城戸 進6
辛くも廃集落から脱出できたオレと春野さんは、再び例の物置小屋へ帰還して身を潜めていた。
「ふぅ……どうやら大丈夫みたいだな」
オレは扉の隙間から周囲の様子を確認して安心すると、体育座りをしている彼女へそれとなく話しかける。
「それにしてもさっきのアレ……よくあんな箒ひとつでアイツをやつけられたね?」
「ハイ、一応はこれでも段持ちなので……」
「段持ち?」
「私、子供の頃から剣道をやってるんです。ちなみに段位は二段になります」
「二段……すげぇな」
「いえいえ。所詮はただの嗜みみですから大したことはありませんよ」
「嗜みって……」
笑顔で何でもなく言ってるが、間違いなく大したことはある。
「ところで城戸さん。これから先のことはどうします?」
「先か……そうだなぁ……」
そう言われても正直な話。未だに何もわからないこの現状では、どうしようもないのが本音。けど、だからといってこのままジっとしていても埒が明かない……なんてふうに頭を悩ませていたその時だ!
コンコン!
突然、何者かが物置小屋の扉を叩いた!!
「城戸さん!」
「くそっ、さっきのヤツの仲間にでも嗅ぎ付けられたのか!?」
ただならぬに事態に危機感を持つオレは、無意識に春野さんの前に立って身構える。
「き、城戸さん……私……」
「大丈夫、大丈夫だから!」
怯える彼女をどうにか宥め、扉の先にいるであろう存在に警戒してると?
「アタシはアナタ達の味方よ。ここを開けてちょうだい!」
若い女の声だ。それに味方とは一体? 想定外の展開に堪らず質問する。
「ア、アンタが味方だという証拠はあるのか?」
「証拠は……ないわ。でも、アナタ達の味方なのは本当よ!」
証拠がないのに味方といわれてもなぁ……オレは春野さんと顔を見合せて話し合う。
「どう思う?」
「わかりません……けど、声からはあからさまな悪意は感じませんよ?」
「悪意か……」
その後しばらくは共に沈黙。そして、互いに何かを確認し合うように頷いてから……
「わかった。今、扉を開けてやる。その代わり、そこからは少し距離を取っていてくれないか?」
「了解したわ」
ザッザッ……歩いて離れる足音が聞こえる。これなら扉を開けた瞬間にいきなり奇襲を受けても、最低限の対応だけはできるはずだ。
「よし……それじゃあ開けるよ春野さん。いいね?」
「ハイ!」
意を決し、ゆっくり扉を開ける……すると五メートル程離れた場所には白いマントを纏った少し年上らしき黒髪の女性が立っていた。
「……何者だ?」
訊ねられた女性は落ち着いた口調で答える。
「アタシはあなた達の味方。“転移者”を助ける者よ」
「転移者? 何だそれは?」
いきなりの意味不明な単語に首を傾げてると、女性は淡々と話し始める。
「転移者とは、別の世界からこの世界へやって来た人達……つまりアナタ達みたいな人達のことをいうわ。それと呼び方については、アタシが考えた便宜上の名称になるわね」
「…………」
女の言動には訝しむものがあったが……
「ねぇ城戸さん。別の世界からって……それってもしかして?」
「ああ、たぶんオレ達がいた世界のことだろうね」
瞬時に学校から見知らぬ廃集落へ移動した事実。それだけで判断すればだけど。
「その……どうやってオレ達がこの世界にやって来たかを聞きいても?」
「もちろん、そのことについての説明はさせてもらうわ。だけど……」
「だけど?」
「ここでは騎士団に見つかる可能性があるから、話は移動した先で……ってことになるわね」
騎士団……青い服の連中のことか? 確かに彼等と遭遇する可能性を鑑みれば、移動した方が賢明だといえる。
「わかった。それならその“移動した先”とやらに案内してもらおう」
「ええ、ついてきてちょうだい」
そうやって、彼女に案内されてたどり着いた先にあったのは……
「――――って、結局全てはあの女との出会いから始まっていたんだな」
移動しながら二年前のことを思い出していると、いつの間にか街外れにある春野さんとの落ち合い場所へ到着していた。
「さてと、たしかこの辺で…………」
暗闇の中で目を凝らして辺りを探る。すると?
「ここです。城戸さん」
そう静かに告げて物陰から現れるのは、まだ舞台衣装を身に纏ったままの春野さんだった。
「悪い、少し遅くなった」
「ううん、平気です。それよりも城戸さん、怪我は?」
「ああ、それなら多少の切り傷があるくらいで問題ないよ」
「そうですか。よかったです」
胸を撫で下ろしてホッとする彼女。どうやら相当に心配していたようだ。
「ところで、導くん……導 輝道は?」
「残念ながら、奪取には至らなかったよ」
「そうですか……でも、城戸さんが無事ならそれで……」
「彼に助けられたよ」
「え? ど、どうして!?」
春野さんは鳩が豆鉄砲を食らったように驚いた。
「正確には、オレよりもキミのことを助けたかったみたいだったよ」
「私を?」
「ああ。キミをより遠くに、より安全に逃がすために協力してくれたんだ。下手くそな芝居を打ってまでね」
「導くんが……」
「あと、キミのことをクラスメートだとも言ってたな」
「ク、クラスメート!? それ、本当に導くんが!?」
「ああ、間違いなくね」
「そうですか……そうなんですね。導くんが……」
どこか嬉しそうに言葉を弾ませる彼女。その真意はわからないが、少なくとも嫌な感情でないことは表情から容易に伝わってくる。
「――――じゃあ無駄話はこれくらいにして、そろそろ……」
「ハイ、みんなが待っている“黒いフードのアジト”へ戻りましょう!」




