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04 (完)

「旅の戦士がサッティー氏の悩みを解決した、と評判になる」

「有名になりたい訳じゃないだろう? いまさら」

「ああ、違う。だが話が伝われば、ではその戦士はあの事件も片づけてくれるだろうか、とほかの悩みを持つ人間が考える」

「かもしれないね。次の仕事への保障? でもそれにしたって」

「まあ聞け。次の依頼人は、ふた親を亡くして、遺された畑を懸命に守っている健気な少女だ」

「……はい?」

「少女は、こう言う訳だ。ささやかな畑を食い荒らす獣をどうか退治してくれませんか、お金はご用意できませんがせめて一晩わたくしを……」

「ちょっと待った」

「と言うのは冗談にしても」

 特に待たずにガルは続けた。

「貧乏人が本気で困って、助けてくれと言ってくることはある。だが俺も慈善家じゃない。自分が食うに困ってるときには、他人を気遣う余裕なんてないんだ。懐が潤っていれば、無料奉仕でもやる気になる。そんなときは、依頼人が可愛いお嬢ちゃんじゃなくて、歯抜けの婆さんだってかまわない」

「つまり、お婆さんと一晩?」

「おい」

「冗談だよ」

 リーンはお返しとばかりに唇を歪め、君も詩人並みに想像力があるね、と続けた。

「それが君の『保障』って訳か」

「取れるところからは取る。取れないところからは取らない。それだけのことだ」

「ふうん」

 そうとだけ言うと、リーンは黙った。

「まだ何か文句……じゃない、意見があるか?」

「意見は、もうない。頼みごとならできた」

「何だ? いたいけな娘を騙すのはやめろとか、婆さんにまでは手を出すなとか、そんな話か?」

「まあ、それはしないでほしいと思うけど、いちいち頼まないよ」

 その代わり、と詩人は指を一本立てた。

「精霊と樹木の恋物語」

「何?」

「もう少し詳しく聞かせてくれる? いい歌になりそうだから」

「……は」

 戦士は笑った。

「お前の興味は、結局そこか」

「そこだよ。何か文句でも?」

「いいや、ない」

 ガルは両手を上げて、にやりとした。

「その代わり、意見なら、ある」

「……お伺いしようじゃない」

 挑戦を受けるとでも言うようにリーンは両手を腰に当てたが、ガルは冗談だと手を振った。

「まあ、とにかくこれでしばらくはのんびりやれる。お前も無理に稼がなくていいぞ」

「君の財布に頼るつもりはないけど」

「細かいことを言うな。金なんぞ、持ってる奴が使えばいいんだ」

 それがどうやらこの戦士の理屈であった。詩人は笑う。

「助かるけどね、僕は稼ぐためだけじゃない、好きで歌ってるの。もっとも、創作にかかっちまったら、しばらく店や街角では歌えないけれど」

「ほら」

 ガルは肩をすくめた。

「ちょうどよかったじゃないか」

「それは結果的に、だろ」

「結果が全てだよ」

「僕は過程も大事にしたいなあ」

 詩人と戦士、という共通点のなさそうなふたり組のやり取りは、やはり共通するところなどなさそうでありながら、不思議な均衡を保っていた。

 彼らが一緒に旅をするようになって二年近い月日が流れたが、長い時間をともに過ごしながらも互いに影響されていくということはあまりなく、それぞれの枠を保ち続けていた。かと言って、他人行儀でよそよそしいままであるということもなく、言いたいことを思うままに言い合える相手ともなっていた。

 殊、リーンにとっては、彼の秘密を知っている相手というのはつき合いやすい。ガルは彼を爺様爺様とからかってはくるが、それは逆に言えば、二十代の身体を持ちながら実は八十年以上生きているという彼のことをちっとも気味悪がっていない証でもある。

 非日常を日常とする戦士にとって、この詩人の不可思議な事情は、簡単に受け入れられることだったのだ。

「まあ、僕が勝手に君にくっついてるみたいなもんだからね。何にしてもあまり文句は言えない訳だけれど」

「しょっちゅう、言ってるじゃないか」

「意見だってば」

 詩人はそう主張した。

「ま、お前みたいなご老体のご意見には耳を傾けるさ」

「そうそう。子供は素直な方が可愛いよ」

 二十代に見えるリーンが「老体」と言われ、三十半ばに見えるガルが「子供」と言われているのを耳にした給仕は、どういう冗談なのだろうかと言うように首をひねったが、特に何も言わずに注文の品を置いていった。

「それで」

 運ばれてきた白身魚の焼き物をつつきながら、リーンはガルを見た。

「次は、どうする訳」

「そうだなあ」

 ガルは、(クト)の骨付き肉を行儀悪く手で掴みながら応じた。

「久しぶりに海が見たくなったな」

「海ねえ」

「何だ。乗り気じゃなさそうだが」

「潮風は、あんまりこの子によくないんだよ」

 と詩人は足元の弦楽器(フラット)を示した。

「別に潮風の吹きすさぶなか、演奏して歩き回る訳でもないだろうに」

「そりゃそうだけど」

 リーンは少ししかめ面をして、それから両手を上げた。

「でもまあ、たまには海神(アリスレアル)にご挨拶するのもいいか」

「海辺の街で森の歌なんざ、下手に山奥でやるより受けるかもしれないぜ」

「雰囲気が出ないけどなあ」

「そういうものを作り出すのも詩人の腕だろう」

「勝手なこと、言ってくれるね。ま、その通りだけどさ」

 吟遊詩人は肩をすくめて、楽器をつま弾く真似をした。

「しばらく田舎ばかりだったからな、ひとつぱーっと、派手な場所に行こう」

「じゃあ王城都市がいいかな。この辺りから行きやすいところと言うと……」

 ふたりは、それぞれの旅の経験からそれぞれが持っている頭のなかの地図を思い浮かべ、どの街道をどう通ったらどの街にたどり着けるか、それぞれで考えた。

 そして出した答えが一致したのかどうか――しかしその場では判らなかった。

 と言うのも、ふたりは地図を思い浮かべることを同時にやめ、同時にぱっと横に視線を向けたからだ。

「あ、あの」

 急に見られて驚いたのか、新来者はぱちぱちと瞬きをしたが、意を決したように続ける。

「ガルシラン様……で、いらっしゃいますか」

()

 リーンは小さく呟いて笑いかけたが、どうにかこらえた。

「ああ、そうだが」

 ガルは答えて、相手をじろじろと見た。

「何か用か?」

「あの……ぶしつけなお願いであることは判っているのですが、どうか、私の畑に現れる獣を退治してはいただけないでしょうか」

 年若い少女はすがるような目つきでガルを見て――戦士と詩人は顔を見合わせた。

「……ガル。いつの間に、予言の力を身につけた訳?」

 思わず小声になって、リーンは言った。

「馬鹿を言うな。お前が何かしたんじゃないのか」

 同じように、ガルも返す。

「僕は魔術師じゃないと、何百回言ったら判るの」

「あ、あの……」

 少女は戸惑ったようだった。

「す、すみません。私、あつかましいことを」

「まあ、待って」

 踵を返そうとする少女をリーンは呼びとめた。

「うん。いいところに目をつけたね。彼は専門家だから。どんな化け物でもちょちょいのちょいだよ」

「おい」

「で、でも私、本当はあまりお金が……」

「いいのいいの。無料奉仕。だよね、ガル?」

「……お前なあ」

 戦士は息を吐いた。

「とんでもない魔物だったらどう責任を取る気だ。そういうことは、きちんと話を聞いてから言え」

「そうそう。ちゃんと聞かないとね。と言うことで」

 リーンは立ち上がると、少女の腕を優しく取って、椅子に導いた。

「彼は話を聞いて、引き受けるそうだから。心配要らないよ」

 にっこりと詩人は言って、戦士は天を仰いだ。

「まあ、とにかく聞くとしよう」

 覚悟を決めたように、ガルはそう言った。リーンは満足そうにうなずいて、隣の席から椅子を引っ張ってくると、見物を決め込んだ。

 そうしながら詩人は、これはもしかしたら、とこっそり考えた。

 樹木と精霊の恋物語より、戦士ガルシランの歌の方が先にできてしまうかもしれない。

 少女の深刻そうな様子を見れば笑みを浮かべるのははばかられ、リーンは真顔で耳を傾ける。ガルシランはもとより、慣れた様子で少女の話に質問を差し挟んでいた。

 どうやら彼らが海を見に行くのは、もう少し先になりそうである。


―了―

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