観光
「せやった、あんちゃん。忘れもんがあるで」
ネイさんとガラクタ部屋を立ち去ろうとした時、大男から声をかけれる。
「忘れもの? リュックならこうして背中にありますが?」
「ちゃうちゃう。コレ、あんちゃんの分や!」
そう言って渡されたのは、まぁまぁの重量感がある古ぼけた巾着袋だった。
「何ですかか、これ?」
「あんちゃんの取り分や。ほら、通りでやった芝居……かどうかはわからんが、とにかくあん時のおひねりや!」
「あー!」
そういえばそんなこともあったな。
「ワシからの詫び分も足しとるさかい、今回はそれで勘弁したってな!」
「ハハ、わかりました。それでじゃあこれで貸し借りなしということで」
そんなやり取りを終えてから簡単な別れの挨拶を済ませると、今度こそオレとネイさんはその場から立ち去るのだった。
――――その後、しばらくは路地を歩いているとやがて賑やかな通りへと抜けていく。
「さてと、さすがにお菓子だけじゃお腹が膨れなかったから、ここらで何かまとまったモノでも食べましょうか?」
「いいですね。オススメのお店とかあるんですか?」
「まあね♪」
異世界に来ての初めての食事かぁ。そうと思うと心なしか胸が弾むというものだ。
ちなみに昨晩のトカゲに関してはノーカウントにしているので“初めて”扱いからは除外してる。
「え~と、確かこの辺りだったと……あっ、あったわよ、オススメの店が!」
彼女が嬉しそうに指し示した先は、お祭りなんかで当たり前の様に見かける出店だった。
「アレですか?」
「そうよ」
オススメというからには、てっきり席に座って食べる店を想像していたけに意外だったな。
「いろいろな店を食べ歩いたんだけど、やっぱりこの辺ではあそこの黒トカゲ焼きが一番美味しいのよ♪」
「そ、それはそれは……」
またトカゲとは、何だか嫌な縁を感じるな。
「――――ぐちゃぐちゃ……ところでお姉さん。観光って言ってましたけど、どこかへ向かうんですか?」
オレは怪しい食べ物らしきものを涙目で噛みながら、訊いてみた。
「そうね。街の名所は幾つかあるけど……まずは無難に噴水広場にでも行ってみましょうか?」
「噴水広場?」
名前からして噴水がある広場なのかな……なんて当たり前のことを考えている内には案外早く到着していた。
「へぇ、キレイなところなんですね」
広場内を眺めるとそこは短い草によって作られた緑の絨毯が延々と続き、中央に作られた石畳のスペースには、見るからに芸術的な細工を施した立派な噴水が一定の間隔で涼しげな放物線を描いて人々を楽しませていた。
「ここは街のみんなにとっては憩いの場所として知られてるところよ。
それと、あそこに見える噴水……あそこから噴き出す水を一緒に浴びた恋人同士は、必ず幸せになれるという噂があって有名ね」
「こ、恋人同士!?」
オレは“恋人”という単語を聞いて、妙に浮き足立つ。
「ちなみに姉弟で浴びると揃って長生き出来るとかもいわれてるらしいわ」
「そ、そうなんですね」
姉弟か……恋人との話を聞かされた後だと、ひどく空しさを感じる。
「どう? せっかくだし、アタシと一緒に浴びてみる?」
「え?お姉さんと!?」
こ、これは、どっちの意味で言ってるんだ!?
「フフフ、冗談よ。着替えもなしにそんなことをしてたら風邪を引いちゃうわ」
「ハ、ハハ……そ、そうですね……風邪引いちゃいますもんね」
予想外の刺激的な発言にドキマギしていたら、ネイさんが静かに訊ねる。
「どう……少し歩く?」
これに対して……
「も、もちろん、お供しますよ」
っと、戸惑いながらも応える。
――――広場内を二人並んでブラブラ歩いていると、オレ達は何となく噴水の目の前にまでやって来ていた。
「どう思う?」
「え、立派な噴水だと思います」
「フフフ、そうじゃないわよ。この世界についてどう思うかよ」
「それは……いろいろと目を見張るものはありますが、正直まだなんとも……」
「……そっかぁ」
ネイさんはどこか遠くを眺める。
「あの、お姉さん?」
「何かな?」
「この世界と言いましたが、お姉さんはオレのことを本当に別の世界からやって来た人間だと信じてるんですか?」
仮説としては受け入れてもらえてるが、実際はどう捉えているのかと思い訊いてみた。
「……アタシはただ、シルベの言うことを信じるだけよ。それにそもそも……」
「そもそも?」
「ううん、何でもない。さぁ、次の場所へ案内……」
そこまで言いかけた時、急に目の前の噴水が激しく噴き出す!?
バシャッ!!
「きゃあ!」
「うわぁ!」
あろうことか、大量の水をかふせられたオレ達は二人一緒にびしょ濡れにしてしまった。
「もう、何よこれ! 先月に修理したばかりだと聞いていたのに……」
どうやらこの噴水、前々から調子が悪かったらしい。
「仕方ないわね。観光は一旦中止して、急いでアタシの家へ向かうわよ」
「お、お、お姉さんの家に!?」
いきなりの提案に驚いて思わず声がうわずった!
「そうよ。このままだと風邪を引きかねないから、早く着替えるなり乾かすなりしないとね」
「ハ、ハイ、そ、そうですね!」
オレはこの不意な形で降って湧いたシチュエーションには戸惑う同時に、思春期特有の妙な期待感も抱いてしまうのだった……