令嬢達から不満が出ない程度にかわしてきた私を、誰か褒めてほしいわ。
あー、疲れた。




