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48.苛立ちの原因

お越しくださりありがとうございます。


 まずい。解消されるのだけは何としても阻止しなくては!

「調べてみたのですが、私とあなたは本当に婚約をしているようですね」

「はあ……」

 え、そこから?

「私はこの婚約自体に反対はありません」

「ほ、本当ですか!」

 私は思わず立ち上がってしまった。

「落ち着いて。座ってください」

「す、すみません」

「調書には淑女の鏡と書かれていましたが、少々誇張が過ぎているようですね」

 私は小さくなって席に戻った。

 ちょうど紅茶が来たので、一口啜った。

 全く味がしない。

「ねえぇ、ぼくのタルトはまだぁ?」

 リッカが前足で私の足をひっかいて催促する。

「その猫……」

 急に自分に話が回ってきて、慌ててネコっぽく前足で顔をかき始めた。

 わ、わざとらしすぎる。

 しかもそれ、さっきやったポーズだし。レパートリーが無さ過ぎますわ。

 レンはまだジーっとリッカを見ている。

「この子が何か?」

「いや、何か不思議な気配がすると思ってね。まあ気のせいか」

 レンは首をフルッと降ると紅茶を飲み干した。

「とにかく、この婚約は両家とも利のある契約です。ですので、このまま継続で行きたいと思うのですが、セリーヌ嬢の意見もお聞きしたい」

「私のですか?」

「はい。私が継続を了承しても、双方が納得しないことには成り立たないでしょう」

「も、もちろん、婚約の継続を希望します!」

 また食い気味に答えてしまった。レンが眉間にしわを寄せた。

 今まで見たことのないレンの冷たい表情に心が凍って行きそう。 

「では継続でまいりましょう。婚約者として正式な場に一緒に出ていただかなくては行けないことはあると思いますが、それ以外は好きにしていただいて結構です」

「好きに、とは?」

「醜聞になるようなことが無ければ、他の男性と交友を持つことも厭わないということです」

 私の目の端で、バルドが勢いよく席を立ち、それをサラ=アンが押しとどめた。

 私も視線でバルドに留まるよう指示を出す。バルドは一瞬レンをにらむも、しぶしぶ席に座ってくれた。

 ふうー。落ち着け私。

 好きな人を心から大切にするレンを私は知っている。

 大丈夫。

 私は無理やり笑顔を作った。

「それは、タレンツィオ様もという事でしょうか」

「私が女性と懇意にするとは考えられませんが、まあそういう事ですね」

ガチャガチャガチャ

 何の音かと思ったら、私の持っているカップがソーサーと当たって音を出していた。

 慌ててカップを置き、震える右手をテーブルの下で抑える。

 抑えすぎて右手に左手の爪が食い込んだ。

 だめだ。何を言ったらいいのか何も思いつかない。

「では、そろそろ私は行きます。次の予定が入っていますので」

 ああ! まだ何もできていないのに、レンが行ってしまう!

 何か、何かないか……。

 ふと街中で見た観劇のポスターを思い出した。

「タレンツィオ様、今巷で流行の観劇をしているようですの。今度見に行きませんか?」

「はあ?」

 レンの周りの温度が3度くらい下がった気がした。

「結構です。では失礼」

「ま、待って!」


 対応を間違えた。


 気づいたときにはレンは既にカフェの外に出てしまっていた。


 明らかにレンと私の間に分厚い壁ができたのを感じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  タレンツィオ=ラジヴィオラは馬車の中で無性にいらだっていた。


『あの、よろしければ向こうにフルーツタルトが美味しいカフェがありますの。ご一緒にお茶でもしませんか?』

『タレンツィオ様、今巷で流行の観劇をしているようですの。今度見に行きませんか?』


 私を引き留めるため女性が良く使う手段だ。

 媚を売る女性はうんざりだ。

 毎回お茶会などに参加すると群がる女性たち。

 皆年齢にそぐわない厚化粧に過度な装飾、そして耐え難い甘ったるい香水の匂い。


 ……セリーヌ嬢からは柑橘系のとても爽やかな香りがしていたな。

 いつかどこかで嗅いだような……。


 そういえば。

 私はなぜあんなに冷たい態度を取ってしまったのだろう。

 普段なら社交向けの笑顔でなんなく対応できたはずなのに。

 こんなに苛立つ必要は無かった。


 苛立ちと戸惑いが、いつまでも胸の中でせめぎ合っていた。

お読みくださりありがとうございました。

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