SS1.9 新たなる場所
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目を開けると、そこは質素な木造建ての部屋の一室だった。
部屋はベッドと机を置いただけの簡素な造りで、それだけで手狭に感じるほど小さな部屋だった。住んでいた離宮の部屋の方が何倍も大きい。
でも、寝ているベッドはふかふかで、シーツは清潔。かすかに潮の匂いがする。窓からはカーテン越しに柔らかな光が差していた。ずっと住んでいた離宮の部屋よりも何十倍も居心地よく感じた。
状況が飲み込めずベッドの上でボーっとしていると、階段を上がってくる音がした。足音が近づいてきて、トビラの前で止まる。しばらくすると、ノックもなしに静かにドアが開いた。
「あら、起きたのね」
水桶とタオルを持ったふくよかな女性が入ってきた。
俺は思わずベッドの端まで逃げた。
「うふふ。元気そうで良かったわ」
女性はサイドテーブルに水桶を置くと、タオルを絞った。
「いらっしゃい。体を拭きましょうね。浄化魔法石があったらいいのだけど、高いのよねえ」
女性はひょいっと俺の腕を取って拭き始めた。
「よ、寄るな!」
身をよじるが、全然逃げられない。
「じっとしてなさい。けがをしてるんだから、タオルがあたると痛いわよ」
それでもバタバタしていたが、女性は手際よく俺の全身を拭いて行った。
「はい。おしまい。夕飯まではまだ時間があるから寝てなさい」
解放された俺は、素早くシーツにくるまって女性が出ていく音を聞いていた。
み、見られた……! 何がとは言わないが、全部見られた!
今までは侍女が運んできた水桶とタオルで自分で拭いていたから、誰かにやってもらう経験が無かった。
結局次に夕飯ができたと呼ばれるまでシーツにくるまっていた。
「ほら、起きなさい!」
先ほどの女性が、いつの間にかそのまま眠っていた俺からシーツを勢いよく剥がした。
俺はクルンとベッドの上で一回りし、慌ててシーツを掴んで隅へと逃げた。
「それだけ元気ならご飯食べられるわね。着替え置いといたから、着替えたら下にいらっしゃい」
それだけ言うと、女性は出て行った。
足音が遠ざかると、のろのろと着替える。
着替え終わると、ベッドに腰かけた。
しばらくすると、またあの女性が上がってきた。
「あらやだ着替え終わってるじゃないの。早くいらっしゃい」
扉の前で俺を待っている。
「出ても良いのか?」
「何言ってるの。あたりまえでしょう。いらっしゃい」
俺は恐る恐る扉の外へ出た。
生まれて初めて「出ていい」と言われ、自分で扉を通って外に出る。たったそれだけなのに、自由になった気分になった。
「さあいらっしゃい」
女性に連れられて階下に降りると、40代くらいだろうか。ガタイのいい男性が大きな木のジョッキを豪快に飲み干していた。
「ぷはーっ! おお、来たか。座れ座れ」
俺は男性が指した向かいの席に、用心しながら腰を下ろした。
目の前にはまだ湯気を立てているパンと空の器がある。
「ほらたっぷりお食べ」
空の器に、豪快に白くドロッとしたものを女性が入れた。
中にはゴロゴロと大きく切った野菜や鶏肉の塊が見える。
チーズやクリームの混じった何とも形容しがたいいい匂いが鼻まで漂ってきた。
ごくっ
のどがなった。そういえば昨日の朝から何も食べていない。
木のスプーンを掴み、勢いよく口に入れた。
「熱っ!」
「ははは。いくらでもあるからゆっくり食べろ」
男性は愉快そうに笑ってまたジョッキを口に持って行った。
中身は酒だろうか。男性の顔が赤い。
今度はフーフー息を吹きかけ、冷ましてから口に入れる。
美味い……。
それからは夢中で食べた。
「ぐふぉっ、ごほっごほっ」
「ほらほら、慌てないの」
女性が俺の前に置いてくれた飲み物を一気に飲み干した。
「ふう」
一息つく。
でも食欲は止まらず、今度はパンを掴んだ。
オルランドの持ってきてくれるサンドウィッチも美味しかったが、こんなに温かい食事は始めてだった。体がポカポカしてくる。
「うまそうに食べるな」
「本当ですね。久しぶりに作り甲斐がありましたわ。あなたったらお酒ばかり飲んで、ちっとも作り甲斐が無いったら」
夫婦なのかな。本で読んだことはあるが、始めて見た。
「おいおい。そんなことはな……」
「?」
突然会話を止め、二人してこちらを驚いた顔で見ていた。
何なんだ一体。
男は1つ咳をすると、酒を置き、改まってこちらを向いた。
「自己紹介が遅れたね。私はガイナス=ダランコス。こちらが妻のメリッサだ」
メリッサがこちらに向かって微笑む。
「ここはブレジール王国南にあるマクライン伯爵領だ。私は伯爵家で騎士をしている」
「今いる家は私たちの宿舎よ。狭いけど一応一軒家を与えられてるの」
こんな人だけど一応騎士団長だからね、とメリッサはガイナスを指して笑った。
ブレジール王国だと? 俺は隣の国にまで捨てられに来たのか。
「君の名前を教えてくれるかい?」
ここでもオルランドの名前を使わせてもらった。
「オルランド君か。いい名だ。君はクレイドとブレジールの真ん中に位置する森の中で発見された。何か覚えていることはあるかい?」
尋問か。やはり何か疑われているのか。
「銀髪の少年が助けてくれたこと以外は特には」
「ラジヴィオラ公爵子息か。彼も無茶をなさる」
公爵家の人間だったのか。ならこの尋問もうなずける。
最後の記憶では段々冷たくなって行っていた。
「死んだのか?」
「いや、命は何とか取り留めた」
「そうか」
おれは安堵のため息を履いた。
俺を助けようとして誰かが死ぬのは二度とごめんだ。
オルランド……。
いや、死んだと決まったわけじゃない。
きっと、いや、でも……。
俺の表情を読んだのか、気遣わしげにメリッサが俺の手を取ってさすった。
少し有れているが、温かくて柔らかな手だった。
「初日からたくさん聞いて悪かったね。ご飯は済んだ? 今日はもうゆっくり休みなさい」
俺が部屋に戻ろうとしたら、メリッサが追いかけてきた。
「はい。お腹がすいたら食べなさい。お休みオルランド」
俺は無言でリンゴを受け取ると、階段を上がった。
階段を上がり、一番奥の右側が先ほど俺がいた部屋だ。
部屋の前に立ってみる。
外から中へ入るのがなんか不思議な気分だ。
ノブを回し、中に入る。
すんなり入れた。
今度は外に出てみる。
すんなり出られた。
しばらく繰り返し、満足するとやっとベッドに落ち着いた。
一日で色々あったな。
昨日の夜は離宮にいたのに。
オルランドはあの後どうなっただろう。
傷は深手で放っておいても死ぬと、侵入者は言っていたが、
本当にそうだろうか。
もし援護がすぐに来ていたら?
もし致命傷を避けていたら?
『アノ様、あなたは生きなければならない人だ!』
オルランド、お前が言ったんだからな。
言った本人がくたばってる訳ないよな?
ふと気配を感じ横を見ると、自分の姿が鏡に映っていた。
ああ、これを見て驚いたのか。
俺は黒髪・赤目の本来の姿に戻っていた。
珍しい色味ではあるけれど、クレイド王家だけに現れる色ではない。
王家ゆかりの者と気づかれたかどうかは……、多分かなり高い確率でバレただろうな。
確かタレンツィオがそんなことをにおわせていた気がする。
手の中のリンゴを見つめる。
二人が俺を見る目は決して嫌な感じではなかった。
それに……。
タレンツィオを思い出した。
オルランドに似たおせっかい焼きな変な奴。
あいつが無事でよかった。
あいつの知り合いなら大丈夫な気がする。
どちらにしろ、捨てられた俺に何も出来やしない。
もう少し様子を見るか。
俺はリンゴをほおばった。
とてもみずみずしく甘かった。
SS1 1部完
ここまでお読みくださりありがとうございました。
これでひとまずアノ君(仮の名をオルランド君)のサイドストーリーは一旦終わりです。
これからも合間合間にアノ君の物語を進めていこうと思います。
次回よりサラ=アンのサイドストーリーを予定していましたが、書いているうちに本一冊分位になりそうな勢いだったので、別の物語としてアップすることにしました。
明日アップ予定です。よろしければそちらもご覧ください。
よろしくお願いします。




