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 シメジのソテーに、マカロニのクリーム煮を昼ご飯にしたところ、燈華は大喜びでビールと共に食べ始めていた。

 この少女は朝から騨里の家に入り浸っていたのだ。

 仕方が無いので、騨里が遅い朝ご飯を作った。

「今度は台所貸すから、自分で作れよ」

 燈華は満面の笑みを浮かべる。

「騨里、相変わらす料理上手いねぇ」

「今更、媚びても駄目」

「けちぃー! いいよ、作って上げるよ。その代わり、どうなってもしならいからね」

 騨里は彼女の料理の腕前を知らない。

 まぁ一度ぐらいは食べてみたいものだと思った。

 不味ければ、ジョーカに食べさせればいいのだ。

『俺はゴミ処理機じゃねぇ、ふざけるな』

『気にするな、たまにはイマジロイドの食べ物を実感するのもいいだろう』

『はっきり、不味かったらって思っただろうが!』

 騨里がジョーカの言葉を無視していると、インターフォンが鳴った。

 かれは、監視カメラで客をディスプレイに映し出す。

 二十代半ば、バッサリ切った前髪であとは団子状に頭上で丸めて止め、コートを着た女性がそこに立っていた。

『どちら様で?』

 インターフォンマイクを使って、騨里は尋ねる。

『ローフさんから話を聞いてきた主井蘭(すい らん)というものです』

 行って、カメラに警察手帳を開いて見せる。

『あたな方を手伝うようにいわれてきました』

 騨里はスパイの可能性があるにもかかわらず、あっさりと鍵を開けるボタンを押した。

『中にどうぞ』

『ありがとうございます』

 淡々と言って、彼女はマンションの中に入ってきた。

『おい、警察ってよー……』

 脳内でジョーカが面倒くさそうな不満の声をだす。

『なんだよ、今日は機嫌が悪いのか? おまえの好物だろう?』

 騨里は知らないふりをする。 

 ジョーカは黙った。

 蘭は迷い無くキッチンにいた二人のところに来た。

 ほっそりとした身体付きの中背で、三白眼をじっと騨里に注ぐ。

「……どうかしました?」

 騨里は見つめられて、やや困惑した。

「なんだ、君はこんな美人に舐めるように視線を這わせられて、不快なのか?」

「えっと、正直不快です。なんか言い方も……」

「すまんな、私は人に遠慮無く目を向けるタイプなんだ」

「あのー、あたしのところには来てないんですけどー?」

 燈華が不満そうに言う。

「ん? ああ、順番だ」

「いえ、別に良いです。なんでもありませんから」

 燈華はあっさりと断って、キッチンからリビングに移動した。

「主井さんもリビングでお待ちください。今、飲み物持って行きます」   

「お構いなく」

 軽く手を振ると、彼女は燈華につづいた。

 騨里はジュースと珈琲を二杯トレイにのせて、ソファの前のテーブルにおいた。

 丁度、なにか燈華が爆笑している。

 不思議な顔を蘭に向けるが、彼女も不思議そうだった。    

「何か可笑しいことあったか?」

「だってだって、彼女、警察からは目黒区の事件まで負わされてるっていうんだよ? これは笑うでしょう」

 騨里は苦笑いをした。

「で、主井さんは警察としてきたのですか? それともローフ・ファミリーが何かようがあるとの代理人?」

「両方だが。何か問題でも? チカゲにはあんたらを護るように言われてきた。これはぶっちゃけて言うが、警察としてもカバーするつもりだ」

「警察ねぇ、失礼ですが階級は?」

「警部補、凶行班係係長。ちなみにキャリアで、兄は本庁の警務の管理官、父が副総監だ」

 誇る訳でもなく、三白眼で無表情のままに淡々と言う。

「イーフさんところに潜入捜査でもしてるんですか? それともあそこから来たってことは、アレですか?」

「アレだよ。おまえ達を護るのに最適だと言われてきたんだよ。忙しいから四六時中、居れないけど」

「よおし、今夜はお寿司だぁ!! 決定ね、蘭さん! 回ってないとこ!」

「寿司? 食い飽きたんだがね」

「なんだと、このブルジョアがっ!!!」

 牙をむいている燈華を目の前にして、蘭は超然と珈琲を飲む。      

 濃いが感情帯びない三白眼は目は再び、騨里を捉えた。

「内偵と言えば、街道因子に張り付いてる他の課の連中から、かなり悪い知らせが来ているぞ」

「……あー、漏れたかなぁ」

「ダダ漏れだ。大体、おまえら有力企業とかから、大量に金巻き上げてるだろう、おかげで、労働しなきゃならん隊員が出てきた」

「俺は、もらって無いっすけどね」

「そんなの知らん。大金めのまえにして手を出さないとか、単に馬鹿なだけだろ」

 蘭の一蹴は容赦ない。

「なんだー、それはあたしにも言えるぞー!!」

「ああ、燈華。君にも土産話がある」

「え、何々? ちょっと怖いんだけど……」

 蘭は燈華の怯える姿に、ちょっとした嗜虐性でも刺激されたのか、邪悪そうな笑みをつくる。

「リストの存在が、他の街道因子が掴んだんだよ。来るよ、狙ってる連中」

「えー、なんですの!? あたしは何もしてないのに」

「イジメられっこって、大抵そういう台詞はくよね」

「それで、蘭さんが来てくれた訳?」

「それもある」

「どれがない!?」

「あたしは人間じゃ無いけど、影が使えない」

「え? あ、そうなの?」

「まぁ、君たちに犯罪を犯そうとする奴がいたら公権力で片っ端から逮捕するから安心して」

 胸を張るようにして宣言した蘭だが、二人からは期待したような反応は返ってこなかった。

「あー、うん、よろしく……」

 燈華がぎこちない笑顔でやっとうなづく。

 騨里は黙って珈琲をすすっていた。

 役に立つかどうかは、完全に彼等のやり方次第でしか無いのだった。




 昼間の銀座だというのに、車道から爆発音が響いた。

 成徳コーポレーションの会社所属の10トンクラス・トラック列からだった。

 ことごとく巨大な荷台ごと倒れ、続いていた自家用車が避けようとするが失敗し、追突する。

 目だし帽を被った男達は手榴弾をさらに投げて、トラックを爆破・破壊する。

 煙が立ちこめるなか、一人の男がゆらりと現れる。

 縁なし帽とのした、細い目とだらしない口元をした容貌で、袖と裾の長いジャケットを着て、足下はスニーカー。

 猫背の腕をだらりと垂れ流すような姿勢でゆっくりと歩き、足下に影を三つ広げている。

 目だし帽の集団は、迷わずに拳銃を取り出して臆する様子も無いなれた動作で銃弾を見舞う。

 だが、男達自らの影が素早く立ち上がり、障壁となって弾丸を防いだ。

「……おまえらがどこの奴らか、読んだぞ」

 男は薄い唇を半月型にゆがめて乱杭歯をみせる。

 一つの影から、巨大な光子砲の三連四基を身体にまとった少女が現れて、男達に向け発射した。

「ろくな影の能力も持たない奴に、用はない」

 男は影から出てきた少女に顎で合図する。

 少女は、それぞれに光子砲を向けて、トリガーを引いた。

 光条が放たれて、トラック襲撃犯達の身体は巨大な穴を開けられ、その場で絶命した。

「馬鹿か禅渡(ぜんと)! 皆殺しにする奴があるか!」

 横転したトラックの窓から這い出てきたドライバーの一人が怒鳴る。

「気にするな。影がある」

 彼の影はもう一個に納められている。

 何言っているんだという表情を見せるドライバーの目の前で、禅渡はゆっくり死体日かずくと、死体の影に手をやり、頭を掴むように手を動かす。

 死体をすり抜け影はまるで張り紙のように、、掲げられた腕にぶら下がった。

「組織名と、命令を出した者は誰だ?」

 禅渡は影に向かって訊く。

『……コザール・コニュニティ。命令をしてきたのは、輪儀途壱(りんぎ といつ)という男だ』

 禅渡の脳内に声が響く。

「おい、社長に伝えな」

 聴いた内容をそのままに、ドライバーに言った。

 ドライバーはトラックに座り、携帯通信機を取り出して耳に当てる。

 辺りは救急車とパトカー、野次馬達で騒然としていた。

 禅渡はいつの間にか、姿を消していた。

 ドライバーは驚きもしない。

 扱い煮なれた彼は、呼べばでてくるであろうと思っていた。




「つまりは、既存の電子網を使い、どこに需要があるか、どこに商品があるかとすぐにピックアップできるアプリが、このランナーというものです」

 銀座にあるウィズ・エンジン社の広報員は新商品発表会でのプレゼンを終えた。

 プレスの反応はそこそこだったが、客層ではない連中なのが原因だろう。

 ヘタをすれば、このアプリで仕事を奪われかねないと危惧する者もでてくるかもしれない。

 だが、社長の意向は一言、気にするな、だった。

 昼過ぎ、社長の鹿詩真琴(かし まこと)は世田谷区の一軒家から今だ出勤していなかった。

 ソファに座りながら書斎で、浮遊ディスプレイを眺めながら、ブランデーをラッパのみしている。

 二十六歳。この歳で、上場して電子機械業界で異端の大企業と呼ばれる会社を作れたのは、街道因子のおかげだった。

 彼は二十歳の時に、地元の目黒で愚連隊を組織し、あらゆる輸送車を襲っては、バッタ屋に流して大金を儲けると、街道因子の隊長格の名前を買ったのだ。

 その後、昔の仲間を集めて会社を立ち上げると、またも金で優秀な技術者を大量に雇い、一気に市場を独占していったのだ。

 当然、昔の仲間というのは、ビジネスと言うより同業者への圧迫に使っていた。

 現在は会社から強面は一掃し、代わりにコニュニティア・フロント別会社という別会社を作らせてウィズ・エンジン社はと別の存在にした。 

 街道因子も一人取り込み、ライバル会社への対抗運動と、相手の幹部達の弱みを握るために活動させていた。

 今は、成徳コーポレーションを狙っている。

 絨毯を敷き、本棚やサイドボード、テレビにオーディオ機器を置いた、まるでリビングのような社長室で、彼は携帯通信機で連絡をうけた。

 丁度、ブランデーをグラスに注いだところだった。

 会社の運輸トラックが襲撃を受けたというのだ。

 荷物は、イマジロイド構成のために今月、工場で使われる分の生体部品類だった。

 複数の犯人が所属しているコザール・ファミリーに雇われていたことも知っていた。

 真琴は冷静にグラスを片手で振りながらソファに腰を落ち着けさせると、内線を使い理事の一人を呼んだ。

 彼女は性格に十分後現れた。

 長い髪を後頭部で丸め、赤いミニワンピースに黒と赤のストライプ・ストッキングを細りとした長い脚に穿いている。

 眉が短くややつり気味の目は縁が赤く、丸みを残した相貌をしている。

 璃空風優(りくう ふうゆ)という街道因子の七番隊隊長である十七歳。愛想のよい雰囲気があった。

 彼女は真琴を相手に、すぐに笑顔になる。

 こうしてみると優しげで人当たりの良い可愛い娘と思える。

「呼んでくれたー!? で、誰殺せばいい? どんな奴!?」

 風優は眼を輝かせている。

 真琴は鬱陶しげに、少女から視線をはずし、ブランデーのコップを振りつつ、浮遊ディスプレイに顔を向ける。

「ちょっと、いきなり無視? 無視なの? 照れ屋なの? でしょでしょ、照れ屋さんなのね?」

「ニュースは見たか?」

「バッサリだな、おい! で、なにさ、あたしが見るのはアニメぐらいしかないって、知ってるじゃん」

「説明面倒くさいから、この動画を見ろ」

 真琴は浮遊ディスプレイを回転させて、ニュースを編集した事件の映像を流した。

 最初は面倒くさそうに眺めていたが、後半、風優の顔は真剣になった。

「へぇ、街道因子じゃん。七番隊隊長かな? 一時、組んだときあったけど、割と気があったなぁ」

「やっぱり、おまえの仲間か」

「仲間ねぇ……。まぁ、これ真琴の会社のトラックじゃん。禅渡は成徳コーポレーションに張り付いてたからねぇ」

 言いつつ風優は社長室のダッシュボードに並んだワインセラーから一本、瓶をとりだした。

「もってけ、二十年物だ。それで満足だろう」

 風優は振り返って真琴を人睨みすると、瓶を棚に戻した。

「やだよ、ワイン一本で仕事なんか。現金だよ、現金。ほら、出して束を。立つ奴を」

「やる気があるということでいいな。なら、仕事を与える」

「あー、いやー、ねー……?」

「なんだ? さっきは眼が爛々としてたのに、今更、尻込みか?」

「別にそういうわけじゃ無い!!」

 意地を張っているのが一目でわかる反応をする。

 真琴はブランデーに口をつけて、鼻を鳴らす。

「要は、報復してくれればいい。それも、社員とか街道因子とかの末端にかかわらずに 取締役や理事から、ウチの会社に盾突こうという意思をなくさせれば良い」

 風優は、不満そうな顔をして、どかりと、近くにあるソファに座った。  

「つまんねぇ……つまらないよ、そんなの。誰も殺せないじゃん!」

 彼女が吐く言葉の主語は、ことごとく「殺す」であるらしい。

「知らん」

 彼は立ち上がって、机の一つまできて引き出しを開けると、そこに入っていた物を、上に置く。

「ほら、欲しがってたものだ」

 立てさせた束は、百万のものが三つだった。         

「一任させてくれるんだよね?」

 風優は飛びついたりしなかった。

「……ああ、任せよう」

「なら、いいよ。殺ってやろうじゃん」

 満面の笑みを浮かべた風優は、札束を取らずに代わりにワイン瓶を手にしてドアまで行く。

「それ、成功報酬に取っておいてよ。上手くやるからさ」

 



 風優は革ジャンを羽織るとマスタングに跨がり、世田谷区にある真琴の家から大田区まで走らせる。

 静かで穏やかな海岸線から舗装された河が伸びた奥に森が続き、短い草の上にテントや車が大量に並んでいた。

 テントの一つの近くにバイクを乗り込ませていった。

 後部ドアを開けたままのヴァンのそばで、ビーチチェアに寝転がっていた男が、上半身を起こす。

「おや、風優さんじゃなですか。どうしました、こんなところに?」

 綺麗に洗ったシャツにハーフのカーゴパンツ、サンダルという姿の三十代の男は、人好きのする笑顔を向けてきた。

「いやさぁ途壱さぁ、最近なんだか荒れてるよねぇ」

 マスタングを止め、彼女はそばの防波堤に腰掛けた。

「んー、どうしましたー? 俺はいたって平和に過ごしてますけどねぇ。   

 途壱は再び寝転がり、のんびりした様子で答える。

「成徳の件が有名になってるよ」

「あー、アレねぇ」

 思わせぶりな笑みを浮かべる。

「ちょーっと、世話見てる奴らがヤンチャしましたかなー」

「なんのつもりでやらせた訳なの? 社長から言われた?」

「そんな事無いですよ。我々の独自行動ですよ」

「どーして、ああいう面白そうなことに、あたしを誘わない!?」

「あー、私も把握仕切れてないのでねぇ。もちろん、あのざまでしたので、風優さんがさんかしてくれたのなら、別な結果になったでしょうがねぇ」

「何が起きたかは知ってるんだ」

 風優は微笑む。。

 把握仕切れていないというのは嘘だろう。直感で、そう思った。

 途壱は真琴から事実上のクビを喰らい、住むところも奪われておきながら、まだ社会復帰を諦めてはいない。

 この人間の半グレは、人間であるという理由で迫害されることに、納得も理解もしようとしていないのだ。

 それで、いま企業がファイル・リストで戦々恐々としているときに、あえてウィズ・エンジン社と成徳コーポレーションを争わせた。

 それは直接、街道因子内での戦いにもなる。

 あえて、自分らを引き出して、天秤にかけたのだろう。勝った方に付く。リストの存在など平気なコミュニティとして、一気に企業を乗っ取るつもりだ。

「ねぇ、ねぇ、手を引いてくれないかなぁ? ウチらとしても困るんだよねぇー」

 笑顔はすごみに満ちていた。

 それも脅しの類いではない。

 確実に殺るかどうかの選択を前にしたものだ。

 殺気を察した途壱は、苦笑いした。

「私を殺るのはお門違いじゃないでしょうか?」

「決めるのは、あたしだよ」

「じゃあ、ちょっと協力してくれますかね?」

「ねぇ。社長は前金で三百万出したけど?」 

「一千万でどうです?」

「乗ろうか」

 あっさりと風優はうなづいた。 

「この際、どこでも良いのです。ファイルを持っているという言葉だけで、どこの企業も繰り人形になるでしょう。私が欲しいのは、会社等という小さなものではなりません。今の街道因子のようになりたいのです」

「へぇへー、実力はあるのかな、途壱さん」

 今度は嘲笑だった。

「街道因子そのものじゃ無くても良いのですよ。それに、街道因子も十一番目の隊長を隠しているじゃないですか」

「あいつは危ないからだよ」

「それぐらいの、威名は轟かしたいですね」

「あれ? それぐらいの事件、いくらでも起こしてなかったっけ?」

「やったはず何ですが……犯行声明も無視されて、全て迷宮入りになってしまっているんですよ」

「ふーん」

「街道因子なんて、ぶっ潰れれば良いんだ」

 風優は舌打ちしそうになるのを、言葉で抑えた。

「おや、風優さんも同じ考えですか」

「あたしも六番隊隊長してるけど、業界人が露骨に蔑みながら頭下げてくるんで、そいつらごと皆殺しにしたいのよ」

「どうして街道因子になんてなったのです?」

 質問に風優は柔らかな笑みを浮かべて、答えなかった。

「新しい組織作ろうか、途壱。名前は何が良い?」

「それも有りますが、理念も考えなくてはなりませんね」

「理念? 上意下達の形で、反抗したら殺すでいいんでない?」

「ホントに、血の気が多いですねぇ。トマトジュース、飲みます?」

「いらない! で、名前はどうするの? 世間をあっと言わすんだから、それなりのはったりある名前にしないとね!」

 風優は内心、喜々としていた。

「……ノアの箱船。N・アークでどうです?」

 途壱は押し切られたように、適当な思いつきを口にする。

「いいね、それ! 好みだ、良いよ良いよ!」

「まずは生け贄を仕立ててお披露目と行きますが、せっかく唾着けたのだから成徳から潰しますか。大義名分が必要ですが」

「そんなの簡単。街道因子を社会から締め出すのを名目にして活動始めれば良いんだよー」

「あなたもそうでしょう?」

「好きでやってる訳じゃないよー」

 愚連隊の時からの長い付き合いだが、途壱にはいまいち風優の嗜好の元がわからない。

「じゃあ、下調べしておいてね。あたしは行くよ」

 風優は停めていたマスタングに戻り、一発でエンジンをかける。

 彼女はそのまま、住宅街のある下町に向かった。




 新宿ゴールデン街は、相変わらずの喧噪だった。

 風優はなじみの小さな中年女性がやっている店で、ウィスキーのロックをちびりちびりと口に運んでいる。

 その顔は昼間に見せた物に比べて別人のように冴えない。

 酒が意識を濁らせているなか、思いは遠く過去をはせる。 

 飛沫が飛ぶ。赤く熱いものが、彼女に顔から服の上かでびっしりと。

 酷い悲鳴が鳴り響き、耳を圧する。

 床には、中年女性が、血だまりの中で倒れていた。

 襲撃者は、街道因子の隊長だった。

 風優が階段を降りてきたときの惨劇は、一生忘れられない光景だ。

 母親は地域で起こされたショッピングモールの顧問をしていた。

 クリーンな街を目指し、ヤクザとマフィアを排除しようとしていたのだ。

 そこの地域に支配権を持っていた犯罪組織が計画を潰そうと、街道因子を送りつけてきたのだ。

 風優はまだ十二歳だったが、無意識で街道因子の男を包丁で滅多刺しにしていた。

 同時に伸びてくる影を、少女の物が剥ぎ取って根を自分の足元に植え付ける。

 警察も手を引いた事件が起こった二日後だった。

 社会に対しての不信感で学校に行く気力失せた、放浪の旅に出ようと準備していたところだった。

 街道因子から誘いが来たのは。

 風優は一瞬迷いながらも、承諾した。

 あれから五年。

 琥珀色をしたウィスキーのグラスを傾ける。

 喉が焼け、食道に流れていく感覚がわかる。

「よーう、飲んでるな、俺も負けちゃいれないわ」

 店に入ってきたのは、猫背で、薄汚れたコートを着た青年だった。

「……へっへー、あたしに勝負挑もうなんざなんざウサギとカメみたいなもんだぜ? 女将、こいつに同じの一杯」

「あー、ウサギとカメって、なんだそれ?」

「うるせーよ禅渡、とにかく飲みなよ」

「あー、はいはい」

 完全な絡み酒になっている風優に禅渡は、大人しくすることにした。

「でね、おまえら殺せって命令きたんだけど、成徳潰してあんたは徳しないよねぇ」

「しねーなぁ」

「ファイルのこともあるし、結局、街道因子が美味いところかっさらっていくと思うのよ、といっても局長のことだけどさ」

「ああ、それで?」

 禅渡は、カウンターに置かれたウィスキーを手に持った。

「どうせなら、あたし達で成徳乗っ取っちゃわない? そして、ファイルにびびっているところを、全部取り込んで、東京一の会社を作るの」

「ほぅ?」

「一番のところは、街道因子を潰すところだけど、今の連中は企業とベッタリだからやりにくいのよ。だから、局長の力を無力化するために隠し球の十一番隊隊長を殺る」

「で、他の街道因子は?」

「あの人達は、地位をお金で買ったような者が多いから警戒することもないよ」

 禅渡はしばらく無言だった。

 チラリと風優をみると、妖艶な笑みを浮かべて、天井の角を見つめている。

「面白い。その話に乗ろじゃないか」

 言って、彼は席を立ち、トイレに入った。

 彼が帰って来たとき、風優の携帯通信機が鳴る。

 気怠げに、耳に当てる。

『おい、風優! 今何している!?』

 通信の相手は、コミュニティア・フロントの幹部だった。

「あー、どうしたの?」

『ウチの周りに住んでるコミュニティアが、E・Fの連中に公開株を買われているまっただ中に襲われている! 潰していいのかどうかわからん』     

「少し待ってて」

 風優はお湯を二杯飲むと、席を立った。

「F・Eとは意外なところが来たな。禅渡、ちょっと行ってくる」

「何かあったか。俺も加えろ」

「うん、追いてきて」

 風優はあっさりと言って、ムスタングを停めている駐車場まで歩いた。

 深夜に近い二十三時、風は生暖かく新宿は人混みで賑わっていた。

 ムスタングに跨がった風優は後ろに禅渡をのせて、真っ直ぐ世田谷にむかって走りだした。

 


F・Eは世田谷に支部をもつ。

 会社名だけ登録して、本社のオフィスを持たないコミュニティア・フロント社が集まっている河原で、F・Eの戦闘服を着た十数名と争っていた。

 コミュニティア・フロントは元愚連隊の実力組織だけあって、F・Eが鉄パイプににた警棒を振るってるところ、一歩も引き下がらずに応戦している。

 奥で途壱が、気合いを入れさせる為に、自らピッケルを持って仁王立ちしていた。  

 F・Eの襲撃部隊は、まだ半分ほど待機されているようで、道路に何台求めたヴァンに寄りかかる数名の様子が街燈に照されだしていた。

 そこに今にも止まりそうな低いエンジン音が近づいてきた。

 フードを被り、煙草を咥えていた維璃緒が、音に振り向く。

 ムスタングは半町ほど距離を置いて止まり、ふたりの男女が降りてきたかと思うと、真っ直ぐこちらに向かってきた。

 風優の酒は、すっかり抜けていた。

 代わりに禅渡はまだ酔っている状態だ。

「ちょっとー、フリー・エージェンシーが、あいつらに何のようでこのざまなの!? 返答次第じゃ、ただじゃ済まないとわかってるんでしょ?」

「街道因子だね? 待ってた」

「お待ちどうさま。やってきたよ。さあ、余計な争いはなしに、あたし達だけで、決着つけようか」

 維璃緒は、煙を吐いて首を振たままだった。

「なにか不満でも?」

「あなた方が、新しい組織を作ろうとしているのを知っているのよ。ここで、コミュニティア・フロントを潰さないと、先に進めないからだ?」

 風優は一瞬で理解した。だが、急すぎる。

「どうして、ウチのを手伝うようなことするの?」

「輪儀から、要請があった。手伝おうとしてなにがおかしい?」

「……ちょっと、待ってて」

 冷たく超然としている維璃緒を禅渡に任せ、風優は争いのかなに真っ直ぐに入っていった。

 当然のように、F・Eのメンバーが襲いかかってくる。

 だが、暗い中で扇を開くように三つ影展開させた風優に、近づこうとする者は、次々と文字通りに吹き飛ばされた。

 道ができて、途壱が風優を待つ。

 人々の真ん中で止まった風優は、口だけで笑った。

「はい、説明くださいな?」

「今、言った維璃緒のままだよ。ここに居るのは、不満分子だ。仲間割れする訳には移管しな」

 それだけだとは思えない。なにか裏がありそうだった。

「部下を切り捨てるにしても、自分の手は汚さないってやつね」

「おまえはそういうの好きじゃないか。ここに居る奴を好きにしていいぞ」

「冗談でしょうー、後であたしのせいにされたら堪んないからー!」

「なんだ、それぐらいの頭はあるのか。まぁ、おまえらの為にやってることだ。ヘタなことは打たせない」

 途壱は口だけで笑った。

 風優は背後を振り向いた。禅渡がニヤニヤ笑っている。 

「逃げてもいいと言った中で、最後まで残った奴らだ。元愚連隊のコミニュティ・フロントとしてな。こいつらは、その名前を背負って死ぬ気だ」

「どういうことだよ!?」

 風優には理解ができなかった。

「挟持だよ、俺たちの」

「途壱は?」

「俺は、あいつらの最後を見届けるだけだ」

 争いは、完全に風優を避けて、続いていた。

 一人、また一人と、コミュニティア・フロントの男達が倒れて行く。

「ウチは容赦しない。戦闘員は精鋭を連れてきた。まぁ、武器はお粗末だけど」

 背後で言う維璃緒の声は冷たい。

 怒号と叫びに満ちていた河原は、呻き声に満ちてそれすら時間と共に消えていった。

 表情を消していた風優は、やがていったんマスタングに戻ると、ワイン瓶をもって途壱のところに戻ってきた。

「ドメヌ・ルフレーヴの二十年ものだよ」

 うなづいた途壱は受け取り、十徳ナイフを出して栓を抜いた。

 一口、自分で飲んでから彼は歩きだし、倒れて動かなくなったコミュニティア・フロントのメンバー、一人一人の身体に少量ずつ、中の液体を上からかけていった。

 



 チカゲから連絡が入ったのは、会ってから十二日目のことだった。

『N・アークって知ってるかい、騨里?』

 姉貴めいた調子は相変わらずだ。

「なにそれ? 宝物か何か?」

『最近できた組織で、かなりのデカい会社なんだが、例のファイル・リストにのっていないって噂だよ』

「へぇ、いいところのかなぁ。邪魔するのが一つ減っていいかな」

『ところが、これがリスト逃れの連中が集まったらしいよ。しかも、君たちを狙っている』

「はぁ? どこのどんな奴らさ。全く覚えないぞ」

『自分で調べてみなよ。とりあえず、ウチはそこを遅う予定だが、何か不都合があったなら教えてくれ。今日中にだよ』

「わかった」

 昼食は燈華の希望でオムライスを造った。

 凝る騨里が半熟卵が割れる形にした。

 燈華は、図に乗ったのか無意味に旗を所望してきたので、あえて無視した。

 それでも、食事として満足下様子で、ソファに寝転がりながら、器用にウォッカをストローで飲み、ゲームに熱中始めた。

 何時もの昼下がりだ。

 騨里はソファの向かいにある藤の椅子にもたれる。

浮遊ディスプレイを広げてチカゲに言われたN・アークという組織を、空中のタッチパネルで検索してみる。

 会社名の下に、いきなり動画が現れる。

 映像は影を三体ほどを使ったシルエットの人物が、人々に容赦無く襲いかかっているものだった。

 もう一つの動画が自動的に続く。

 映像ではない。文字だけがひたすら並ぶ。

 要約すると、N・アークは街道因子から脱却した社会を目指す為に活動するというものだった。

「うっわー、ボロクソだよ。やばいんじゃないコレ?」 

 いつの間にか燈華が背後に来て、動画を見ていた。

 騨里はうなづく。

「しかもさぁ、この街道因子らしき影持ってる人物って、騨里そっくりじゃん」

「あー、そうだなぁ……チカゲが心配して連絡してくれた意味がわかったよ」

 携帯通信機から再び、音が再び鳴った。

 今度は通話ではなく、通信文だった。

 ”逃げろ。”

 書かれていたのは、短い文一つだけだ。

 送信相手が匿名になっているが、街道因子局長であることは確かだ。

 インターフォンが響き、思わず騨里は身体をビクリとさせた。

 反射的に遠慮もなく燈華がゲラゲラと笑う。

「なんだよ、やばいって言ったのは燈華じゃないかよ」

「だからって、その隠しもしないビビり根性ね! ホントに笑うわー。 どちたんでちゅかー? 怖いんだったら、押し入れにでも入っていていいんでちゅよー?」

「うっさいなぁ、何だよ押し入れって!」

 騨里は不満そうにしながら、ディスプレイを外のカメラに変えた。

 家まで直接やって来たのは、主井蘭だった。

 他のカメラを見ると、ドアの横に数名の特殊部隊(SWAT)が張り付いている。

 道路脇の要所要所にも、黒ずくめでヘルメットを被り、サブマシンガンをもった彼等が立っていた。

「あー……これは、あたしが押し入れに籠もろうかなぁ」

 画像像を見た燈華は最後にウォッカを瓶口からあおってから、テーブルに置く。

「籠もってるなら籠もってろよ」

「冗談、冗談! みんな余裕でぶっ倒してやンよ」

 ニヤニヤと燈華は笑って、招くように手を上下させる。

「いや、局長からは逃げろという指示なんだけども」

「この中を!? 無理だ、絶対無理だ」

『出番かね?』

 ジョーカが半笑いで騨里の頭の中に声を響かせる。

「おまえはまだだから黙ってろ」

 文句を言いたそうな雰囲気をだしながらも、ジョーカは引っ込んだ。

「殺さないようにしながら、突破はできるだろう、燈華なら」

「騨里はどーするのよー、まぁ、あたしが護りながら行くことなんて簡単だけど、どこに逃げるのさ?」

「それなぁ……」

 またインターフォンが鳴る。

 騨里はうなづいた。顔は晴れ晴れとしている。

「どこでも行きたい放題だよ」

 自分の頭の横をつつく。      

「ああ、ファイル・リストがあるもんね!」

「そういうことだ」

 だが、燈華の見るところ、騨里は確実に行き先を決めているようだった。

「じゃぁ、行こうぜ!」

 右手を大きく振り上げて、彼女はプラットホームの影を本体から一枚広げた。

 影の中から、鞘に入った刀を手にぶら下げた少年が現れる。

「ああ、じゃあ任せる」

 騨里は香料の紙巻きを、胸ポケットに三本入れる。

「はいもしもし、主井さんですか? どうしました?」

『ああ、君たちに話が合ってね、重要な』

「連絡いただければ、こちらから伺いましたのに」

『いや、外に漏らしたくない内容だからな。直接のほうがいい』

「直接会って、話ができるんですか?」

 蘭は怪しみだしたらしい。

『どうしたの? 早く開けてよ』

 騨里は燈華にうなづいた。

「今、開けますよ」

 燈華はアルコールの匂いをさせながら、玄関口に姿を消す。

 騨里もモンキーの鍵を持って、後に続いた。

 彼がドアを開けた  

 その脇を燈華が滑るように駆け抜ける。

 すぐに蘭の首を後ろから腕で巻いて、拳銃を突きつけると、影の少年はドアで片脇の特殊部隊員を思い切りぶつけて挟み込み、一方で壁に張り付いていた隊員を、空中で回転させて鞘から抜いた刀で、ひと突きにする。

 反射的に入り口前に移動しようとした相手を、少年は抜いた刀で脚をすくうようにして斬る。

 倒れかけたところを両手で握った刀で、容赦無く袈裟切りにした。

「待ちなさい! 私たちはあなた方と争う気はない!」

 蘭が叫ぶように言うと、燈華は銃口を耳にねじ込んだ。

「へっへー、これだけの戦闘員を引き連れて、何を言っているのかな?」

 横に悠然と紙巻きを咥えた騨里が出てくるが、蘭に一瞥をやっただけだった。

 ドアの間から逃げようとする隊員を、再び押すように三度ぶつけて、ついでにヘルメットの顎部分に掌底を喰らわせる。

 そのまま、モンキーを停めて有る場所まで、まるで何事もないかの日常と同じ様子でゆっくりと歩きだす。

 燈華はその後ろで蘭を引きづる。

 影の少年は射線に入りそうになる相手に、跳ぶように間合いに入り、次々と、一刀二刀で斬り倒していった。

「で、おまえらもほら」

 騨里は女性二人の口に、何の変哲も無い香料の紙巻きを咥えさせた。

 燈華は大人しく受け取ったが、蘭はすぐに吐き出した。

「私をどうする気?」

「それは、これから行くところで、全て決める」

 モンキーを騨里は広げた影の一つに沈めて、路肩に停められた警官のセダンに乗り込んだ。

 燈華は蘭を後部座席に押し込むと、その隣に座る。

 鍵は刺さったままだ。

 エンジンを起こすと足立区から走り出した。




 新宿の雑居ビルそばに車を停めると、すでに蘭は諦めたのか大人しくなっていた。

 ローフ・ファミリーの本部だと気づき、安心したのもあるのかも知れない。

 騨里は二人を連れて、鍵の掛かっていない入り口から中に入った。

 まるで一般企業のように、受付嬢を配したカウンターがあり、脇には小さいオープンテラスも入れている。

「騨里という。チカゲさんに会いたいんだが?」

 受付嬢に言うと、相手は驚きもせずに事務的に内線を繋いだ。

 ヘッドセットでの対応を見せないよう、裏に回った彼女は、すぐにもどってきた。

「お会いするそうです。最上階へどうぞ。わたくしが案内いたします」

 そのままエレベーターで会長室の横にある客間に通される。

 ガラス張りの四方で、まだひとの少ない繁華街が一望できた。

 ソファに蘭を挟むように座ると、チカゲが部下を連れて入ってきた。

「色々あったみたいだね、騨里」

「どういうことです? 無駄死にした方が一人出たようですが?」

 さすがに騨里は怒りを抑えきれないかのように、皮肉る。

「君でも気がつかないないか……」

 チカゲは、疑問だらけだという風な騨里のそばまで行くと、蘭の影の一つに手を伸ばした。

 びりびりという音を立てて影を引っぱり、蘭から影を引き剥がす。

 掲げるようにした影を、チカゲは好奇の目で眺めた。

 蘭はというと、気がついたかのように一瞬、目を見開き、辺りを見回した。

「ここは……?」

「ふむ。逆探した。街道因子のものだよ、これ」

 蘭を無視して、チカゲは騨里に言う。

 局長からのメッセージはそのことかと、騨里は納得した。

「で、主井、最近連中と接触があったのかい?」

 蘭はなんとなく事情を察したらしい。

「……はい。といっても、彼等がいたという乱闘騒ぎの跡ですが」

「準備の良いことだ。騨里、どこの隊長かわかる?」

 彼も独自に影を解析していたところだった。

「いえ。街道因子はまとまった組織じゃないので。それぞれが、勝手に活動してますからね。正直、わかりかねます」

「そうかい。なら、ちょっと罠にかけてやろうじゃないか」

 チカゲは軽く笑った。    

  

          


 ニュースの速報が流れる。

 警視庁が、街道因子が隠していた幻の十一番隊隊長を逮捕したのだ。

 その存在だけでも、都民は知ってる物は少ない。

 彼等は食い入るように、細かい情報を知りたがった。

 報道では、容疑者は街道因子の中でも最も様々な事件に関わりを持つ、最重要人物とされていた。   

目元にモザイクが入った写真が映され、予測できる過去の事件がピックアップされる。

『容疑者として捕まった彼は、足立署に移送される模様です』

「へぇ、上手くいったんじゃんっ」

 風優はF・Eの本部で、うとうとしてたところだった。

「まだ、これからだな。まぁ、すくなくとも一番、面倒なのを無力化できた。次の奴を孤立化できたってことだ」

 禅渡はスキットルを口に付け、満足げな笑みを浮かべる。

「次の奴? 他に殺す相手いるっけ?」

 風優は訊きながら手元にあったポテトチップスを口に入れる。

「悠季深咲というやつが、奴にはりついている街道因子だと、裏が取れている」

「勧誘は」

 禅渡が訊くと、維璃緒は冷たい目を返した。禅渡は相変わらずの極端な猫背だ。

「見せしめって必要でしょ、N・アークをぶち上げるのにな」

「殺せ殺せー! 悪名をぶちあげろー」

 風優に苦笑しつつ、言葉を続けた。

「これで警察から我々が彼を引き取ることができれば、全国にN・アークの力を見せることができるねー」

「準備は?」

「幹部にはちゃんと嗅がせてるよ。その後、どうする十一番目? 殺して良い?」

「良いんじゃ無いか?」

 禅渡は熱い息を吐き出し、同意した。

「ただ、あんた一人でできるかどうかだけどな」

 肩を揺らして笑い、スキットルを振って軽く茶化す。

「あなたにならできるというの?」

「わからんなぁ。正直、情報が足りん」

「なんだよー、慎重だなぁ。やれるかやれないかの、二択で十分じゃないのー?」

 維璃緒は、単純明快につづけた。

「まぁ、騨里は私に任せておいて、悠季深咲とかいうのは、二人に頼むわ」

 笑っている口元はそのままに、禅渡は鋭い目つきになった。 

「因縁でもあるらしいな」

「ちょっとばかりね」

 維璃緒は鼻を鳴らして嗤う。

 バリボリと、口いっぱいに菓子を詰め込んだ風優は、うなづくだけの返事をする。

「じゃあ、N・アーク初の作戦ということで、成功を祈ろうか」

 禅渡はまた、スキットルを傾ける。

 風優はポテトチップスの袋を掲げ、維璃緒は部屋の隅にビール缶を取りにいってから、一度掲げて、中身を喉に流し込んだ。

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