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第二章 祖父との再会(2)


「悪魔召喚、か……」

 少しだけ驚きを目に表しながらも、ジェドは落ち着いた声で呟いた。

「それは、ツルギが関わってくる話かね?」

「いえ、違います」

 そこで何故彼の名前が出てくるのだろう。不思議に思いつつ、リーシャはきっぱりと首を振る。


「そうか」

 静かに呟くと、ゆっくりと目を瞑ってジェドは深くソファに身を沈めた。しばらくの間思考に身を委ね、彼は口を噤む。

 訪れる沈黙は重く、そして深い。しかし、リーシャは身じろぎもせずに彼の次の言葉ををひたすらに待ち続ける。

 やがて託宣を受けた預言者のように、ジェドは目を瞑ったままおもむろに口を開いた。


「悪魔召喚……異界より悪魔を呼び寄せ、対価と引き換えに望みを叶えるための手段。その効果は絶大で、本来であれば叶うはずのない望みすら現実のものとできると言われている。……とまぁ、そんなお伽話の話だ」


 しかし、と目を開いた彼は鋭い眼光で虚空を睨む。

「そんなお伽話に対して、今もなお法律が機能しているというのは不思議な話ではある。我が国において悪魔召喚を執り行なった者は、それを試みた段階で問答無用の死罪――馬鹿らしい内容だが、かつては王家に逆らう者を処刑するための大義名分として持ち出されていた法律であろう。といっても儂の知る限りで近年、その沙汰が実際に下されたことはないがね」


「問答無用の、死罪……」

 かつての自分が辿った道を思い出して、リーシャはギュッと右手を握り締めた。それにしても、ハロルドがそんな埃のかぶった法律を知っていたのは意外なことだ。

「そんな法律が作られたということは、かつて悪魔召喚という呪術は実際に存在したのかもしれぬ。……それがどこまで効果があるのかは置いといて、の」

 ふぅ、と大きなため息を吐き出してジェドはツルギをちらりと見る。


「そして、悪魔召喚といった呪術、儀式はロマの民の専門だ。それでてっきり、ツルギが関わっているのかと思ったのだが……とすると、ハロルドの方か。母親がロマの出身だし、いかにもそんな愚かな行為に手を出しそうじゃ」

 明言は避けて、リーシャは無言で微笑むにとどめた。あのひと言でそこまで見通すのかと驚きを覚えながらも、表面上は平静を取り繕うのを忘れない。


「まぁ言いたくないということであれば、良かろう。詮索はせぬ」

 肩をすくめ、ジェドは最後に締めくくる。

「儂に言わせれば、悪魔召喚はお伽話の迷信じゃ。ただし、それはただのお伽話ではない。人を殺せるだけの力を秘めておる……。気をつけなさい、リーシャ。それに関わるのであれば、その心構えがないと呑まれるぞ」




 その言葉を最後に、室内には再び静寂が訪れた。


 ――お伽話。本当に、そうだろうか。

 ジェドの最後の言葉を聞いて、リーシャは胸の裡で呟いた。

 そんなことを言ったら、時を(さかのぼ)るなんてもっと荒唐無稽の話だ。それを身をもって経験している自分にしてみれば、悪魔の存在だって決して否定できるものではない。


「ありがとうございます、お祖父様。とてもタメになるお話でしたわ」

 気を取り直したリーシャが礼を述べると、ジェドはホッとしたように破顔した。

「いやいや、こんな話が少しでも役に立ったのであれば幸いじゃ。……それで? そんなお伽話の情報を聞くためにこのジジィに会いに来たわけではなかろう?」

「はい」

 しっかりと前を見据え、リーシャはまっすぐに告げる。

「お祖父様にお願いがあります。私を、リロイ殿下に会わせていただけませんか」




「リロイ殿下に?」

 予想外の言葉だったというように、ジェドは呆気に取られたような顔を浮かべる。

 リロイ殿下――ハロルドの弟であり、正式に第一位の王位継承権が認められている王太子殿下の名だ。間違ってもリーシャが気軽に会いたいと口にできる相手ではない。


 ――しかし、ジェドが驚いたのは束の間の一瞬だけ。次の瞬間には、彼は大きな声で笑い出していた。

「なるほど、面白い! ウチの孫娘は機転も効くとみた! ……よかろう。殿下に繋ぐのは難しいが、だからといって決して無理な話ではない。この儂に任せなさい」

「ありがとうございます、お祖父様!」

 一瞬淑女の礼を取りかけて、リーシャはその動きをやめてジェドに飛びつくように抱きついた。


 彼の眉尻が、さらに下がっていくのがわかった。

 今目の前に居るのは、もはや人生で大成功を収めたやり手の商人ではない。ただの孫娘に甘い好々爺だ。

「おぉ、おぉ、可愛いリーシャ。最後に儂から忠告じゃ。今ハロルド馬鹿王子が熱を上げているティアラという娘、あの女がいるシアーズ家はなかなか危険じゃぞ。身の丈に合わぬ野心を持ち合わせている気配がぷんぷんする。行動力があり後先を考えない愚か者は、時として老獪な軍師よりも厄介だ……気をつけなさい」

「はい、ご忠告ありがとうございます」


 最後にもう一度強くリーシャを抱擁し、ジェドは高らかに笑う。

「いつでもこのジジィに会いにおいで、リーシャ。そなたの幸せを、儂も願っておるよ」

「はい、お祖父様もお元気で」

 貴族の礼ではなく、家族の挨拶をして二人は離れる。


 屋敷へと帰るリーシャの胸は、今までにない程にぽかぽかと温かくなっていた――。



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