暴れ馬
陽がすっかりが沈んで月が顔を出した頃。レナトスの街は昼間とはまた別の魅力を見せていた……っが、何故かオレはそんな魅力ある街中をネイさんと手を繋いで一緒に歩いている。
「あの、お姉さん? 《《これ》》……ものすごく恥ずかしいのですが?」
「何を言ってるのよシルベ! こんな暗い街中で、万が一にでも迷子になったら大変でしょ!」
「はぁ……」
そうは言うが、道行く人々からすれ違う度にクスクスと失笑されるのはかなり堪える。
「それに酒場はもうすぐ着くんだから、それまでは我慢しなさい」
「ううう……わかりました」
はぁ、これじゃ弟扱いどころか子供扱いだよ。
そんな不甲斐のない自分に思い悩んでいると、一つの疑問が思い浮かんだ。
子供扱いといえばだけど、それをするネイさんの年齢はいくつなんだ?
少なくとも彼女は、オレのことを十五歳の人間と認識した上で弟扱いをしている。だとすれば、彼女の年齢はどう見繕ってもそれ以上になる訳だけど……実際はどうなんだろ?
「……ねぇ、お姉さん? つかぬことを訊きますがよろしいですか?」
「何かしら?」
「その……お姉さんのお年齢は、おいくつなのかなぁ~っと思いましてですね……ハハハ……」
女性に年齢を尋ねるのは失礼な行為とわかっているので、なるべく角が立たないように訊いてみた。
「アタシの年齢ですって? 先月でちょうど二〇歳になるけど、それがどうかしたの?」
「い、いえ、ちょっと気になったもので……」
「ふ~ん、変なシルベね?」
二十歳か。オレよりも五歳年上なんだな。
そんな何気ない会話から彼女の個人情報を収集していると……?
「着いたわよ」
到着した先にあったのは、まるで西武劇の荒くれ者がたむろしてそうな外見の建物だった。
「こ、これは……如何にもって見た目だなぁ」
変な想像をしつつ眺めてると、入口の日差しの上には店名らしきものが書かれた看板が掲げられてるのが目に入る。
「すみません、お姉さん。あの看板は何て書かれてるんです?」
今さらだが、ここは異世界なのでオレは文字が読めない。
「看板? ああ、あれは“暴れ馬”と読むのよ」
暴れ馬か……なかなかに斬新な名前だな。
「それじゃ中に入るわよ」
「ちょっ、お姉さん! こんな出会い頭に銃撃されそうな店は……!」
止める間もなく、ネイさんは躊躇なく入店。
「これって、本当に大丈夫なのかなぁ……」
一抹の不安を抱きながら入店すると、さっそく店内を見回す。すると中は外からの見た目とは違い、意外にもシックで明るい内装だった。
「へぇ、けっこういい感じじゃない」
視界に広がるフローリングのフロアには、いくつもの丸い木製テーブル席が配置されており、それぞれの席では客達が酒や料理と大いに堪能している様子。
また、奥にはシンプルな造りをした落ち着いた感じのカウンター席が設けられている。
それと心配していた客層はというと、案外誰もが普通で、荒くれ者と呼べそうな輩は隅の席でちびちびと飲んでる髭を生やしたオッサンくらいしか見当たらなかった。
「へぇ、これは酒場というよりは、居酒屋やファミレスといった方が近いかもな?」
オレは予想外に店の雰囲気に安堵すると、今度はどこかに座れる席はないかと探し始め……
「シルベ! こっち!こっち!」
「ネイさん?」
声が聞こえた方向を見れば、既に真ん中のテーブル席を確保して堂々と座っているネイさんの姿が!
「一体いつの間に……?」
迅速な行動に驚きつつもオレは席に着く。すると、それを確認した彼女はさっそく……
「さてと……今日は何を頼もうかな?」
真剣な表情でメニューを眺め始める。
「え~と、お酒はこれにしてと……シルベは何を飲む?」
「オレですか? そうですねぇ、オレはまだ酒が飲める年齢じゃないので……」
「え? でも、シルベって確か十五歳じゃなかった?」
「そうですけど……もしかして、こっちで十五歳から酒が飲めるんですか?」
「え、ええ……この世界の法律ではね。シルベのところは違うの?」
「ハイ。オレの世界……というより、国では飲酒が可能になるのは二十歳からになりますね」
「に、二十歳って……シルベの世界は厳しいのね」
「ハハハ、かも知れませんね」
思いがけずに異世界の習慣に触れたオレは、多少なりとも勉強にはなったようだ。
「ふ~ん。それじゃあ、シルベの飲み物は……ミルクでいい?」
「あ、それでお願いします」
まさか、異世界に来てまでミルクとはな。
「次は料理の方だけど……アタシはいつもの“赤トカゲの香草焼き”にするけど、シルベはどうする?」
「オレは……あの、ここの料理って何があるんですか?」
当然のことながらメニューが読めないので、聞くしかない。
「そうねぇ……順当なところだと、ニンニクを使ったパスタなんかがあるわよ?」
「パスタ? パスタがあるんですか!?」
「あるわよ。ちなみに暴れ馬のパスタはどれも絶品って評判なのよ♪」
「おお! では、その今言ったニンニクのでお願いします!」
「決まりね。じゃあ注文するわ」
了承したネイさんは、目立つように右手を上げて大声で店員を呼ぶ。
「バーバラ! 注文をいいかしら!?」
「はーい、今いくよ!」
反応したのは赤髪を後ろに束ねた美人の女性店員。名前で呼んでるところをみると、どうやら知り合いらしい。
「やぁ、ネイ。しばらく……あれ? こっちは初めての子だね?」
「ハ、ハイ、導 輝道と言います!」
やや緊張気味の自己紹介に対し、彼女は笑顔で応える。
「ハハハ、元気な子だね。私はバーバラ=ルドー。気楽にバーバラと呼んでくれていいわ」
「じゃあ、オレも……」
ネイさんと同じように“シルベ”で呼ばせようかと思いきや?
「あっ、“シルベ”と呼ばせるのはダメだからね。それはアタシだけの呼び方なんだから!」
彼女自身からのダメだしによって断念。なので仕方なく……
「……テルミチの方でお願いします。バーバラさん」
「フフフ、了解したよテルミチ!」
オレは愉快そうに微笑む彼女を今一度観察する。
バーバラさんかぁ……背はネイさんより少し高くて、どことなく凛々《りり》しさを感じさせる女性。また、全体的に引き締まった身体に関わらず、胸のボリュームがネイさんよりも大目なのは魅力的であり……って、何を考えているんだオレは!?
そんな邪な自己嫌悪に陥っていたら、ネイさんがさっさと場を戻す。
「さぁさぁ、二人とも挨拶はすんだわね? それじゃバーバラ。注文をよろしくて?」
「あいよ! 何なりとお申しつけになってくださいな。お客様♪」
「そうねぇ……じゃあ、これとあれと……」
ネイさんは目的のものを次々と注文していく。そして、それが終わると……
「ご注文、承りましたぁーーーー!!」
受注したバーバラさんの威勢良い大声が店内へ響き渡るのだった。




