お前には青に見えんのか?
小学校の時の卒業文集で、自分が「小説家になりたい」と書いたのを今でも後悔している。
俺には才能が無い。
気が付いた時にはもう、何もかもが遅かった。
*
「大学を人間関係のいざこざで中退。
今は小説家志望で、ネットで小説書いて投稿してます。
バイトはそんなにしてません。親の金と余った奨学金で食いつないでいます」
こんな自己紹介、誰に聞いても笑われるだろう。
俺の名前は四方陸。
「陸」という名前に込められた、地に足を付けて安定した生活を送ってほしいという親の願いを、
俺は最悪の形で裏切った。
昔から手先は不器用だし、物はすぐ落とすし無くすし、人と関わるのも苦手だ。
というか多分、俺は性格が悪い。
コミュ障という訳でも無いのに親友がいないのも、その証だ。
投稿しているのは男が主人公の恋愛小説。
別に恋愛したことない訳じゃない。高校、大学と彼女がいたことはあった。どちらとも別れたが。
小説の中くらい異性に夢を持ちたいし、読んでいる人にも夢を持ってほしいから恋愛小説を書いている。
一時期は毎日2000字の投稿を頑張って続けていた。
実際読んでくれている人の数字は伸びてくれたが、締め切りに追われて精神状態が次第に悪化したのでやめた。何とも中途半端な話だ。
今は夜間のバイトをしながら、ゲームしたりマンガや本を読み、
Twitterを開いたりして無為な時間を過ごしている。
小説家志望なのに投稿は不定期だ。我ながら馬鹿馬鹿しい。
今日はなぜか気分と体調が良かったので、恋愛小説を更新するために机に向かっている。
インスタントコーヒーを飲みながら、ひたすらキーボードを叩くのは作業に集中している感じがして、少し俺を興奮させた。何かとても前向きな事をしているような気分になる。
「砂糖入れすぎたかな」
一人ごちながら、もうすぐ空になるであろうコップを傾ける。
底には溶けきれなかった砂糖が粒になって溜まっていた。甘い。
俺は遅筆なので、2000字を書くのにだいたい3時間ほどかかる。
そういえばネットで知り合った他のweb物書きの人は一日6000字ほど書けるとか言っていたな。
正直羨ましいが、羨んでこの現状が改善するならとっくにやっているので黙々と作業する。
俺の小説を読んでくれてる(ブックマークしてくれてる)人は最高で60人程度だ。
これは俺がもし本を出したらそのくらいしか売れない事が想定されうる訳で、執筆ペースの遅さも相まって書籍化、小説家デビューなんて夢のまた夢だ。
……分かっているのに諦めきれないのは俺の悪い癖だ。
人は色々なものを諦めて大人になるのに、俺だけ小学生みたいだ。
「はぁ」
ため息をつきながら、ヒロインが主人公と出かけるシーンを書く。どうしてもデートのシーンになると元カノの姿が脳裏にちらついてしまうので、半ば無理やり考えないようにした。
ヒロインのスカートは、ロングのフレアスカート。
主人公の服装……はまあ描写しなくてもいいか。
小さいころから親の庇護のもと育ち、ファッションに興味が無かったのでこういった場面になると悩んでしまう。外見に無頓着だから人とうまく交流できないのかもしれないが、どう改善したらよいかもわからない。
私大に入るという事で親が見繕ってくれた物件で、一人暮らしている。
誰からも期待されない、誰にも期待しない生活。
感染症の流行もあって自宅から出ることも少なくなり、身内以外との関係は全て切れた。
それでも、俺には小説がある。例え才能が無くて職業にならなくても。
というか、そこしか縋れるものが無い。
本来なら就活をするべきなのだが、夜中までゲームをしているせいで生活習慣が完全にくるって昼夜逆転してしまった。注意してくれる人もいないので、そのままだらだらと何もせず日々を過ごしている。
小説では、ヒロインと主人公が喫茶店に入った。
チェーン店では無く、個人で経営している店の方が風情があっていいだろうと考えた。
本当は個人経営の店なんて入ったこともない。よく行く喫茶店は駅前の全国チェーン店だ。
完全に雰囲気で書く。本当は調べるべき箇所なのだが。
ここで手を抜いてしまうから、どこまでいっても「ワナビ」止まりなのだ、という気がした。
「……疲れた」
カタカタと動かしていた手をいったん止める。
目も疲れたし肩こりもひどいので、机から離れて休憩することにした。
リビングに行き、テレビを付けるとアニメがやっていた。
俺と同時期に小説を書き始めて、アニメ化までした人のアニメだった。
コミカライズされてマンガにもなったらしい。
時々、何か悪い事を自分はしたのだろうか、という気分になる。
ただ、そんな問いに意味が無いことも自分がよく分かっている。
「悪い事をした」から今があるのではなく、「良い事や将来のためになる努力」をせずここまで流されてきてしまったから、この現状がある。
憂鬱な気持ちで画面を眺める。
見ていたアニメの作画や演出には気合が入っていて、自分の原作がこんな形でアニメ化されたらさぞ嬉しいだろうなと思った。
悔しくないかと言われれば、悔しい。
ただ、夢を諦めかけている自分も確かにいる。
普通の人間は、全員が折れずに夢に向かって突き進める訳じゃない。
ふと気になって、自分の小説のページを見た。こんな時に感想がもらえていたら、励みになると思ったのだ。
感想はなかったが、代わりにブックマークが二つ増えていた。
「書くか」
書くしかないのだ、という気がした。読んでくれる人がそこにいる限り。
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