SS1.1 名もなき者
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本日からしばらく、レンが助けた男の子のサイドストーリーが続きます。
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2023/7/11 修正
クレイド王国内における黒髪赤目の定義が後々矛盾する箇所が出てきたため、少し変えました。
今日、生まれて10年目にして、初めて離宮の外に出た。
と言っても、明かり取りのために数センチ隙間が開いているだけの、窓もない、粗末な馬車に揺られての外出だ。馬車の周りは黒いフードを被った謎の集団に囲まれているというおまけ付き。
この状況で明るい未来など期待するほど馬鹿ではないつもりだ。
救いかどうか分からないが、ガタガタ揺れる馬車の中、クッションも敷いていない椅子にガンガンお尻が当たり、その痛みと全身のだるさで恐怖も悲しみも感じる暇がなかった。
何時間走ったのだろう。
やっと馬車が止まり、外側からかけられていた閂が開けられた頃にはお尻の感覚は無かった。
離宮を出た時はまだ薄暗かったが、すっかり夜は明けていた。
雨が降っているため時間はよく分からないが、まだ夕方には早そうだった。
目の前は森のようだ。
「下りろ」
腕を引かれ下りる瞬間に、首から下げていたペンダントが頭からすっぽりと抜けて飛んで行った。
でも、あっと思う間もなく森に引っ張って行かれた。
母上の唯一の形見……まあ、いいか。
俺は、土の王国クレイド第二王子アノニマス(名もなき者)=クレイド。
俺は今日ここで死ぬ。
これは全て噂話で聞いた。
俺はクレイド王国の王太子と平民の間に生まれた庶子だ。
当時王太子だった今の陛下は、よくお忍びで城下町におりては酒場で酔っぱらっていたらしい。ある日酒場で働いていた俺の母親と知り合い、意気投合し、酔った勢いで情事に至った。その一回でできたのが俺だ。
まあ、王太子も運が悪かったとしか言いようがない。
母親は俺が生まれてすぐ、俺を連れて王宮へ来た。金がもらえるか、あわよくば王太子の側室になれるかもと夢を見たのだろう。
現実は甘くない。
王太子と同じ黒髪と赤い目の俺を合わせたが、当初否定された。
なぜなら、この世には目や髪の色を変える魔法があるからだ。こういう訴えは年に2,3回あるらしい。まあ夜遊びの多い王太子様のこと、こういうことがあってもおかしくないと、当時皆から思われていたのだろう。
ちなみに、黒髪赤目の人間は珍しいが、いないというわけではない。
しかし、これがクレイド王家に生まれてくると意味合いが違ってくる。
黒髪赤目のクレイド王国直系の血を引く子供が正統な王位継承者であり、黒髪赤目の王が統治する世の中は平和が訪れると長らく語り継がれてきた。
今まで黒髪赤目以外の者が王になったこともあるが、その統治は長くは続かなかった。
そういったわけで、当時栗色の髪と目を持つ第一王子しかいなかったところに、王家の血を引いているかもしれない黒髪赤目の俺の存在など、ただの厄災でしかないだろう。
次に母は、後々形見にもなった、王の子である証拠が刻まれたと言われている魔法石をはめ込んだブレスレットを見せた。
赤ん坊のころから俺の首にかかっていて、今までは何度も取り外そうとしても呪いのように取り外せなかったのに、先ほどあっさりと落ちた代物だ。
以降母親の姿を誰も見ていないらしい。
人知れず消されたんだろうと言う事だ。
王宮に連れて来られて直ぐに俺は離宮をあてがわれ、囚われの生活が始まった。
まだ男児が第一王子しかいなかったため、そいつに何かあった時の為のスペア。ただそれだけの存在。
浮気でできた平民の血を引く厄介な王子。しかも第一王子と2か月違い。厄さいしか生まなそうな存在。
さっさと勝手にくたばってくれればいいのに。誰もがそう思っていたのだろう。
俺の世話をする者はいなかった。
そんな俺の一番最初の記憶はシミの浮かんだ天井だと思う。手足が上手く動かせなかったから、まだ赤ん坊だったのだろう。
俺は腹が減り大声で泣いた。
泣いて泣いて泣きまくった。
誰も来なかった。
そう思ったかどうか分からないが、泣いても無駄だと悟ったのだろう。以来泣いた記憶が無い。無表情で天井を見つめる赤ん坊。さぞや不気味だったことだろう。
ただ天井のシミを見る日々。たまに思い出したように誰かが口に液体を突っ込んだ。
風呂どころか下の世話もされず垂れ流しの状態。皮膚は爛れ酷い状態だった。
思い返しても良く生きていたと思う。
ある日誰かが俺の部屋に入ってきた。しばらく俺を見つめ、そのまま部屋を出て行った。
出ていく前に「すまない」と発したように思う。でも当時の俺に意味が分かるはずもない。赤ん坊だしな。ただ、「あれ、ご飯は?」みないな事を思っただけだ。俺に近づく唯一の人間は、口に液体を突っ込む奴だけだから。
しかし、それを境に、俺の待遇はかなり変わった。
その日のうちに、匂いの染みついた家具は一心され、俺も風呂に入れられ、髪もバッサリと切られた。
食事も一応毎日食べられるようになった。
なんとか生きながらえ、歩けるようになった頃、部屋に定期的に使い古された本やら洋服やらが届けられるようになった。
服は大きすぎるわ、ところどころ破れているわで着れたものではない。まあ、寒い日に暖を取るくらいはできたけれど。
部屋中の扉や窓が全て外側からカギがかかっていて外に出ることのできなかった俺は、日がな一日、本を読んで過ごした。
本は落書きだらけで読めない箇所も多々あった。それでも部屋で唯一の娯楽だった。
最初は何を書いているのかさっぱりわからなかった文字も、なるべく絵柄の多い本をじっと見つめているうちに、並びに法則があることが分かってきた。
それが5歳の頃だ。
俺には3歳になるくらいから、一人侍女が付けられていた。この侍女は俺が全く話さないのを良いことに、やれ侍女長が嫌な奴だとか、騎士団の誰それが格好いいとか、仕事もせずずっと一人でしゃべっていた。母親のこともこいつから聞いた。
俺にとっては唯一の世界との繋がりだったこいつの話を一言一句逃すまいと食い入るように聞いた。こいつも無駄口叩かないのにしっかり聞いてくれる観客がいるのが気分が良かったのだろう。俺の食事をつまみに、俺のベッドにどっかり腰かけ、掃除も俺の世話もせずに話し続けた。
こいつが去った後はこいつを真似て話す練習をした。本とこいつの話した内容を比べ、徐々に読む、聞く、話すどれも問題なくできるようになってきた。
文字が読めるようになると、この量の書籍が、ハロルド=クレイドというやつの持ち物だったと分かった。
クレイドと名がつくのだからきっとこの国の王子なのだろう。
名前からして俺のお兄様かな。
最初の頃の本は落書きだらけ、あちこち破れていた。
最近の本は開いた形跡もない。
あまり出来はよろしくなさそうだ。
そうして世間からほぼ忘れられ過ごした。
7歳になるころには男性言葉、女性言葉の区別もつき、帝王学、経済学、魔法学もろもろの論文なども問題なく読めるようになっていた。
お読みくださりありがとうございます。
七夕ですね。だからと言って特に何かするわけではありませんが。




