SS1.8 万事休す
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「ひとまずここに隠れて様子を見よう」
今自分が森のどのあたりにいるのかさっぱり分からない。周りは茂みで覆われ、どこもかしこも同じに見えた。今は窪地にいる。良い感じに四方を木が密集し、上は蔦がふたのような役割をしてくれている。
「俺なんか放ってどっか行けよ」
俺は小声で言った。
どこに敵が隠れているか分からない。先ほどから俺たちを探しているがなり声が響いている。木に反響し、それが近いのか遠いのか分からなかった。
「子供を見捨てられるわけがないだろう」
辺りを警戒しながらも彼は返答した。
「お前だって子供だろう」
「お前よりは上だ」
そういって、俺の泥だらけの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「止めろよ」
「大丈夫。俺が守ってやる」
彼は黙っていたら「氷の貴公子」として恋愛小説に出てきそうな怜悧で美しい顔立ちをしていた。でも笑うと急に温度が上がり、優しい顔つきになる。その顔がオルランドと重なった。
「セリーヌと連絡取れたらいいんだが……打つ時に音が出る設定と、送信完了時に光る設定は不要だったな。戻ったら早速変更を……」
なにやらぶつぶつ言っている。
「それは?」
「僕の最愛の人と連絡が取れる魔法石だ。たまたま道で怪しい馬車とすれ違って、君が小窓から青白い顔で外を見ていたから、てっきり奴隷商の馬車かと思って付けてきたが……まさかこんな展開になろうとは」
「違ったんだから、もう行けよ」
「奴隷商よりやばそうなのに置いて行けるか。なぜ君みたいな子供が殺されそうになっているんだ?」
正直に話して信じてもらえるのか? 王様の隠し子で、今まで隠されて育てられてきましたが、この度スペアの役割を終えたので殺される予定ですって? いや、無理だろう。多分俺の存在は世間に知られていないはずだし……。
どう答えたらいいものか逡巡していると、俺が言いたくないととらえたのか、また頭をなでられた。
いちいちオルランドと重なる。
「僕の名前はタレンツィオだ。君の名前くらいは聞いても良いかな?」
「……オルランド」
とっさにオルランドの名前を名乗った。
「オルランドか。良い名だ。これからの計画を話すよ。君が乗ってきた馬車とは正反対に私の馬を停めてある。もう少し休んだら、そこまで静かに行こう。できるね?」
「俺が生きているだけで不幸を招くとしても、お前は助けるのか?」
「お前じゃない。タレンツィオだ。そうだとしても、君のような子供が別人として死ぬ理由などどこにもない」
「見たのか?」
「まあね」
「……何かそれで分かったのか」
「僕もそこそこ名の知れた貴族の端くれだからね……いや、僕は何も知らない」
タレンツィオは首を振った。
「とにかく、オルランド、君は生きなければならない。いいね」
オルランドと同じことを言うんだな。
『アノ様、あなたは生きなければならない人だ!』
オルランドが俺の為にこいつを寄こしたのか?
俺は泥を両手でつかんで体中に擦り付けた。
「お、おい。何をしている?」
俺が奇行に走ったと思ったのだろう。タレンツィオは慌てだした。
「さっき地面に体がこすりつけられた時、体に活力が戻るような感覚があった。俺は土属性の魔法を使えるから、土から魔力を吸収できるのかもしれない」
「そんな話聞いたことはないが。それにもうその年で魔法を使えるのか?」
「数時間前に使えるようになった」
「……そうか」
タレンツィオは何かを察したのかそれ以降何も聞かなかった。
どれくらい経過したのだろう。長いような短いような。
「にゃー」
「ネコ?」
白い猫がこちらを見て何か話しかけてきた。手を伸ばすと、眉間にしわを寄せ後ろに避けた。
「にゃにゃにゃんにゃー!!」
「何か伝えたそうだな」
ネコはため息を1つついて去って行った。
「今、ため息つかなかったか?」
「眉間にしわも寄せていたような」
二人で顔を見合わせた。
雨も小雨になり、辺りから男達の声は聞こえなくなっていた。
「雨が完全に止んでしまうと足跡を残してしまう。そろそろ行こう」
少し首を出して辺りを確認した。
「誰もいないな」
なるべく足跡が隠せる場所を通りながら歩いた。俺の魔力も大分戻ったのか、だるさは無かった。
「よし。だいたい半分くらいまでは来たかな……ぐふっ」
タレンツィオが突然うめき声を上げた。背中を見ると、短剣が突き刺さっている。
「随分と遅かったなあ」
気づいたときには、四方を黒ずくめの奴らに取り囲まれていた。
「なぜ」
タレンツィオが俺を背に庇い剣を握った。
「なぜかって? そりゃあ繋いでいる馬の方に来ることは、誰でも分かるだろうお坊ちゃん」
「くっ」
「もう逃げられない。二人とも諦めな。まどろっこしいことは止めて、二人仲良く埋めてやるよ」
男は片手を振り上げた。
「よし、やれ」
黒ずくめの男たちが呪文を唱え始めると、ゴゴゴと地面の揺れる音と共に、周りの木々が動き出した。四方八方逃げ場がない。
「くそ。万事休すか……」
タレンツィオは、おもむろに魔法石を取り出した。
「セリーヌ=マクラインに永遠の愛を」
「あいつ何かするつもりだ。止めろ!」
黒い軍団の一人がタレンツィオの肩から下に向けて切り裂いた。
「うぐっ……」
丸い魔法石に付いたアクアマリンが光る。
と同時に上からすごい勢いで木々が土砂と一緒に大量に俺たちに向かって押し寄せてきた。
タレンツィオが倒れるように俺を抱きしめた。抱きしめられながら、俺はありったけの魔力を手に込めて前に突き出した。
くぐもった会話が聞こえる。
「死んだか」
「この土石流じゃあ助からないだろう」
「手が出てるじゃねえか。隠せ」
「おい! 向こうから騎士団の一団がやってきている。急いで逃げろ!」
「なんでこんなに早く。くそっ、行くぞ!」
バタバタバタ……
土石流の中に閉じ込められたが、どうやら生き延びたらしい。
俺の魔力が作動したか。土石流と俺たちの間を遮るように薄い膜が張られている。
「おい、タレンツィオ」
上に乗ったタレンツィオが重く、声をかけてみる。
反応が無い。
「おい!」
俺にあたっている肌から徐々にぬくもりが無くなっていくのを感じた。
「タレンツィオ!」
動かそうにも全く動かなかった。
「くそ!」
残っている魔力を総動員して土砂流を取り除こうとしたが、成功する前に魔力が尽きたらしい。
再び意識を失った。
お読みくださりありがとうございます。
ちなみに、アノ君が魔法で出した薄い膜は、魔力切れを起こした後もしばらくは消えない設定です。
次がアノ君のサイドストーリー最後になります。
朝の8時に更新します。




