シルベの昔話3
最後の大会から一ヶ月が経った昼下がりの日曜日。既に部活を引退して受験生になった身のオレは、自宅のリビングにあるソファーにて穏やかな夢の世界は堕ちていたが……
「ちょっと輝道。そんなところで寝ていたら邪魔よ」
しかし、突如何者かの声によって意識を現実へ引き戻されてしまうことに。
「んにゃ……?」
目覚めたばかりの眼で見上げたその先には、埃でも払おうとしていたのか、はたきを手にした母親が仁王立ちしていた。
「ああ……母さんか……ごめん、今退くよ……」
オレは掃除の邪魔になるだろうと、仕方なく別の場所へ移動しようするが?
「待ちなさい輝道!」
「え?」
呼び止められて振り向くと、先程の姿のままの母さんが怪訝そうに口を開いた。
「ねぇアナタ、自分の立場がわかってんるの?」
「立場って?」
言われてる意味がわからずにキョトンとしてると、母さんは呆れたように続ける。
「はぁ、アナタは仮にも……いえ、正真正銘の受験生なんでしょ? こんなところでダラダラと昼寝していていいものなの!?」
「あ~」
「『あ~』じゃないわよまったく……」
さらに呆れる母さんは「やれやれ」と頭を抱えて嘆く。
「……それで、進路は決まってるの?」
「進路って?」
「輝道ぃ~!」
うっ、これはちゃんと答えないと本気で怒られそうだ!
「わ、わかってるよ! 高校のことなんだろ?」
「ええそうよ……っで、どこの高校を受験するつもり?」
「ど、どこって……」
一応は二、三校程は考えてはあるが、どれも一般的には滑り止めとして受けるようなレベル。よって、それらを本命にしてるとなかなか言い出せないでいたら……
「そうだ! まだ決まってないなら渚崎高校なんてどうなの? あそこなら家から近くて歩いていけるわよ?」
「近いって……あのね母さん。いくらオレでも、自分の人生を左右しかねない受験先を“近い、遠い”くらいで決めたりしないよ?
それに、そもそも渚崎高校はかなりの名門校。とてもじゃないけど、オレの成績では無謀過ぎるよ」
言葉にした通り、確かに渚崎高校は優れた名門高校だ。特に“進学、就職”の道を進む上での学科や資格へのサポートが充実しており、入学さえできればある程度の安泰した人生が手に入るさえいわれてる。
ただ……それだけに競争率は高く、毎年多くの受験生が泣きをみているのが現状なんだけど……
「ふぅ……あのね輝道? “無謀”なんて後ろ向きなことを言うけど、アナタが普段からちゃんと勉強さえしておけば……」
「ちょ、ちょっと、タンマ!」
「何よ?」
まずいな、このままだと二時間は説教コースだ。そう考えたオレは……
「ご、ごめん母さん。今日は図書館で友達と勉強する約束をしてたんだった!」
咄嗟に思いついた嘘を使ってこの場から逃れようと画策。
「図書館で友達と? ふ~ん……まぁいいわ。それなら帰りに玉子と牛乳を買って来てくれるかしら?」
「あ、うん。了解」
そして、どうにかこのピンチを脱することに成功するのであった。
「――――さてと……逃げ出したのはいいけど、これからどうするかな? 本当に図書館で勉強するってのも手かもだけど……」
宛もなく人通りがまばらな商店街をブラついていると、突然背後から声が……
「導……君?」
「!?」
ゆっくり振り向くとそこには?
「橘?」
「やぁ!」
「驚いたな。まさかこんな場所で出会うとは!」
思わぬ偶然に驚くなか、橘はなぜか神妙な顔をしていた。
「どうしたんだ? 何か暗い感じするけど……どこか具合でも悪いのか?」
この質問に橘は首を振って……
「いや、特に何もないけど……それよりも導君。今って時間あるかな? ちょっと話したいことがあるんだ」
「話?」
雰囲気的にいって「一緒に遊ぼうぜ!」っていう訳でもなさそうだが、別に断る理由もないので取り敢えずは了承する。
「ああ、いいぜ。じゃあその辺の……」
ここはスマートに「その辺の喫茶店で話そうか?」と続けたいところだが、あいにく財布の中には卵と牛乳が買える金しかないので……
「その辺の公園で話そうか?」
――――数分後、オレ達は適当に近くにあった寂れた公園へ移動すると、そこにあったベンチへ一緒に腰を下ろす。
「っで、話ってのは?」
「うん……じつは、キミに謝りたいことがあってね」
「謝りたい? お前、オレに何かやったか?」
覚えがないことなので首を傾げていたら、橘は再びあの神妙な顔で話しかける。
「いや、“何かした”と言うよりも“何もしなかった”という方が正解かも知れない」
「何だよそれ? ずいぶんと回りくどい言い方だけど?」
「ハハハ、回りくどいか……そうかもね。だったら単刀直入に言わせてもらうよ」
「おう! どんと来い!」
何を話されるかは知らないが、取り敢えずは胸を力強く叩いて相手の告白に備えた。
「……ボク達の最後の大会……覚えてるよね?」
「え、そりゃあ……まぁな……」
予想だにしない話題には少し戸惑ったが、それでも一応の相づちだけを打つと?
「すまなかった」
あろうことか、橘はいきなり土下座する!
「お、おい、橘! お前、何やってんだよ!」
慌てて止めようとするも、当の本人は頑なにこれを拒否。そして、その体勢のまま自らの想いを伝えようとする。
「すまなかった……キミの……キミの努力を無駄にしてしまって……」
謝罪……というよりも懺悔に近い印象を受ける橘の言葉と行動。意味がわからないオレは、ただただ困惑するしかなかった。




