32.雨
お越しくださりありがとうございます。
「あら、雨が降ってきたわね」
刺繍をしていたお母様が窓の外を見上げました。
窓にポツポツと雨があたっています。
小雨だから大丈夫だと思うけど、レンは大丈夫かしら。
最後(と言っても数分前)のレンからのメッセージは、
「カワワタツタ(川渡った)」
でした。その後まだ宝石は光っていません。
休憩がてら、レンにメッセージを送りましょう。
私はお母様から「水たまりとカエル?」と言われた、魔法陣の刺繍を脇に置き、送信魔法石を手に取りました。
「アメキヲツケテネ(雨気をつけてね)」
私はまた刺繍を再開しました。
レンからメッセージが来ない。
最後のメッセージが「カワワタツタ(川渡った)」のままです。
もうかれこれ1時間ほどになります。
私は刺繍を終え、今は自分の部屋で本を読んでいました。
でも受信用魔法石が光らないかと気になり、読書どころではありません。
5分おきに送って来ていたのに……。
どんどん雨脚は激しくなり、窓に当たる雨粒は当初ポツポツだったのに、今はバンバンと打ち付けるようです。ガラス窓が雨風で震えています。
レン……。
こんなに連絡が来ないのは、やっぱりおかしいわ。
メッセージを送ってみましょう。
「レンラクシテ(連絡して)」
レン、無事でいて……。
昼になり、雨脚がひどくなる一方です。
レンからの連絡まだない……。
何もする気がおきず、受信用魔法石を持ったまま外を眺めました。
物凄い勢いで荒れ狂っている海と、その上で枯葉のようにもみくちゃにされる小船が見えました。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
サラ=アンが紅茶とお菓子をテーブルにセットし始めました。
「サラ=アン、お父様は今日は家で仕事されているのかしら?」
「いいえ。本日は視察に赴いております」
「そう……」
お父様には頼れない。どうすれば……。
「ですが先ぶれがありまして、雨脚が酷くなってきたので、早めにお戻りになるそうです」
「本当に? いつ頃お戻りになるのか分かる?」
丁度その時、部屋の外が騒がしくなりました。
「あ、戻られたようですね」
私はサラ=アンが何か言うのも聞かず、エントランスまで走りました。
貴族のご令嬢の体で走るのはきついわ。
「はあ、はあ……お、お父…さま……はあ」
「セリーヌ! そんなに父が恋しかったのかい。ただいま」
「そんなことよりお父様」
「そ、そんなこと……」
「レンから連絡が来ないんですの」
お父様は不機嫌な顔でずんずん奥へ進んでいきます。
「お父様。レンが……」
さらにお父様に詰め寄ります。
「やっとタレンツィオ君もラジヴィオラ公爵家子息としての責務を思い出して真面目に帰路についているのだろう。それよりセバスチャン……」
お父様は私の言葉を遮り、自分の侍従に何か指示を出しながらさっさと行ってしまいます。
「お父様!」
さらに詰め寄ろうとする私にサラ=アンがこそっと耳打ちして来ました。
「お嬢様、伯爵様をねぎらって差し上げてください」
あー、お父様すねていらっしゃるのね。
そんな場合じゃないのに! というセリフをのどの奥に留め、呼吸を整えました。
セリーヌ、焦ってはだめよ。
はあー、ふうー。
コホンと軽くのどの調子を整えて、なるだけ優しい声で話しかけました。
「お父様。天候が悪い中、お仕事お疲れ様でした」
お父様の足がピタリと止まります。
「もう一声」
サラ=アンがささやきます。
「お父様が無事お戻りになられてセリーヌは嬉しいです」
お父様に向かってとびきりの笑顔を作りました。少々顔が引きつっていたかもしれませんが、それはご愛敬ですわ。
「ありがとうセリーヌ。お前の笑顔を見たら、疲れも吹っ飛んだよ」
お父様が両手を広げてきたので、腕の中に飛び込みました。
お父様ご機嫌ですわ。私のHPは少々削られましたが、これくらいどうってことありませんわ。
「お父様、先ほどは取り乱してしまいすみません。実は雨が降り始めたころからタレンツィオ様からの連絡が途絶えました。それまでは程5分おきくらいにメッセージが届いていたのですが」
「雨が降り始めたとなると……」
「大体1時間ほど前になります」
セバスチャンがすかさず応えます。
「1時間? あのタレンツィオ君がか?!」
レンの普段の行いのおかげ(?)でどれだけ異常な事かすぐに理解してくれました。
やはり、日ごろの行いは大切です。
「セバス、ガイナス=ダランコス騎士団長にすぐ会議室へ来るように伝えろ」
「かしこまりました」
「セリーヌ、私と一緒に来なさい」
私はお父様の後を急ぎ足で追いかけました。
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