あの時の彼等に起きていたこと。5
「こんなもの! こんなもの…が…!!」
見知らぬ家族が写った写真立てを執拗に踏みつけ破壊する夫。当然、本当なら彼の異常な行動を止めるべきなのだが……私には、どうしてもそれをやるための手を伸ばせないでいた。
何故なら、私は知っていたからだ。彼がそうなった原因がその写真立て……正確にはその中にあった写真の家族にあることを!
「あ、明美、導さんを……旦那さんを止めないと……」
「…………」
「聞こえてるの明美! 旦那さんを止めなくていいの!?」
「ハッ!」
葉子からの呼びかけに気づいた私は、今さらながらに取り乱す夫へ向かって声をかける。
「りゅ、隆一さん! とにかく落ち着いて!」
声が届いたのか、それとも本人の気が済んだのか。夫は肩で息を切らせて自分が踏み壊したボロボロの写真立てを見つめる。
そう、まるで憎悪がこもった眼で……だ。
「ねぇ明美? 旦那さんはどうして?」
葉子から夫の行動を心配されてるが、心当たりがある私は……
「ごめん。悪いけど今は何も訊かないで」
と突き放して答えるの拒否。そして、そんなやり取りからひとしきりの時間が過ぎた頃に?
「すまんな……みっともないところを見せて」
夫は自らの行いを反省し、私達へ謝罪する。
「え、え~と、どうにか取り敢えずは落ち着いたみたいですし、ここは一旦、この家を出て方向性を考え直しませんか……ね?」
気を遣って場の空気を変えようとする春野さん。彼女の言う通り、ここに居続けるのはあまり良くない感じがする。よって提案を受け入れ、私達は外へ出るための玄関へ向かうことに……
「――――さぁ、外に出るわよ。忘れ物はないわね?」
一応の確認を終え、私が扉へ手をかけようとした時……ガチャ!
「え?」
あと数センチで手がかかるところで、扉の反対側には何者かの気配が!
「下がってろ明美!」
突然の非常事態に、夫が私と葉子を守るように前へ飛び出て身構える!
「隆一さん!」
「いいから!黙ってオレの後ろに下がってろ!!」
強い口調の命令に従うなか、玄関の扉はゆっくりと開けらる……
「アナタ達、ここで何をしてるの?」
現れたのは白いマントを纏った一人の女性……いや、十代後半に思える少女だった。
「な、何をって……キミの方は?」
夫は意外な姿の訪問者に戸惑いながらも訊ね返す。
「アタシ? アタシはこの家の元住人だけど?」
「えっ、住人!? この家には人が住んでいたのか!?」
てっきり空家と思っていた夫は元より、私達はまさかの事実にひどく慌てる。だが、そんな様子を目にしても少女は淡々と会話を続けていく。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。アタシはあくまでも元住人。別に咎めるつもりなんてないし、ここに来たのだってただの気まぐれに過ぎないんだから」
「そ、そうだったのか? あ、いや、それでも勝手に侵入したのは申し訳なかった。その……オレ達は人を探していて……たまたまここを調べていただけなんだ」
「人探し? 誰かを探してるの?」
「あ、ああ。オレと妻の明美は息子を。っで、こちらの女性は……」
「私は娘を探しているんです。名前は春野 香なんですが……ご存知ありませんか?」
「え?」
葉子が娘の名前を口にした途端、少女は訊ねるように口を開く。
「ハルノ=カオリ……もしかして、黒淵の眼鏡をかけた女の子?」
「娘を知ってるの!?」
葉子の目の色が変わる!
「え、ええ……あの娘なら、今はアタシの屋敷で保護してるわ」
「保護!? 香は無事なんですか!?」
「多少の疲弊してたけど、もう一人の少年と一緒で無事でいるわ」
「少年ですって!?」
「少年だって!?」
今度は私と夫が揃って目の色を変えた!
「き、聞かせてちょうだい!」
「その少年の名前を!!」
「少年の名前? え~と、確か……」
「「早く!」」
答えを待ち切れない私と夫は、それぞれに右と左で少女の両肩を力一杯に掴んで揺らす。
「ま、待ってよ! い、今答えるから!」
必死に迫る私達に、少女はたじろぎながら開口。
「ススム……彼の名前はキド=ススムよ!」
「キド……」
「……ススム?」
聞き覚えがない名前に、私と夫は期待が外れてガックリと肩を落とす。
「ハハハ……やっぱりそう上手くはいかないものよね……」
「そう言うなよ明美。春野さんの娘さんが保護されてるって情報があっただけでも十分な朗報だろ?」
「……そうね」
夫の言う通り、葉子の娘が保護されていたのは朗報だ。だけど、それでも私は……
「ごめんなさい明美。その……私の娘だけが……」
「ううん、気にしないで葉子。それよりも、香さんのこと……よかったわね」
「……うん」
彼女が羨ましい。正直に言って「何故、見つかったのが私の息子じゃなくて、アナタの娘なの!?」と叫びたいくらいは…………やめよう。これ以上考えたら頭がどうかなりそうだ。
私は取り敢えず自分の感情に蓋をし、葉子の身体をやさしく抱き込む。
「あ、明美?」
「よかったわね葉子。早く娘さんに会いにいきましょ!」
彼女が羨ましい。自分の子供に会えるかも知れないという彼女がすごく羨ましい。でも……それでま私は……
彼女が愛する我が子に会えることがとても嬉しい!
そして、そんな矛盾した気持ちを理解してくれてるからこそ彼女は……
「明美……ありがとう」
そう私に言ってくれるのだ。




