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03

「メリセルフォートだがな」

 戦士は講義をするような口調になると、とんと指で卓を叩いた。

「木に懐くんだ」

「木に?」

そう(アレイス)。若木に惚れ込み、その木とともに長い年月を生きる。運悪く恋人ならぬ恋木(・・)木こり(センダ)に切られることもある。そうすると、悲嘆にくれる」

「それはまあ、くれるだろうね」

 想像力豊かな詩人は、「精霊が木に恋をする」という判りにくそうな感情について、特に疑念を差し挟まなかった。

「たいていは泣くだけだが、たまに行動力のあるのは恋木の種を追いかけて、息子だか娘だかにその面影を見て、それで泣く」

「……泣きにくる訳か」

そう(アレイス)

 ガルはまた言った。

「ご苦労なことだな」

 詩人が何か切なさのようなものを覚えたのに対して、戦士はちっとも感銘を受けないようだった。

「じゃ、サッティー氏の別邸の庭には」

「とあるメリセルフォートの、死んだ恋木の子孫が植わってた」

 そういうことだ、と戦士は肩をすくめた。リーンは黙り、運ばれてきた蜂蜜酒を一口飲んで、それから続けた。

「土いじりの理由は?」

「種を探したんだが、巧いこと見つからなかった。枯れ枝でもよかったが、庭師(ウェード)がしっかり仕事してると見えて、そういうのもなかったな。だから仕方なく、土にした」

「もう少し、説明が欲しいな」

 顔をしかめてリーンは要求する。仕方ない、とガルは続けた。

「死んだ恋人の思い出のよすがに息子の腕を欲しがる母親はいない。息子はその土地に文字通り根付いて(・・・・)いて、離れることはできない。孫もいなくて養子に連れることもできない。なら仕方ない、息子がよい世話を受けてる証でも持ってってもらおうと」

 そんなところだ、と戦士は締めた。

「腕が生木で、子供が種で、よい世話の証というのが手入れのされた庭の土って訳?」

「そんなところだ」

 ガルは、よくできましたとばかりにぱちんと両手を合わせた。

「俺が作った土塊はその晩の内になくなってたし、次の夜には声が聞かれなくなった。納得したんだろう」

「……だいたい、判った」

「なら、話は終わりだな」

「終わってない。これからはじまるところ」

 今度はリーンが、卓をとんと叩いた。

「それなら依頼人にその話をすればよかったじゃないか。どうして、化け物と斬り合って退治したなんて出鱈目を」

「そりゃ、向こうがそういう話を望んでたからさ。サッティー氏が聞きたかったのは、精霊と樹木の恋物語じゃない。化け物退治の専門家が気味の悪い化け物を打ち破ったという冒険譚」

「そうやって物語を作るのは詩人の役割で、化け物退治の専門家の役割じゃないと思うね」

「ならお前がやればよかったな」

「そういうことを言ってるんじゃないよ」

 とんとん、とリーンはまた卓を叩く。

「命の危険がなかったのに、多額の報酬を受け取ったことに対して、何か思うところはない訳?」

「ある」

 ガルはうなずいた。

「運がよかったな、と」

「あのねえ」

 リーンは呆れた声を出したが、ガルは片手を上げてそれを制した。

「道徳を説かれるのはご免だ、リーン。額面を提示してきたのは向こうだし、俺が最初からメリセルフォートかもしれんと思ってたことは確かだが、実際には想像と異なる、やばい化け物の可能性もあった」

「でも危険はなかった」

「結果としてはな」

「なら君は、そう言うべきだった。あれじゃまるで詐欺師(ジェルテ)じゃないか」

「俺は神官(アスファ)でもないんだ。くれると言うもんを断る理由なんかないね」

 戦士は少しも悪びれなかった。

「で? リーン、それがお前の言いたいことか?」

 アスト酒を飲み干すと、彼は追加を注文した。

「そんな気になるんだったら、何で依頼主の前でそう言わなかった」

「僕が判らなかっただけで、何か危険なことをしたのかもしれないと思ったんだよ」

 リーンは嘆息した。

「たとえば魔術師なんてのは、そんなことを言ったりする。何もしてなかったじゃないかと言うと、お前には判らなかろうがたいそう危険な術を行ったのだ、とかね」

 本当かどうかは知らないけどさ、と詩人はつけ加えた。

「なら、いまから戻って依頼人に真実を教えてやるか?」

「しないよ」

「何だ、しないのか」

 ガルは拍子抜けしたようだった。

「僕だって神官じゃないんだ。君の行ったことは少しばかり詐欺めいていると思うけれど、サッティー氏の悩みを解決したことは本当だし、金貨(ルイエ)単位で支払ったからって彼の懐はそれほど痛まない」

 それに、とリーンは続ける。

「最初から、文句じゃなくて意見だと言ってるだろ。僕は君の腕は知っている。本当に命を賭して戦うところも見てきた。だから、君なら詐欺みたいな真似をしなくてもきちんと稼げるのに、と思うんだよ」

「詐欺じゃない。言うなれば、保障だな」

「保障だって?」

 リーンは首を振った。

「危険がなかったことは認めるのに、何に対する保障なんだい。もしかして、そろそろ老後が心配になってきて、金を使うんじゃなくて貯める方向に考えはじめた?」

 それはそれで悪いことじゃないけど、などと詩人は言った。戦士は笑う。

「俺は生涯現役で行きたいね。年を取り、衰えて敗れれば、それは仕方ないことだからな」

「言っとくけど、お望み通りに戦いで死ねるとは限らないんだよ。怪我をして剣が持てなくなるとか、起き上がるだけもやっとだとか、そういう状態に陥ることだって有り得るんだからね」

「そんなことになったら、似たようなことをやってる後輩たちに、情報や助言という名の体験談を売るさ。俺もけっこう、先輩方から話を買ってきたもんだ」

「ご立派な将来計画だ。感心する」

 リーンは気のないように手を叩いた。

「そんなふうに言うが、お前はどうなんだ。しわがれ声の爺様になったら歌えないだろう。いまでも爺様だが」

「歌えなくても弦楽器はつま弾けるよ。手も動かなくなれば、さすがに引退だろうけど」

「そうなるにはあと二百年くらいかかる訳か?」

「かからないよ!」

 憤然とリーンは返した。

「僕は現状、ごく普通に年を取ってる。こんなに幸せなことはない」

「いつまでも若いままでいたい、というのが人の常だがねえ」

 ガルは面白そうな顔をした。

「現実に六十年、それをやってご覧。面倒ばかりなんだから」

 二十代の後半に見える吟遊詩人は、達観したように言った。

「もっとも、飽きるということはないね。年を取って旅ができないような身体になれば、僕はあの六十年間を懐かしがるかもしれない。何とも贅沢に、もっと時間が欲しかったなんて思うかも」

 先のことは判らないよ、と詩人は呟いた。

「ああ、そうだな。判らない」

 戦士も同意した。

「つまり、老後の蓄えなんかしても、明日死んじまえば無意味だということ」

「それが君の哲学(レルサール)ならかまわないよ。でも」

「でも?」

「それなら、何のために人を騙して大金を得た訳? 君は、金があるときは金遣いが荒いけど、ないときはきちんと節約して生きられるのに」

「ひとつには、あった方が楽だからだ」

「それは確かだけど、すぐに稼げるだろ」

「面白味のない、警備だの護衛だのをやればな。だが詩人よ、それじゃ歌になるまい?」

「……僕を気遣ってくれている訳かな?」

「有難くて涙が出るだろう?」

「出ないね、生憎と」

 リーンは唇を歪めた。

「面白がりたいのは君だろう。僕を口実に使わないように。それにだいたい、『保障』の説明にはなっていないよ」

「では説明しよう」

 こほん、とガルは咳払いをした。


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